嵐さりて嘆く
次元が違うと思った。
フリンに体を支えられながら自ら治療するエルナは、目の前の様々な光の乱舞に圧倒されていた。
突然理性が戻ったルキウスに、光属性を発現したメーテウスと、他の二人同様に魔力を凝縮したような魔力と似て非なるエネルギーを発するアデムが、大教会を壊さんばかりの抗争が繰り広げられている。
「ルキウス…操られてるかと思ったけど、どうなっているの?」
いろいろ疑念がある中、衝撃的だったのがルキウスが自分たちを覚えていない点。
先ほどの獣のごとき戦い方で、魔力をただぶっ放すだけの暴力的なものはない。
今は、どこに何が必要で、足りない部分をどこか、それを澱みなく的確に把握し、こちらも魔力ではないもっと高密なエネルギーを身体強化に当てて、メーテウスとアデムの2人がかりをなんなくいなしている。
そう、かつて見た戦い方と変わりないのだ。
「あの方は…聖騎士様ご本人…だよね?」
聖騎士——この国で唯一と言って良い最も、武勲を挙げた騎士に送られる称号のような者だ。
ルキウスは、統一国家になる時に数々の戦場で活躍したため、その称号を持っている。
「そのはず…自力で解いたというの?」
「…私には、何とも。それに皆さんが纏っているあれは魔力、なんですか?
ここに来る前のアデムくんも急に雰囲気が変わって何だか、身が縮まるような震えが止まらない、んです」
「…プラーナって言ってたわね。あの男」
あの、より彩度高く光っている薄い幕のようなもの。
エルナの目には、あの空間だけ魔力が希薄になってるように感じる。
いや、魔力を食い潰してより純度が高めたものに変わっている。
そういう風に肌が、全身が捉える。
「とにかく…よ。ルキウスは、あのローブの男に近づけさせないように立ち回っているみたいだし、どうにか気を逸らせるようにしない…と」
「エルナ…!まだ、傷が…!」
「そうも…言ってられないでしょ?」
通常の闇属性の魔力であれば、簡単に治癒出来たが、獣の如きルキウスから受けた深手が自分の治癒ではなかなか治らない。
アデムの天廻剣が、粗方を塞いではくれたもののまだ動きがぎこちないし、うまく力が入らない。
『エルナ、参戦するのはちょっと待って』
脳内に響くような声。
それは今、ルキウス共に激戦を繰り広げているアデムの念話だ。
『待てって…、あのローブの男何かしようとしてるでしょ?
私が注意を引くから、そのうちにやりなさいな』
『ごめん…薄々気づいてるかもしれないが、彼らに魔力を通した攻撃では傷はつかない。
だから、やって欲しいことがある』
やはり、足手纏いなのだろう。
唇を少し噛み締めて、蟠る気持ちを抑える。
『…わかった。何をすれば良い?』
『フリンと一緒に魔力を練って、最大火力を俺が目で合図を送るから、あの騎士に放って欲しい。
無論、光属性じゃないと衝撃すら通らないから、君が術式の主軸を担ってくれ』
『ええ』
エルナが了承した瞬間に、脳内に響く声は途絶える。
ふぅと息を吐き、至らぬ自身を責めるのを諌め、アデムの指示を遂行するためにスクッと立ち上がる。
「…エルナ?アデムくんから何か言われたの?」
フリンの察しの良さに、若干驚きつつも首肯する。
「ルキウス…あの聖騎士に、不意を突くために魔力を練って攻撃…だそうよ」
「なるほど。私じゃそのくらいしか役に立てないもんね
エルナは、攻撃に参加するの?」
「そうしたいとこだけどね…ほんとに。
ルキウスは、先読みじみた感知能力を持っているし、今彼を覆っている魔力とは違う何かが、攻撃を無効化する可能性があるから、それを突破するために魔力が必要なの。
私と一緒に合成魔法よ。お願いできる?」
「もちろん」
「ありがとう」
フリンが片手を差し出して、それを握る。
支援魔法を再度掛けて、魔力を循環。
いつでも仕掛けられる様に、急いで術式を練り上げ、積み重ねる。
もどかしい思いを胸に、目の前の戦闘を見守る。
心地良い風が頰を撫でつつ、三度ローブの男に攻撃を仕掛けようとしていたアデムが、こちらをチラリと見る。
「フリン!」
「
「重ねて願う——」
通常なら、百の大軍を滅却できるほど火力をただ一人に全力で放つ。
今、彼は背後を向いて攻撃をアデムにむけて、振り抜き始めようとその一歩手前。そこをつく。
深手とはいかないまでも、大きな隙にはなるはずだ。
ルキウスのかつての戦い方を見てるエルナでも、そう感じた。
だが、こちらに少しだけ兜をこちらに向ける動作が、魔法を放つ間際に見えてしまった。
両者、満身創痍に近い。
力量差もそこまで違いはない。人数では、エルナやフリンも入れたら圧倒的。
そんなはず、だが…。
ここまで強いのか、とアデムはローブの男への妨害をもう頭から消していた。
『メーテウス、俺も参戦するよ。彼を倒さない限り、あのローブ男には辿り着ける気がしない』
『…ああ。申し訳ない』
疎通は手短に。
メーテウスの魔力回復も、とても優秀ではあるが連発は皆無だろう。
しかも、回復されたプラーナの消費量が上がっている。万能な反面デメリットが大きいのだろう。
ならば、的確に一度も無駄なく、プラーナを使わなければならない。
呼気を鋭く吐き、天廻剣に力を込める。
「残念ですが聖騎士さん、時間です。戻りなさい」
一触即発の雰囲気に広がる、変哲のない声。
一瞬何の声かわからなかった。
その声に真っ先に反応したのは、ルキウスだ。
相対していたアデムとメーテウスから後退し、ローブの男の側にふわりと降り立つ。
「貴様…いいところで」
「怒らないで下さいよ。では…」
ルキウスの殺意のこもった圧を軽く受け流して、魔法陣を展開し足元から、光の粒子となって消えてゆく。
「待て!逃げるな!」
「逃すか…!」
ようやく状況を理解したアデムとメーテウスはは、逃げようとしている二人に目掛けて矢を、雷を放って阻害しようとする。
それをルキウスが盾で容易に弾き、雫を払うかのようにいなされる。
「…またの機会だな。貴公ら」
「じゃあね。近いうちに相応の準備をして攻め込ませて貰うよ」
間際にそう言い残して、光の粒を舞い上がらせながら消えていった。
呆気ない幕切れ。
闇属性の黒い魔力は、何処にもない。そのおかげか緊張の糸が途切れ、膝から崩れる。
その直後思い出した様に、取り逃した悔しさから、地に拳を突き立てる。
「くそ…」
たった二人。あと一歩というところ…だとアデムは思っているが、届かなかった。
「ルキウス…様」
メーテウスも、頭を伏せて呆然と立ち尽くしてしまっている。
かつての主が敵となっていたのだ。
しかも、他の闇属性に犯されたものとは違いちゃんとした意志を持って、何かしらの要因で記憶がなかったとしても牙を剥かれたのだ。
ショックなことこの上無い。
自分にも、言えることではあるが…
「さて…ひとまず治療…だな」
疲労が蓄積した体に鞭を打って立ち上がる。
あの口調からして、また襲ってくるのは明らか、行動しなければならない。
世界の楔は守り切れたというのに、皆んなの表情は暗い。
それは、確実に迫る運命の時を思ってのことかは、その先を見通す者だけが知る。
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