第3話 女性絵師Asariと夢空ハルのやや気恥ずかしい関係性について


「そろそろハルくんの配信始まっちゃう」



都内のマンションの一室で1人の女性がそう呟く。彼女の部屋の壁には様々なイラストが描かれたポスターやタペストリーが飾られている。



「今日の配信は11時半からだから、、、あっ、マリアちゃんも配信してる‼ 」



ああ、今日も私の推し活は捗っております、、、‼

私は神様に向かって祈りを捧げる。あ、できれば推しの配信が被らなければ、なお良し、です!! 神様!!


この部屋の主であり、底辺個人Vtuber夢空ハルのママでもあるイラストレーターAsari、朝比奈明里あさひなあかりは今日も全力を持って子供推し達の配信をチェックする。


ちなみに“Asari”は本名を省略しただけである。





「よいしょっと。」


娘の1人であるVtuberの東雲マリアちゃんの配信を見ながら私はPCの前に座る。

超大手Vtuber事務所であるAlia:ReLive<アリア・リライブ>に所属する女性ライバー、東雲マリアちゃんは特に思い入れのある子供推しの1人である。もう1人はもちろん、夢空ハル君。



≪~~~♪≫



「今日のマリアちゃんの歌枠、控えめに言って質なんだよなあ。」



そう呟いて私は彼女の配信にコメントを打ち込む。


明るい印象を与える濃赤のセミロングに朱色の瞳のアバターに明るく真面目な性格をした努力家少女。


これまで何人ものVtuber達の衣装を手掛けてきたが、東雲マリアちゃんの衣装は我ながら最高傑作と呼べる出来に仕上がっていた。もちろん、他の依頼で手を抜いているという訳ではないが、ある程度いわゆる“中の人”の性格を知っていたことが大きかったように感じる。



「まさか、知り合いがアリアリからデビューするなんて、思っても見なかったなあ」



それは偶然の事故だった。

超大手事務所Alia:ReLive、通称アリアリから送られてきた新規アバター依頼の参考資料の中にキャラクターボイス担当者の名前が書いてあったのである。


“CV担当:朝霞志真あさかしま


特徴的な名前だからこそ、すぐに気が付いた。


その時はすぐにアリアリの担当者に連絡し、絶対に情報を漏らさない旨を伝えた。しかし、知ってしまったことは、知ってしまったので仕方がない。


もしかしたら同姓同名の別人かもしれないとも思ったが、デビュー配信時の彼女の声を聴いて、明里の予想が正解だったことは確信に変わった。Alia:ReLive3期生 東雲マリアは、明里の幼馴染の友人である朝霞晴斗の妹、朝霞志真で間違いなかった。



「ハルくんの配信も見なきゃ。」



考え事をしながらマリアの歌枠配信を眺めていた明里は、時計を見て慌てて別のタブを用意して夢空ハルの配信待機画面を開く。気づけば11時30分になっていた。


待機画面がスタートする。



「ふふっ、今日は兄妹揃っての配信だね」



明里はそう言って微笑む。その笑顔は母性を備えた聖母のような微笑みだった。


…内心は自分だけが2人のVtuberの関係を知っているという優越感に浸っていただけなのだが。



「あれ? 始まらない?」



PC画面の前で私は首を捻る。

5分以上経っても夢空ハルの配信が始まらないのである。



「おかしいな…いつもだったら遅くても3分以内に始まるのに」



心配になりつつも、明里は彼の登場を待つことにする。夢空ハル、私の最推し。私が最も愛情をかけて作成したアバターを持つ青年。



「それにしてもハルくんにアバターを作って欲しいって言われたときはビックリしたなあ。でも、最近のハルくん、前よりも楽しそう。」



待機画面を眺めながら私はポツリと呟く。


朝霞晴斗、通称 ハルくん。保育園からの幼馴染であり、私の大切な友人。


晴斗と明里の2人は保育園から中学校までの12年間を同じ学校に通い、高校からはそれぞれ別学の学校に進学してしまった。


進学校でもある男子校に通った晴斗はそのまま都内の大学に進学し、女子高に通った明里はそこでイラストレーターとしての才能を開花させて都内の芸術大学に進学した。



そんな2人が再会を果たしたのは成人式の日だった。



中学校の同窓会に参加せず、帰りの電車に乗っていた時にたまたま同じ電車に乗っていた晴斗が声を掛けてくれたのである。その時のことは、今でもしっかり憶えている。



● 〇 ●



「あっ、朝比奈さん?」


「え、晴斗くん?」


「そ、そう。憶えててくれたんだね、朝比奈さん」


「もちろんだよ!! ホントに久しぶりだね!! 晴斗くんは同窓会に参加しないの?」


「まあ、そうだね。朝比奈さんも不参加?」


「うん、、、あんまり友達いないし。」


「あはは。僕も同じような感じかな。正直、高校時代の友達と比べちゃうと、中学の同窓会はいいかなって。」


「晴斗くん、男子校だもんね。私も女子校だったから気持ち分かるな。別学だと気が楽だよね。」


「だよね。でも、ここで会えて良かった。朝比奈さんには久しぶりに会いたいなって思ってたから。」


「私も久しぶりに晴斗くんに会えて良かった!! 正直、私の中学校の友達って晴斗くんぐらいだったから。」


「えっと、、、あ、明里ちゃんが良ければだけど、、、飯でも食べに行かない?」



ぎこちなくも微笑ましい会話をした2人はそのまま2人だけのプチ同窓会を開催したのだった。



2人が社会人になると、実家から大学に通っていた晴斗が一人暮らしを始める。芸大の頃からイラストレーターとしての稼ぎがあった明里も一人暮らしを決心し、数か月後には晴斗と同じマンションに引っ越していた。



「ハルくん‼ 引っ越し手伝ってくれて、ありがとう!!」


「いやいや、お役に立てて良かったよ。それにしてもビックリしたよ。明里ちゃんが一人暮らしするなんて。家族に反対されなかった? 」


「されたよ!! お父さんに生活力が〜とか言われたけど、同じ階に晴斗くんがいるからって言って押し切った!!」


「ええぇ。確かに明里ちゃんのお父さんとは知り合いだけど、、、。ホントに大丈夫?」


「大丈夫!! だからハル君!! たまにハルくんの部屋にご飯食べに行くから!! よろしくね!!」


「不安しかないのですが、、、」



そんな会話をして明里は晴斗の部屋に行く口実を無理やり作る。その日から明里は休日を狙って晴斗の部屋に夕飯をたかりに行くようになった。


晴斗も特に嫌がる様子もなく自然と明里を受け入れてくれる。どうやら明里の食生活を心配しているようだったが、明里からすれば晴斗の生活習慣も相当心配だった。


晴斗は明らかに働きすぎていた。

そんな晴斗を心配した明里はある日彼を問い詰めた。



「ハルくん、私は怒っているよ。」


「え?」


「最近ずっと帰って来るの遅いよね。」


「確かにそうだけど、、、なんで知ってるの?」


「そ、それは置いといて、、、ハル君は働きすぎ!! 毎日ずっと日付変わってから帰ってくるなんて、体調崩すよ?」


「まあ、確かにそうなんだけど、、、」


「ブラック企業なの?」


「いや、そういう訳ではないんだけど、色々頼まれちゃってさ。やりがいのある仕事だし、他の人の役に立てるって思うと、つい。」


「ハルくん、完全に悪い癖が出てるよ。昔っから人の頼みを断れない。他人の仕事の前に、自分の身体だよ!!」


「うーん、そうなんだけどさ。かといって家に帰ってもやることなんてないしさ。なら仕事してたほうが気が楽というか、そんなこともないんだけど、、、」


「ハルくん、、、私は怒ってます!! とりあえず、君には家に帰ってできる趣味を教えます。最低2週間、その趣味を継続してください!!」


「ええ、、」


「これは私からのお願い・・・だよ!! 今日から毎日、私が指定するVtubeの配信を見てください!!」


「Vtuber?」



それから半年ほど経った頃、晴斗からVtuber配信をやってみたいからアバターを作って欲しいという相談をされた。最初は冗談かとも思ったが、晴斗の瞳は真剣そのものだった。



「え、本気で言ってる?」


「うん、本気。正直、相場がわからないんだけど、ボーナス3回分、これで足りるかな?」


「え、お金?こんなに?」


「当然だよ。超有名イラストレーターAsari氏に頼むんだから。これぐらい払わないと。」


「これって企業からの依頼料くらいの金額だよ、ハルくん。ホントに本気なの?」


「本気。明里ちゃんなら俺の性格もわかってるし、俺が一番信頼できるのは明里ちゃんだから。」


「、、、わかった。私も本気で描くから。覚悟してね!!」


「うん、ありがとう。明里ちゃん、よろしくね」


「任せなさい!! その代わり、これから金・土・日は私の分の晩ごはんも作ること!!」


「あはは。何となく、そう言われる気がしてた」



困ったような笑顔を浮かべる晴斗の表情は明るかった。それから晴斗は夢空ハルとして個人Vtuberになった。因みに名前は明里が決めた。


最近の晴斗の表情は明るくなってきている。明らかにそれは配信活動の成果と言えると思う。

だからこそ、楽しそうに配信する彼を、私は心から応援するのだ。



…そして、何故か、私達2人は付き合っていないのである。


自分でも思う。ここまでして、なぜ私は晴斗とくっついていないのだ、と。


高校時代という思春期を別学で過ごした私達は、具体的には晴斗が、完全に拗らせていた。


まあ、私も肝心なところで押し切れない所もあるんだけど…



「ハルくんって絶対大学1年生の時になんかあったよね。男子校を出た直後に手痛い恋愛をして振られちゃったとか? むぅ、その前に私と会ってればそんな目に会わせなかったのに。」



自分の口から発された言葉で明里の意識は急激に覚醒する。


待機画面を眺めている間にいつの間にか晴斗との思い出を振り返りながらウトウトしていたようだ。



「もう配信始まっちゃってる‼って、え?」



配信画面では、ハイクオリティ3Dとなった夢空ハルがオークと戦っていた。

…いや、なにごと?



「って、同接4Kって4千人ってことだよね? すごい!! ハルくんバズってる!! やったやった!!」



配信画面のコメント欄上に表示された同接数を見て私は小躍りする。これまで多くても100人だった同接が40倍にもなっている。



≪それにしても、流石、Asariママだせ。こいつの切れ味マジで最高。≫



その時、急に画面の中のハルくんが私の名前を出す。いまいち状況は理解できなかったが、私は慌ててコメントを入力する。



【本当の戦闘を意識して君の剣をデザインしたわけでは無いのですが…】@Asari


【おっ、Asariママ】


【まーた子供達の配信漁ってるよこの子沢山こだくさんママ】


【Asariママもよう見とる】



私がコメントすると他の視聴者さんが私のコメントに反応する。

Asariママ、人呼んで、配信漁りママ。これは自分が衣装を手掛けたVtuberさんの配信に私がよく出没することから視聴者さん達につけられたあだ名である。



【今日も今日とて、Asariママは漁り・・ママなのだよ】@Asari


【このママ、さっきマリアちゃんのコメ欄にもいたぞ。数十分前まで同接100人未満だったコイツも併せて一体何窓してるんだ。】


【それ、おまいう】



私はちょっと楽しくなって追加でコメントを入力する。

子供推し達の配信を見るのはママの務めです。えっへん。



≪おっ、Asariママ!! 乙です!!≫



その時、私のコメントに気付いたハルくんも反応する。配信画面にサムズアップして笑顔を向ける推しに思わず私は悶絶する。



…ずるい。私が描いた自分好みの顔面で、そんな晴斗みたいな笑顔・・・・・・・・・を浮かべるのだから。


しかも、その笑顔を、私に、私だけに向かって浮かべるのだから。




こうして今日も夢空ハルの強火ガチ恋オタク朝比奈明里の心の炎は高く高く燃え上がり続けるのだった。

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