夕日の寂れ

 改めて、周囲の状況を見渡す。

 至るところにクレーターができて、壁には無数に広がる亀裂が走り、荘厳な大講堂は見る影もない。

 教会を支える柱も何本か壊れており、よく倒壊せずに保っている。

 早急に応急処置をしなければ、ならないと思いつつ、吸い込まれるようにある一点を見つめる。


「…壊れてはない、か」


 戦いがあってなお立つ、自分を模した像を見て、そう呟く。

 自分の記憶を封印している像。取り出さなければならないが、それは後回しだ。

 まずは、皆の治療が優先だ。

 気怠い体を動かして、今も項垂れたまま動かないメーテウスへ近づく。


「…メーテウス。無事か?」


 アデムの言葉にも、顔をこちらに向けず、こくりと頷く。


「ええ、大丈夫、です。それよりもエルナ様たちを見てあげて下さい」

「しかし…」

「すみません。しばらく、一人にさせて下さい」

「……わかった」


 口調が以前の様に畏まったものになってる。声もどこか弱々しい。

 ここまで余裕のないメーテウスは、見たことがない。

 余程、心にきているのだろう。何か声をかけたいが、今は何もせずにそっとした方が良い。

 そう判断したアデムは、こちらに向かってくる足音に目を向ける。

 深く息継ぎをしながら、共に支え合い歩み寄るフリンとエルナだ。


「…二人とも、大事ないか?」

「ええ、ちょっとまだ痛むけど大丈夫」

「私も、少し擦ったくらいだから」

「…」


 エルナに視線を移した途端に感じる違和感。

 信用してないわけではないが、流石にちょっと心配になり、プラーナを目に通す。

 フリンは確かに擦ったくらいだが、エルナに至っては侵食の兆候がまだある。

 心臓あたりの円環が微妙に黒ずんでいる。

 心配させないための嘘なのかどうか、今のアデムにそんな冷静な判断は出来ない。

 故に、エルナの左腕を掴み強引に引き寄せ、自身の胸で左肩から突っ込んでくるエルナを抱き止め、強引に治療を敢行。


「…エルナ、誤魔化したら駄目だろう。ほら見せて」

「え…ちょ、ちょっと!?」

「わあぁ…」


 柔らかな、太陽の匂いを脳の奥底にしっかりと刻みつつ、エルナの鳩尾に——触るわけにはいかないので——手の平を添えてプラーナを送り込む。

 

「ほんと…ほんと大丈夫だってば!」

「そういうわけにはいかない。まだ、侵食している形跡がある。嫌かもしれないけど我慢して」

「いやじゃない、けどぉ…!」


 もぞもぞと動くエルナに少しムッとして、右肩に少し力を込めて、よりこちらに密着させて動けなくする。

 心臓の鼓動が大変なことになっているが、生命の危機ではないらしいからとりあえずスルー。

 急におとなしくなったエルナに、プラーナを注ぎ黒いプラーナを喰らう。

 燻んだ色をしていた円環が、色を取り戻し鮮やかな光を解き放つのを見る。


「…よし、大丈夫かな。エルナ、終わったよ」

「……」

「?おーい?」


 口を半開きにして、そのまま固まって動かないエルナの肩を軽く揺するも、首がカクカクと流されるままに揺れる。

 不意にストンと、膝が地につく。顔が赤く、目もどこかぼんやりとしていて、魂が何処かに抜けてるみたいだ。

 何かあったかと真一文字に口を結んでると、横から肌をチクチクと刺すような視線を感じる。


「アデムくん…、もうちょっと節度を考えよ?」

「…いや、だって侵食が」

「だったら、そう説明してからやれば良いでしょー?」

「…ごめん」

「わー、わかってなさそー」


 フリンの微かな冷ややかな視線と棒読みに、少し目が泳ぐ。

 切羽詰まっていたとはいえ、あまりベタベタ触るもので無かったのだろうと見当違いな見切りをつけるアデム。

 ふんすと、息を吐いて話題を変えるフリン。


「アデムくん。ひとまずは大教会を奪取したことにはなるけど、これからどうするの?」

「…そう、だな」


 これからか…

 色々と問題が山積みの現状、どこから手をつけるべきか迷ってしまう。

 攻めか、守りか、はたまた…。

 少々言葉に詰まらせながら、思案しているとポンっと軽く肩を叩く手と共に、振り向くとそこには、もういつも通りのメーテウスが立っていた。


「メーテウス…、もう良いのか?」

「ああ、すまない。世話をかけた」

「なら、良いんだけど。無理は禁物だ」

「心配ない」


 声の抑揚が平坦気味なのが、少し気掛かりだ。

 下手に踏み込んで、不快にさせるわけにもいかない。ひとまずは様子見するしかなかった。

 メーテウスも周囲と、大教会の外に視線を向けて何かを確かめた後、向き直る。

 チラリと下方を盗みつつ。


「それでまあ…、エルナ様は置いておくとして。

 アデムどうするんだ?大教会の外は、侵食されてる……ような、プラーナの動きは無いな。

 アデム…まさか、そのまま無作為にプラーナを浄化術式に乗せて、撒き散らしたんじゃないだろう?」


 メーテウスの問いにビシリと体を固めて、押し黙る。

 冷や汗をダラダラと流しながら、次の言葉を紡げないでいた。

 その様子にため息を吐き、肩を竦める。


「…図星か。ということは、一旦住民区で市民の安全を確認しないとな。手伝って貰うぞ?」

「…すみません」


 善は急げとばかりに、颯爽と先へゆくメーテウス。

 彼の理解の良さに感謝しつつ、メーテウスの背中を追おうとするが、そこで服の端を掴まれ、つんのめりそうになる。


「……私も行く」


 まだ顔が赤いエルナが口を尖らせて、上目遣いで懇願してくる。

 それを、目線を同じにしながら、首を横に振り、否定する。


「大丈夫だ。そのかわり、エルナには大教会内に存在する兵士たちを、フリンと協力して寝床へ運んで欲しい。

 おそらくは、俺の余波で倒れていると思うから、介抱して欲しい」

「…わかった」

「すまん」


 つまんでいた服を力なく離し、名残惜しそうな顔をしているのを、あえて何も言わずにそのまま踵を返す。


 そのまま先へといっているメーテウスを追いかける。

 目下いろいろと問題はあるが、まずは救護。先の問題は、その後だ。


 崩壊して原型が跡形もない大扉を抜け、夕日が美しく照らされているテラフの街並みに、笑みが一瞬溢れる。

 だが、すぐに表情を引き締めて、鋭く呼気を吐く

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