第4話 東雲マリアの身バレと朝霞晴斗の消失


「、、この配信ってどうやってるんだろう?」


配信を見ながら明里は首を捻る。

ハルくんが3Dアバターを作るとして、私以外に相談するとも思えないし、、、


「ハルくんは異世界に来たーって言ってるけど、まさかねー」


私は少し伸びをすると、再び配信画面を眺める。

コメント欄でもちらほら疑問の声が挙がっているが、ハルくんは「異世界にきた」の一点張りを貫いている。コメント欄でも、それを信じている人もいるようだ。


「まあ、このあとハルくんに聞けばいいか。」


私はそう言いながら、自分の口角が上がるのを感じる。


そう、自分はこの後ハルくんに会えるのだから。

それができるのは世界で私と志真ちゃんの2人しかいない。そんな優越感に浸る。


「ハルくんがシスコンなのは置いといて、志真ちゃんも大概ブラコンだよね。」


ハルくんの妹、朝霞志真ちゃん。

華奢で小さな体格と明るく努力家な性格のギャップがかわいい少女。


「たまーにハルくんの部屋で遭遇するけど、完全に通い妻だもんなあ。話聞いたらハルくんの部屋の鍵も持ってるみたいだし。でもハルくんがVtuberになって配信してるのは知らないんだけどね。」


それに志真ちゃん、私が部屋に来た時にムッとした表情を隠せてないんだよね。

そんなところも可愛くて、つい意地悪しちゃんだけど。


「そろそろ志真ちゃんともLIME交換したいな」


そんなことを考えながら配信を眺める。

既に東雲マリアちゃんの配信は終了しており、ハルくんの配信だけを見つめる。



≪んじゃ、そろそろ配信終わるかー。オークキング倒したし、同接数も5,000人行ったし、俺は満足ですわぁ。まあ、この後の帰り方は分からないんですけどもね、、、≫



配信の中でハルくんがそう言って困ったように笑う。コメント欄でもハルくんをねぎらうコメントが流れる。



【もうちょっと見てたかったけど、、、お疲れ様です‼】@Asari



もちろん私もコメントを入力する。

当然です。推しからのファンサ欲しい。



≪Asariママも最後まで見てくれて、ありがとー‼ ってことなので、今日の配信はこれにて終了です。初めてこんなに沢山の人が配信に来てくれて嬉しかったです。それじゃ‼≫



ハルくんはそう言って画面に笑顔で手を振る。

最後にウィンクし、そのまま配信は終了となった。





「ハルくん、ホントに良かったね。」


配信が完全に終了したのを確認して、しみじみと呟く。


同接数5,000人。昨日までの夢空ハルでは考えられない数字。チャンネル登録者も増えているみたい。


「配信終わってから10分くらい経ったし、そろそろハルくんのお部屋に行っても良いよね。」


思わず声がうわずる。

一番に彼の初バズを祝いたい。


「明里、いっきまーす。」


急いで髪を整えてから私は自分の部屋を出る。

共用通路を歩いて10mほど、お隣のお隣の部屋に彼は住んでいる。


チャイムを押して部屋の反応を待つ。


「あ、あれ? 反応しない?」


普段ならば扉がすぐに開かれて晴斗が出迎えてくれる。しかし、今日に限っては全く反応がなく、足音も聞こえない。


「部屋の電気が付いてるし、配信が終わってすぐに出かけたとも思えないし、、、」


、、、配信で疲れて眠っちゃったとか?

そう考えて私は悪い予想へと向かう思考を振り払う。


「でも、やっぱり心配だな。」


思い切ってLIMEで晴斗に電話をする。

コール音が鳴って、、、出ない。


もう一回。

、、、出ない。



私の中で嫌な予想がどんどん膨らんでいく。

過労で倒れたんじゃないか?配信活動で無理をしていたんじゃないか?


「お願い、ハルくん。電話に出て。」


長いコール音。

そして、彼は電話に出なかった。



「ど、どうしよう、、、」


私の口からか弱い声が漏れる。

急速に身体が冷えていくのを感じる。


「寝てるだけだったら、それでもいいし。とにかく部屋に入らなきゃ。」


明里はそう言って覚悟を決めたように顔を上げる。そして、1つのアプリを開く。とある知り合い・・・・と連絡を取るために。



△ ▼ △



≪~~~♪≫



今日の配信を終えて自室のベットでくつろいでいた東雲マリアこと朝霞志真のスマホがディスコの着信音と共に振動する。ディスコってことは、、、今日って誰か逆凸配信でもしてたっけ?そんなことを考えながら私はスマホに手を伸ばす。


「えっ‼ Asariママ? 急にどうしたんだろう?」


スマホを見て私は思わず声を上げる。

着信は予想外の人物からだった。


女性イラストレーターAsari。

有名絵師の1人であり、特にVtuber界隈では衣装を担当したキャラが多い事でも有名な人物。

かくいう私、東雲マリアもAsari先生に衣装を手掛けられたVtuberに1人だ。


実際の面識はないが何度かSNS上で絡んだことがあり、ディスコードだけは交換していた。

そんな彼女からの突然の通話。私は気が動転しつつも、彼女と通話を繋げる。



「も、もしもし、、、?」


≪あ、マリアちゃん‼ 急に電話しちゃってごめん。≫


電話口の女性の声に私は少しホッとする。

知っているとは言え、面識もない人物からの通話。当然、緊張する。


「大丈夫ですよ‼ それにしても、いきなりどうしたんですか?」


≪実は、マリアちゃんに謝らなきゃいけないことと、お願いしたいことがあって≫


「謝りたいこと?」


Asariママの発言に、私は少し嫌な予感を感じる。そんな感情を押し殺して、私は平静を装う。


≪うん。ビックリさせても申し訳ないから、先に私の素性から言うね。≫


私は急いで通話をスピーカーに切り替える。

何かあったらと録音を開始して、彼女の次の発言を待つ。


≪実は私、晴斗君の友達なの。朝比奈明里っていう、晴斗君と同じマンションに住んでる、、≫


唐突に告げられた兄の名前。

そして、まさかのカミングアウト。


「朝比奈明里って、あの、明里さん? お兄ちゃんの友達の?」


≪、、、うん。それで、、実はアリアリからマリアちゃんのイラストの依頼を受けた時に、偶然、マリアちゃんが志真ちゃんってことを知っちゃって、、、もちろん誰にも言ってないよ‼ 晴斗君にも‼≫


「、、、え?」


自身初の身バレ。

その事実に思わず身体が硬直する。


「ちょっと待ってて頂いていいですか?」


それだけ言って通話を一度ミュートにする。

一気に全身が熱くなり、思考が急回転し始める。

私は通話の裏でマネージャーに事実確認のチャットを送る。


すぐに既読マークが付き、マネージャーからの返信が届く。


そこには、Asari先生が自分の本名を知っている事と、それが運営側のミスであったとの旨が書いてあった。そして、それを志真に黙っていたことへの謝罪も書いてある。


ミュートを解除するとAsari先生、明里さんが口火を切る。


≪本当にごめんなさい。私も志真ちゃんに黙ってるつもりだったんだけど、、、≫


「いえ、大丈夫です。運営に確認しました。」


≪そ、それで、、、≫


「お兄ちゃんがどうかしたんですか?」


彼女から通話があるとすれば兄である晴斗のこと以外ないだろう。傍からみても明里は完全に兄に惚れている。そんな彼女からの連絡なら兄のこと以外考えられない。


、、、あの人、結構お兄ちゃんの部屋に入り浸ってるみたいだし。


≪うん、実は晴斗君と連絡が取れないの。部屋にいるとは思うんだけど、全然反応が無くて。それで、もし倒れてたりとかしたら嫌だから、、部屋に入れればと思って。志真ちゃん、晴斗君の部屋の鍵持ってるよね?≫


「、、、本当に言ってます?」


≪うん。チャイムを鳴らしても、電話をかけても、ダメだったの。≫


通話先の明里の声は今にも泣きだしそうなほど弱々しい。


彼女がわざわざ嘘を言うとは思えないし、なにより彼女がお兄ちゃんの嫌がることをするとは思えない。


、、、それが晴斗と明里の2人の関係を長年見てきた志真の出した結論だった。



「今からお兄ちゃんのマンションに行きます。」



それだけ言って通話を終了させる。

兄のマンションまでは徒歩で10分程度。走ればすぐに着く。


私はお兄ちゃんとお揃いのキーホルダーが付いた鍵を掴む。部屋に自分の鍵をかけて外に出ると、私は逸る気持ちを抑えて走り出すのだった。





「志真ちゃん、、、」


お兄ちゃんの部屋の前に着くと、今にも泣きだしそうな表情を浮かべた明里さんが立っていた。ずっとその場にいたのだろうか、11月の外気で彼女は少し震えている。


「明里さん、落ち着いて下さい。今開けます。」


私は鍵穴に鍵を差し込み、そのまま回す。

ガチャリという音がして、私は扉を開ける。



部屋の中は電気が付いていた。



「ハルくん‼」


明里さんも私に続いて部屋に入る。

そして、、、、部屋には誰もいなかった・・・・・・・




無造作に玄関で脱ぎ捨てられた革靴。


これから洗濯するつもりだったかのように洗濯機に入れられたワイシャツ。


まだ乾ききっていない風呂上りに使ったであろうタオル。


冷蔵庫から出された2ℓペットボトルとグラスに注がれたお茶。


デスクで起動されたPCと、その横に置かれた通知の溜まったスマートフォン。




何の不自然もない兄の部屋。

ただ唯一、その部屋の主である晴斗がいないこと以外。


生活感の中で、忽然と消滅した。

そんな違和感を与える。部屋を探して、そんな感情を抱く。



「明里さん、お兄ちゃんと最後に連絡を取ったのはいつですか?」



私はつい強い口調で明里さんに詰め寄る。

明里さんはおずおずスマホを取り出して、私にある画面を見せようとする。



「あっ」



その時、明里さんが画面を見て声を上げる。

アプリ版のディスコードの画面。その一番上。ある人物からの着信履歴。



「、、、“夢空ハル”?」


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