懐古の断片

 メーテウスと合流した後。

 大教会の門にて、こちらに近づいてくる正常な魔力の流れと共に、侵食度合いが比較的酷かったローレンスやその配下達とばったりと出くわす。

 手が圧倒的に足りないと思っていたアデムとメーテウスが即座に治し、彼らに救出の手伝いを快諾され共に住民区へと急いだ。


 住民区の街並みはある意味酷い有様だった。

 意識を失っている人がほとんど。

 アデムとメーテウスの二手に分かれ、片っ端から異常がある者は、アデムとメーテウスが率先して動き、そのほかの者が近くの民家に運び寝床を整え、とやってくいくも数が数。

 泣く泣く、幸い意識がある人にも事情を説明しては、共に近くの民家に連れて行って寝かせたりとしていた。

 日が落ちて、暗闇が包み込んでも終わらずにいた。

 

 途中から、念話してきたエルナたちが合流し、どうにかこうにか日が変わる寸前までに終えることができた。


 住民区の人達に別れを告げ、ローレンスとその配下を連れて、大教会へと戻ったアデム一行。

 食事も簡潔に、とにかく眠ることを重視して各々の寝床を確保しつつ、数人の見張りを交代制で付けて、激動の一日は幕を閉じる。


 大教会、祈りの間。

 崩壊した大扉から月光が差し込む中、そこに一つの人影が大きく伸び、祭壇にある皇帝の像を陰らす。

 その黒い髪と服が黒いせいも相まってか、知らぬ人が見れば死神のような雰囲気を思わせることだろう。相対したものを狩るために。

 …アデムに至っては、そんなことないのだが。


「ふぅ…、どうにかこうにか巻けたかな…?」


 疲れを少しでも体の外に出すように、盛大に息を吐く。

 魔力が枯渇寸前なのもあるが、それよりもローレンスやその部下たちの担ぎ上げ具合に、疲弊していた。

 記憶にある彼らは、そんな熱狂的な感じはなかったはずなのだが、プラーナが何か作用してしまったのか。

 考えていても仕方ない。

 今は、それよりも重要なことがある。


 和らいでいた気持ちを、祭壇に近づくにつれて締め直して、自分と瓜二つの像と目を合わせる。

 像の向こう——魔力体を感知したその先に、厳重に封印されたプラーナの塊を視線が吸い寄せられるように、知覚する。

 ただ記憶を取り戻すだけなのに、封印されたものがまるで威圧するかのようにアデムの全身に襲いかかる。


「…よし」


 未だ、威圧に似たような何かは治まっていない。だが、取り戻さないわけにはいかない。

 像に手をあて、自身のプラーナと封印されているプラーナを繋げるイメージを描く。


 瞬間。

 体が像に引き寄せられるような感覚と共に、意識が像の内へと入り込む。

 驚くより先に、既視感が体を貫く。

 ジエン村で味わった死の瀬戸際と同じ感覚。

 光の粒が視界をこちらに目掛けては、後ろに過ぎ去っていった後、暗い、だが天には光の筋が走る黒一色の空間へと出る。


「また、ここか」


 二度、自分に力を授けた自分自身と邂逅した場所に、より疲れが増すような感覚を覚えて、またため息。

 今度は何と言われるだろうか。


「…こってりと、やられたな。待ち侘びたぞ」


 背後から自分と同じ声に、振り返る。

 黒一色の空間に、一段と輝く得体の知れないプラーナを放つ巨大な植物。

 それは、地から生えている鎖に縛られ、厳重に守られているかのような、印象を覚える。

 その植物の前に、声の主と思われるプラーナの光で出来た人が、片膝を付いて座っている。

 見た感じ、アデムとの身長が同じくらいで、顔はのっぺらぼうみたいに光で包まれていて、わからない。


「やっぱり、あんたも俺自身と見て良いのか?」

「ああ。私は、土の属性と幾らかの記憶と光属性を元に、創られたアデム・モナークだ。取り戻しにきたのだろう?」

「呼んだのは、あんたじゃないか」

「あまりにも遅いのでな。つい、許せ」


 片手をひらひらとさせて、こちらを揶揄う自身の記憶。

 淡々とした声の中に、いくらか怒りのようなものが混じってる気がしないでもない。

 アデムには、それが少し気がかりだった。


「それであんたは何に怒っているんだ。身に覚えがない…かはわからないが俺に対して怒っているんだろう?」

「まあ、それもあるにはあるがな。…我が友にはあったな?」

「ルキウス、っていう騎士だよな?」

「そうだ」


 このアデムは、どうやらあの騎士との記憶を持ってるらしい。

 膝を立てて座っていた体勢から、立ち上がりこちらに歩み寄ってくる。


「強かったか?」

「…凄まじかったな。

 数で圧倒的に有利ななのに、それを意に返さず、あまつさえこちらを圧倒してくる先読みと、剛腕と堅牢さ。

 今でも勝てる気がしない」


 右手があの時の剣戟を受けた重みを思い出して、震える。

 今にして思えば、天高く聳え立つこの世で最も硬い石で出来た壁を相手にする。

 そんなイメージを思わせる、何者も倒せぬ力。

 果たして、今記憶と力を戻したところで、打ち勝てるのか。

 まったく、予想できない。

 震える右手を見て、ルキウスの凄さを感じ取ったのか、肩を僅かに揺らして笑う断片。


「流石は我が友。

 予期せぬ形とは言え、彼奴は何処までも力に貪欲だと言うことだな。

 それに相反する属性を同時に出力させて扱うなど、この短期間でやったことなぞないだろうに。

 それを土魔法で力の方向を定めて、適宜調節するなど、やはり頭がおかしいなあいつ」


 愉快そうに話す断片の傍ら、重いため息を吐き出す。


「…呑気だなぁ」

「すまない。…まあ、とにかく。

 ルキウスと奴を縛る上位者は必ず、お前たちの目の前に姿を現す。

 今はまだ、感じ取れる事はないだろうがお前が器であるということは、世界のプラーナがお前そのものに成り変わってることと同義。

 狙われない、ということは絶対ない。

 どんな理不尽でも跳ね除けて見せろ、それしかない」

「…やっぱり、逃れられないか」

「残念ながらな。私たちが始めたことだ。散々言われて、否が応でも覚悟はしてたろ?」

「…まあ、それは」


 噛みきれない言葉を出しつつ、肯定する。

 だが、不安なのには変わりない。自分の身一つで、世界の命運が決まるならなおのこと。

 新たな事実を前に、己が意識をさらに引き締めて、右手を前に出す。


「少しでも力が欲しい。頼む」

「無論だ。あとは、お前の役目だ。その目でしっかりと向き合っていけ」


 アデムの手をがっちりと掴み直後、その手に吸い込まれるように、光がなだれ込んでくる。

 断片の背後にあった植物も、輪郭の端から光の粒になって解け、やがてアデムへと吸収される。

 莫大な力が全身を駆け巡るのを、目を瞑り噛み締める。

 痛みはない。

 空っぽの容器に何かが満たされる、そんな感覚を味わいつつ、モヤがかかっていた記憶が一部晴れる。

 その記憶を取り戻して、懐かしさに悲しみとも言えぬような無表情に近い顔を浮かべる。


「———ああ、なぜこう、もっと早く取り戻していたらって後悔したくなるよ。

 …ルキウス。我が戦友ともよ」


 暗い空間から、元の祭壇があった場所へ意識が戻る中、在りし日の騎士をようやく思い出し儚く微笑む。

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