令嬢は恋愛に興味がない

弓立歩

アルマナと婚約者

「このままお嬢様はお目覚めにならないのでは…」


「こんなことになるとは…一人娘で甘やかし過ぎた」


「あなた…」


「いや、大事な子だな。目覚めてくれればいい」


声が聞こえる。節子かしら?いつまでも子ども扱いして、ずっと構ってくるのよね。


「ん…」


「お気づきになられました」


「あれ?ここは?」


「アルマナ!気が付いたのね!」


「アルマナ?私は…うっ!?」


頭が痛い。何かが流れ込んでくる。


「大丈夫か?」


「あ、父さま…。ア、アルマナは大丈夫です」


それだけ伝えると私は意識を手放した。



「うん、ここは?」


私は周りを見渡すが、部屋には誰もいない。辺りは暗く夜明け前なのだろう。


「私はどうしたのかしら?街に行こうとして、バランスを崩して…。いいえ、会社に無理を言って残り、新薬の仕上げを…」


記憶が混ざり合う。私は恵で私はアルマナ・フィアーラル。夜明けまでの時間で整理するとどうやら転生したらしい。らしいというのは研究室の後輩からそんな話を聞いたからだ。


「記憶にあるのは公爵家の令嬢としてわがまま三昧だったことね。特にハンナには迷惑かけたわ。今は14歳だし、更生していかないと。後は前世の新薬のことも気になるけど、ここでの既存薬の確認もしなきゃ」


アルマナの記憶を辿るとそこまで薬は浸透していない。魔法も関係しているけれど、まだまだ未発展の分野だからだ。


「こっちでの生活もだけど、前世も気にはなるわね。家族は大丈夫かしら?」


そう思いながら、研究室で製薬に打ち込んでいた日々を懐かしむ。


コンコン


前世を思い出しているとドアがノックされた。窓の外を見ると夜明けを迎えていた。


「お嬢様、起きていらっしゃいますか?」


「起きているわ」


返事を聞きハンナが入ってくる。前の私ならここでも文句を言っていた。朝早くに起こすなだの、学園に着くのがギリギリになるだのと無茶苦茶言っていた。でも、新生した私はそんなことは言わない。


「おはようございます。お加減はいかがですか?」


「大丈夫みたい。昨日はびっくりさせたでしょう?ごめんなさい」


「い、いえ、お元気そうでよかったです。ですが、念のため診察を受けて下さい」


「分かったわ。学園の方はどうかしら?」


「後2ヶ月ですし、今は長期休暇中ですから休んでも良いと、旦那様から伺っております」


「そうなの?またお父様と話すわね」


着替えるため立ち上がるとハンナに止められた。


「まだ、本調子ではないのですから、しばらくそのままでお待ちください」


「じゃあ、何か本を持ってきてくれない?何もすることがないの」


「分かりました。いつも読まれている本でしょうか?」


「いいえ、ちょっと待ってね」


私はアルマナが今まで学んだことを思い出す。勉強か、ほとんどやってないな。流石に教科書とは言えないので、退屈しのぎに買ってきた文学書と辞書を指定する。こういう本で熟語とか表現を覚えないと。論文を読むなら様々な文章に慣れないといけないし。


「あの2冊ですか?」


「ええ、そうよ。お願い」


「かしこまりました。それでは医者の手配をしますので失礼します」


それから、持って来てくれた本を読み始める。


「ううっ、あんまりわかんないかも」


思ったより勉強をさぼっていたようだ。辞書をめくる回数だけが増えていく。しばらく読み進めていると再びノックされた。


「どうぞ」


入ってきたのはハンナの手配したお医者様だった。



「ふむ。頭に小さなこぶがあるようですが、この程度なら問題ないでしょう。ただ、大丈夫と思っても容体が急変することがありますので、数日は付き添ってください」


「分かりました。お嬢様には私がつきます」


「先生、ありがとうございます」


「いやいや、大事にな。お嬢ちゃんを見ると孫を思い出したよ」


おじいちゃん先生が私の頭を撫でて帰って行くと、再び部屋にはハンナと2人きりだ。


「ハンナ、この本は私には難しいみたい。もう少し、簡単な本はないかしら?」


「どのような本をお探しですか?」


「そうね…。きょ、教科書とか?」


残念だけど、基礎力の欠如した今のアルマナには教科書が一番向いてると思う。こうして、記憶が戻って1週間。私は学力の向上に努めたのだった。


「アルマナの様子はどうだ、ハンナ」


「目覚められて1週間経ちますが、本日も本を読まれております」


「あの子が街に行かないなんておかしいわね」


「それと、良いことなのですが、とても穏やかになられました」


「そういえば、破損の報告もないな。これなら第2王子との婚約も続けられるかもしれん」


「そうね。これ以上は王家にも迷惑になると思っていたけれど、ハンナが言うなら問題ないわね」


「ただ、ひとつ気になることが…」


「何かあるのか?」


「ドレスや第2王子のことに全く触れられないのです。お嬢様の興味がなくなったとは思えないのですが…」


「しかし、今のあの子は倒れる前と全く違うのだろう?」


「そうですね。私にも丁寧に対応してくださいますし、よもやとは思うのですが…」


「目が覚めてしばらく経つし、殿下にも見舞ってもらうとするか。直接顔を合わせた方が早いだろう」


「そうね。でも、殿下も驚かれるのではないかしら?私も何度か会ったけれど、本当に別人だもの。前のあの子も嫌いではないけれど。ねぇ、ハンナ」


「以前はお世話の甲斐がありましたし、今は戸惑うばかりです」


「年が近いからよく懐いていたものね。これからもよろしくね」


「はっ」



そんな大人たちの会話も知らず、私はのんきに本を読み進めていた。


「うん。文法とか単語で必要なものは押さえたわね。というか、アルマナって天才肌なのかしら?すらすらと頭に入ってきたわ」


実際には普段から勉強していないためおかしな癖がつかず、体系的に一気に学べただけなのだが、得たものが多かったためアルマナにはそう感じられた。


「そろそろ、外に出ていいか聞くべきよね?ハンナが来たら早速話をしなくちゃ」


「外…ですか?」


「ええ。何も街に行きたい訳じゃないの。ちょっと、裏庭でも散策してみたいなって…」


「裏庭ですか?どうしてまた」


「ほら、目覚めてから外に出てないでしょう?体調も良くなったしちょっと出たくて」


「分かりました。私が付き添いますので許可を取ってまいります。ただ、1日だけお待ちください」


「1日、どうして?」


「明日、アーデルハイト殿下が来られる予定ですので」


「そんな。わざわざ殿下に来てもらうなんて悪いわ。お断りできないの?」


「殿下としても婚約者の一大事ですし、お断りできません」


そう言われれば仕方ないわね。迷惑しかかけていないし、アルマナは王子の肩書が好きなだけだったから、この機会に婚約破棄でもしてもらおうかしら?


「殿下が来られるなら、明日は身だしなみを整えないといけないわね」


「無理はいけませんと言いたいですが、立場もございますし仕方ありません」


明日の打ち合わせをして、再び一人になるとまた本を読み進める。


「それにしても倒れてから食事も部屋で取ってるし、これじゃダメ人間よね。明日からはしっかりしないと!」


でも、今は知識を付けないとね。前世と同じものが存在してるか調べないと。



「どうだった?」


「やはり、お嬢様は殿下のことは意識されていないようです。それと近いうちに外に出たいと」


「街に行きたいということかしら?」


「それが…裏庭に行きたいとのことでして」


「裏庭?あんなところに何があるのだ?」


「それは私にも。ですが、何だかお嬢様を遠くに感じてしまって…」


「あなたは本当にあの子を可愛がっていたものね。でも、いいことではなくって?」


「そうなのですが、お嬢様がもう無理難題を言って下さらないと思うと落ち着かないのです」


「だが、いいことじゃないか?明日には殿下も来てくださるし、婚姻まで行けば殿下がこの家を継ぐ。その後は肩の荷も下りるだろう」


「ですが、私はその時どうすればよいのでしょうか?」


「まああれだ。そうだ!人間、誰しも休みが必要だ。アルマナも休んだらまた元に戻るさ」


「そうでしょうか?」


「そうだとも!まあ、程々であって欲しいがね」



そして翌日、殿下がやってこられた。


「はぁ、全く面倒なことだ。アルマナ嬢の見舞いとは。私も暇ではないのだがな」


「ですが、殿下も将来は公爵家に婿入りする身。ここはこらえてください」


「しかし、本当に婚約を続ける気なのか?あのままでは公爵家の存続も危ういと思うのだが…」


アルマナのわがままぶりは王家の方でも把握しており、近々婚約破棄もあり得るとの話だった。公爵にも一人娘とはいえ、わがまま三昧のアルマナより一族から養子を迎えては、という話もあった。


「何より、俺もアルマナは好かん。あいつは殿下殿下というが、俺の肩書しか見ぬからな。顔すらまともに合わせたことがないのだ」


「まあまあ、殿下も諦めてお見舞いに行ってくださいよ」


「分かっている」


訪問すると客間に通されると思っていたら、アルマナの部屋に通された。珍しいこともあるものだ。


「ようこそお越しくださいました、アーデルハイト殿下」


「ああ、体調は大丈夫なのか?」


「はい。ご心配をおかけいたしました」


本当にアルマナなのか?いつもなら見舞いに何を持って来たか聞いたはずだが…。


「さっきから頭に手が行っている様だがまだ痛むのか?」


「久しぶりにお会いするのでどこかおかしくないかと…。特にこぶは小さいとはいえ目立ってないかと思いまして…」


「別におかしなところはない。目が覚めて1週間ほど経つと聞いた。じっとしていて、暇ではなかったのか?」


「いえ、ハンナに言って本を持ってきてもらったので、充実しておりました。明日はようやく外に出られます」


「街に繰り出すのか?」


「いえ、まだ本調子ではありませんし裏庭に行こうかと」


「裏庭?何か見る物があるのか」


「温室用の苗ぐらいでしょうか?」


「ではなぜ?」


「これまで人のいるところしか見ませんでしたから、一度自然を見てみたくなったのです」


手紙にもあったが確かに別人のような静かさだな。さっきから目もよく合うし、何を考えているのか。


「そうか。明日は俺も同行しよう」


「えっ!?殿下も来られるのですか?」


「ああ、まだ本調子ではないのだろう?」


「それはそうですけれど…」


「なら、決まりだな。昼過ぎに来る」


「で、ではお待ちしております」


長時間の滞在はアルマナに負担をかけるのでここで俺は退室した。


「娘の様子はどうでしたかな?」


「ああ、おかし…いや普通だった。そうだ、明日も来るのでよろしく頼む」


「明日も?」


「悪いが気になることが出来たのでな」


公爵に挨拶をして馬車に乗り込む。


「どうでしたか?」


「今までとは違っていた。明日も行くから予定を組み直せ」


「は!?何でです?」


「あの態度がどうにも気になる。婚約破棄の噂を聞き、何かする気かもしれん」


「分かりました。でも、その後忙しいですからね」


「分かっている」


アルマナの態度の変化を俺は王子として、婚約者として確かめなければならん。



翌日、外出許可を得た私は朝食を終えて読書をしていた。


「ねぇ、ハンナ。殿下が来る前に裏庭に行くのはダメ?」


「殿下がお嬢様に興味を持たれたこの機会を生かしませんと」


「やっぱり、殿下って私に興味がなかったのね」


「お嬢様も感じておられましたか?」


「私も悪かったのよ。第2王子って肩書ばかり見てたもの」


記憶を辿る限り、殿下の名前を呼んだ記憶もなければ、連れ回すのも社交の場など王族と一緒にいると示せる場所だけだったのだ。


「ま、流石に土いじりをすれば婚約破棄されるでしょ」


「何かおっしゃいましたか?」


「ううん。裏庭に行くのが今から楽しみだなって」


「左様ですか」


「そういえば裏庭に行く時は着替えるの?」


「いえ、そのような予定はありません。今の丈が少し短いドレスで十分では?」


「ダメダメ、そんなのじゃ服が汚れちゃう」


「お嬢様は裏庭で何をされるのですか?」


「何って裏庭に行くの。そうだ!あの服持ってきて!庭師のおじいさんが着てた服」


「えっ、あの服ですか?あれは使用人用の服でも質が…」


「いいから!何、ハンナは私の言うことに意見するの?」


やばっ!2度と強く言わないようにしてたのに、言っちゃった。ハンナ怒ってるよね?


「これが旦那様の言われていた…。かしこまりました!お嬢様の望みであれば、ハンナ用意してまいります!」


「お、お願いね」


何だかハンナ嬉しそうだったけど…。まあ、怒ってないし用意してくれるならいいわ。



「お昼を食べて着替えたのですが、どうしました殿下?」


お父様たちは用事でいないので私が出迎えたのだけど、殿下は私を一目見て微動だにしない。


「な、なんだその恰好は?」


「裏庭へ行く格好ですが?」


「いや、その恰好は庭師のものだろう。何をするつもりだ?」


「それより早く行きましょう、殿下。待っていたのですよ」


「俺を?」


「ええ、殿下がいないと裏庭に行けないのです。さあ、行きますよ!」


「ああ…」


反応が薄い殿下の手を引っ張って裏庭に行く。とはいえ、元々運動をしないアルマナの体力は知れているようで、無茶は出来ないみたいだ。


「ふむ。流石に裏庭は俺も初めてだな」


「こちらは表の庭に植える苗があるのです。後は季節が違う植物もここで育てますね」


「王宮だと季節ごとに庭が変わるから新鮮だな」


「そうなのですね。では、私はこれで」


「これで?もう戻るのか?」


「いいえ、私の目的はもっと奥ですので」


そう、私はここの苗には興味がない。この奥の森近くに生えている雑草を見に来たのだ。


「それでは私も失礼します」


「あれ?ハンナもついてくるの?」


「もちろんです。お嬢様を一人にはできません」


ハンナはそういうと少しスカートを上げてこちらに来た。こうなると言っても聞かないので、かごも持ってきてもらう。


「それじゃあ、出発」


私は裏庭を進んでいく。少し進むと雑草が生えているところに来た。雑草というのも一般人の目線であって、1つ1つに名前があるのだけどね。


「ここで何をされるのでしょうか?」


「探している薬草があるから、それを確認しに来たの」


まずは、前世と似たような品種があるかどうかだ。見た目が一緒でも成分が違うかもしれないし、そこだけは気を付けないと。


「あっ、これは使える奴だ」


クンクンとまずは匂いを嗅ぐ。うん、匂いからどうやら同じ品種のようだ。


「後は成分だね。パクッ」


「お、お嬢様何を…」


「うん?匂いからそうだと思うのだけど、一応味を見て確認しているの」


「いけません!そのような訳の分からない草を食べるなど…」


「大丈夫。慣れているから」


「慣れている?」


いけない、こっちでは初めてだった。


「あ~、何でもないよ。それよりハンナ、同じのをとりあえず摘んでくれる?」


「分かりました」


「アルマナは何をしているんだ?」


「私に聞かないでください、殿下。草は食べていましたね」


「だな。アルマナはあんな奴だったか?」


「知りませんよ。私はいつも馬車で待っていましたし。殿下は行かないのですか?」


「行ってどうするのだ?」


「では待ちますか」


「何が目的か気になる。待っておこう」


そんな会話を尻目に私は数種類の薬草を採って殿下のところに戻ってきた。


「もう気が済んだのか?」


「これ以上は取り過ぎですし、処理が間に合いませんから」


「お嬢様、こちらはどうすれば?」


「水で洗って保管しないといけないわね。どこかいい場所はないかしら?」


「では、私が保管しておきます」


「お願い」


「それで、あんな雑草をどうするのだ?」


「雑草じゃありません。いや、見た目はそうかもしれませんけど、今日採ったものは立派に頭痛薬や整腸剤になるのですよ」


「あれがか?」


「そうです。頑張って採りましたから、作るところまでやります。出来たら殿下にも見せてあげますね!」


「あ、ああ」


笑顔でそういうと殿下もうなずいてくれた。


「それでは私はこの後の処理がありますので失礼します」


「分かった。無理はするなよ」


「はい。心配してくださりありがとうございます!」


殿下と別れ、ハンナに指示を出す。乾燥させるものは乾燥させるし、それぞれにあった方法で管理しないとね。


「そうだわ。ラミネートは出来ないだろうけど、管理が簡単になるよう棚に置くようにしなくちゃ」


こういうので一番厄介なのは誤って混ぜてしまうことだ。効果が変わるのはもちろん、過剰に効いく場合もあり大変危険だ。薬草を分別し、夕食を取るとお父様に残るように言われてしまった。


「その、なんだ…アルマナ。今日裏庭で薬草を採取したということだが…」


「はい。裏庭は森への道ですし、中々種類がありました」


「お前はその知識をどこで身につけたのだ?ハンナにこの1週間、読んだ本について確認したがそのような本はなかった」


「あ~、それはですね…」


これはしょうがないか。今後研究所とか開きたいし、ここは公爵家の力を得るのだ。私は頭を打って目覚めた後、前世の記憶が戻ったことを伝えた。


「なるほど。急に大人しくなったし、使用人への態度も変わったと思えばそんなことが…」


「ねえ、あなたはアルマナなの?」


「はい、お母様。確かに知識などはずいぶん増えましたけれど、アルマナです。ですから、今までやっていたことが恥ずかしいです」


「まぁ!私はあれもかわいいと思うわよ。男を振り回すぐらいでないとね」


「変なことを吹き込むな。アルマナ、研究はともかく婚約破棄だけは考え直せないか?」


「やっぱり王家からの要請は断れませんか?」


「いや、万が一にも王太子に何かあった時に、低い爵位の家を継いでいると都合が悪いのでな」


「今の王家に王子は2人だけですからね」


「分かりました。でも、私が婚約にこだわらないことは覚えておいてくださいね」


部屋に戻ってハンナにも話をすると詰め寄られてしまった。


「お、お嬢様はもうわがままは言ってはくださらないのですか?」


「研究室を作れたら人を集めたり、薬草の栽培をしたりとやることが多いから、ハンナにはこれからもお世話になると思う」


「本当ですか!私、早速お嬢様のご期待に応えられるように知識を身に付けます!」


「えっ、いや、そこは私がメモとか渡すし、繋ぎぐらいで…」


「いいえ!これからもお嬢様の手足となって働けるなんて素晴らしいです!」


昔の私はハンナにどうやって接していたのだろう?この感じは普通ではないよね。



あれから1か月…私は、王都で人員を集めていた。


「う~ん、研究室を作るといっても集まらないものね」


「仕方ありません。公爵家は王都近くに小規模の領地を持つだけで、特定の事業はありませんから」


名士や学園にも話をするのだけど、実績のある人からは断られている。研究室の名義が私なのが、引っかかっている様だ。


「これも現在の研究が忙しいと書いてあるわね」


「こちらも同様です。どうやら、令嬢が興味本位でやると思われているようですね」


「ん~。これは諦めましょう!」


「諦める…ですか?」


「ええ。王都で研究成果を上げている人を説得するのは無理よ。だから、王立学園に身分問わずと募りましょう。人員に目途をつけないと…」


「焦らずともよろしいのでは?お嬢様の知識であれば気長にされても…」


「いいえ、魔法のお陰で切り傷は直ぐに治るけど、病気に関しては治療する人によって結果はまちまちだわ。こうしている間にも多くの人が苦しんでいるの」


「それでここまで頑張っておられたのですね。わかりました、ハンナも全力でやります」


それから1週間後、面接に10人程が来てくれた。


「ようこそ皆さん。集まって頂けてありがとうございます」


「い、いえ。しかし、私たちで本当にいいのでしょうか?平民ですが…」


「構いません。研究室といっても薬草の栽培も行いますので、それに抵抗がない方がいいのです。研究室もまだ建設中ですが…」


「転居について書かれていたのですが…」


「はい。王都での栽培には制限もありますから、将来は公爵領にある研究所に移ってもらいます。ただ、馬車で1日の距離ですから遠くはありません」


「研究のテーマは?」


「テーマというか最初は創薬です。既に目処が付いていて、2チームで行ってもらう予定です」


こうして面接を行い、最終的には7名を採用した。他の人は王都を離れることや、研究室が未完成だということに不安を覚えたみたいだ。



「お嬢様、研究室が完成しました!」


「本当!すぐに行くわ」


裏庭の一角を使った研究室が完成した。まずは王都で道具の使い方を学んでもらって、それから領地で本格的な研究に打ち込んでもらう手はずだ。


「では、来てもらうように手配を」


「はいっ!」


それから3日後には初出勤を迎えた。


「研究室が出来ましたので、これから皆さんには活動してもらいます。ですが、ルールがありますので、まずはそこからです」


私はこの日のために用意した冊子を用いて説明する。


「特に保管は注意です。似たものと間違えると、思わぬ副作用が起きます。みんなに安心して使ってもらえるために、これは絶対に守ってください」


「「はいっ!」」


私も領地で研究をしたいのだけど、婚約しているため王都を離れられず、この邸が私のお城だ。皆に説明をしていると殿下がやって来た。


「アルマナ久しぶりだな。調子はどうだ?」


「時間はかかりましたが、何とか動き出しました」


「そうか。実は困ったことになっていてな。事業に手を出す令嬢と婚姻するのかと言う声があるのだ。要は自分の娘を嫁がせたい貴族の横やりだな」


「ふ~ん、そうなのですね…」


ここで私にピコンと名案が浮かんだ。事業を成功させれば貴族からの批判が大きくなり、第2王子の相手には不適格になるのでは?


「何か名案でも?」


「いえ、私には政治は分かりませんから。では、研究がありますから失礼します」


「そうか。邪魔して悪かったな」


私はにやりと笑みを浮かべると研究室に戻った。だから、殿下も同じ笑みをしていることに気が付けなかった。


「あの、裏の無い性格は好ましい。何より、公爵がわざわざ娘の名でさせることだ、きっと大きな成果になるだろう」


公爵は陛下に度々アドバイスをする程の方だ。今回の事にも意味があるだろう。


「どうしたのですか。すぐに馬車に帰ってきたというのに」


「いや、直ぐに貴族どものうるさい声も消えると思ってな」


「ご令嬢の遊びでは?」


「そんなことを言っていると頭が上がらなくなるぞ」




そして、2年後…。


「どうして、いきなり結婚式なの…」


「悪いな。お前の研究のお陰で多くの国民が救われたのだ。救国の聖女とも揶揄されるお前を放っておいては、王家の評判に関わるのでな」


「でも、私との婚姻より皆は新しい薬が欲しいですよ!」


「お嬢様、その表現はちょっと…」


「ハンナだってそう思うでしょ?私と山に行ったり、珍しい薬草を採りに行ったりしてくれたじゃない」


「私はお嬢様にどこまでもついて行きます。しかし、この件は…」


「お前の研究所の薬はうちの輸出品でもかなりの割合だ。他国に嫁げんし、国内でも相手は限られる。その中で、研究を続けられる相手がいるかな?彼らはお前が優秀な研究員を見つけたと思っているぞ?」


「そんな!私の製薬ライフが…」


「諦めろ。貴族たちを黙らせた今、俺の婿入りは好意的に見られている」


「どうしてですか?」


「王家の人間なら出し惜しみしないからな。仲の悪い貴族が婿入りして薬の流通に問題が出たら困るだろう?」


「どうしてこんなことに…」


「アルマナは俺が嫌いか?」


「殿下をですか?うう~ん…」


私も婚約者としてこの2年。それなりに付き合ってきた。


「嫌いじゃないですよ。お世話になりっぱなしですし。でも、好きかと言われると…」


「それなら問題ないだろう?政略結婚でそれ以上を望むなど罰が当たるぞ」


「そういえば、殿下も政略結婚ですよね。私は自分のことばかり考えてきました」


「俺は政略結婚ではないぞ」


「えっ!?それって…」


「今日は覚悟しておけよ」


小声で殿下に囁かれ真っ赤になる私。こんなの前世でも体験してないよ。こうなったら…。


「ハンナ、今日の夜はお願い」


こっちも小声で合図する。そして、花嫁の打ち合わせがあるので部屋を出て行った。


「分かっているだろうが、邪魔は無用だ。俺が公爵になった時に仕えたければだが」


「くっ、卑怯な…」


「裏切らない部下は欲しいが、歯向かうならしょうがない」


「お嬢様申し訳ありません。ハンナはもう一度幼女時代のお嬢様にお会いしたいのです…」


「いい判断だ。これからもアルマナの側仕えを許してやろう」


こうして私は結婚して、公爵家は殿下が継ぐこととなった。



「くそっ!またか!」


「ハンナ様が見事な手配でして…」


「元王宮仕えのプライドはないのか。見張っていただろう?」


「今度は別荘の改造をされておりまして…」


「研究所に会いに行く。調整しておけ」


「置いて行かれたのに、随分楽しそうですね」


「最近は来ると笑顔で出迎えてくれるのでな。実は楽しみなのだ」


「この夫婦は…」



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令嬢は恋愛に興味がない 弓立歩 @Ross-ARIA

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