聖騎士ルキウス・シュヴァル
「
「——拒む。暗影の中に安寧を」
「
「…ぐっ!鬱陶しい…!」
大気が歪むほどの風の刃が、ローブの男に迫る。
それを阻もうとプラーナを遮断する結界を張るが、アデムによって防がれ、回避を強制される。
ローブの男は、先程とは一転して悉く攻撃が通らされてることに苛立ちを隠せていない。
優勢になりつつある戦況にアデムは、これを機と見たかメーテウスに目線を送る。
『メーテウス。聞こえるか?今の貴方なら聞こえるはずだ』
『直接脳内に…これが念話か。何か案が?』
『どうやらあの男。あの騎士を触媒にこの世界に現界してるらしくてな。
まずは、あの騎士にまとわりつく嫌なプラーナを根こそぎ剥ぎ取るから、あのローブ男を足止めして欲しい』
アデムの提案に、メーテウスはようやく復帰しようとしてる親友に目線を向ける。
苦しそうな声を上げながら、なおも怨嗟の如き声を上げて、こちらを睨んでいる。
『アデム。その解放役、私にやらしてくれ』
『だけどメーテウス。あなたは、まだ光属性を発現したばかりだ。魔力の流れもそうだが、プラーナの消耗も激しい。確実に仕留めなければならない』
『だからこそ、です。あのお方は…ルキウス様は私が、この手で』
『…そうか。なら、俺は奴をやろう。
メーテウス、プラーナが使えるのだったら黒く染まっている七つの円環が見えるはずだ。そこに浄化の術式——後で頭に送るが、それをプラーナで注ぎ込むんだ』
『ありがとう、アデム。わざわざ譲ってくれて』
『気にするな』
ローブの男との猛攻を繰り広げながら、僅かに口角を上げる。
気にするなとは言ったが、アデムの心中では驚きと納得が介在していた。
あの騎士を見た時、妙な既視感はあったのだ。だがその正体が自分の部下、それも幹部の一人。俺を助けるために帝城に残ってくれた戦友。
かつてメーテウスが言っていた主。本人が見間違えるはずもないだろう。
だが、今のアデムには彼との記憶は靄がかかったように思い出せない。口惜しいことに。
中途半端な心の持ち様のアデムより、メーテウスの方が心情的には良いと思ったから。
強い意志力は、プラーナや魔力の質を大いに高め、術式に反映されやすい。
それもあって、あの騎士を任せた。
それぞれが己が敵に相対しようとした時、ふとローブの男の荒々しい気配が治る。
「…やめましょう。一旦体勢を整えた方が良さそうですね。このままでは、勝っても封印を解くまでのプラーナが残らなくて、またこの状況になるのが目に見えてる」
「逃がすとでも?」
足止めとは言わずここで滅さんと、黄金のプラーナを奔流の如く両の手から解き放たれる。
「——禁を解く。微睡は潰え、己が姿を示さん」
迫る脅威に対抗するのでなく、ただ冷静に紡ぐ。
プラーナが乗ったの拘束を解くような詠唱が、禍々しく響く。
何かに堰き止められる衝撃で土煙が舞うのをみてアデムの目が僅かに開く。
黄金の奔流は、ローブの男とアデムの間に入った何者かに防がれ、呆気なく霧散していた。
その煙の向こうに、冷徹な声音がアデムの耳を刺す。
「——貴様、なぜ解いた」
「…いやあ、ごめんね?思ったより、相手が手強くってね。
君の要望とはいえ、理性を封印したままにするのはちょっと武が悪いと思ったからさ」
「…」
「怒らないでよ。神にも落ち度はある。そこは許してくれないかな?」
「…都合が良いな、逝くか?」
「ははっ!そんなことさせると思うかい?というか出来ないだろう?」
「…ちっ」
「おお。怖い怖い」
急に大剣を握ったまま、震えて動かなくなっていた。
殺意の目でローブの男を見るも、当の本人はどこ吹く風だ。
そんな異様な空気のあちら側とは打って変わって、こちらは唖然としていた。
あの騎士、さっきまでは言葉すら発してなかったのに急に理知的になっている。
あの詠唱が鍵だったみたい、だが…
「それで、彼奴らを殺れば良いのか?」
「君もそんなプラーナ残ってないでしょうに。次元行の時間を稼いでくれ。
約定は破ってしまったからね。君の一部は返すことを約束しよう。頼めるかな?」
「了解した」
くるりと振り返った騎士が、濃密なオーラを渦巻かせこちらに歩み寄る。
黒のオーラが渦巻くのはわかるが、そこに白く輝く魔力光——いや、プラーナを見て驚愕に顔を染める。
「光属性も扱えるようになってる、のか?どうなってる。光と闇は相剋関係なのではないのか?」
「それは例がないのでなんとも言い難いが、二人がかりで挑まないと推し負けるぞ、アデム」
「そうみたいだ」
軽く踏み込んだように見えた。
だが、その一歩は凄まじく彼我の距離をゼロへと変える。メーテウスが瞬時に反応し前へ。
短剣と大剣。
メーテウスが推し負けそうな物量差にも関わらず、鍔迫り合いに持ち込んだメーテウス。
騎士は感嘆の息を上げる。
「…ほう。貴公良い反応をするな」
「ルキウス様…!私です!メーテウスです!覚えてないのですか!?」
「……初対面のはずだが?」
「…!そう、ですか」
僅かに力が緩んだメーテウスを見逃さず、短剣ごと叩き割ろうとプラーナを込める。
だが、全身を震わす風の衝動がルキウスを襲う。
その直前で、ルキウスは数歩距離を取り、回避する。
「…鍔迫り合いができる戦士を忘れるはずがないのだが…ちっ、奪われたモノの中にあるな、あの狂神め」
憎しみがこもった声をあげつつ盾を前にして、メーテウスの攻撃に備えようとするが、視界の端を黄金の光が上がるのを見る。
予備動作なしに駆け出して、アデムの首へと刃を差し向ける。
「果てろ」
先程とは、格段に上がっているスピードに内心驚きながらも、天廻剣を間に展開して防ぐ。
またも鍔迫り合うも相手の物凄い贅力に押され、慌ててプラーナを接地面の一点に回して補強する。
「…その剣、何処かで見たな。お前も私の知己か?」
「だと思うな。あいにく俺も覚えてなくてな。貴方も記憶を無くしたって口か?」
「…そうだな。気づいたらあの男が目の前に…だった、か?」
顔を覆う兜で表情が窺えないが、声音が明瞭でない。
「…そう、かい…!」
「…!」
瞬間的に剣速を上げるために雷を付加する。贅力も共に上げルキウスを後退させる。
「…柄にもなく、思案に耽ってしまったか。やるな」
「そりゃどうも」
「はぁあ!!」
ルキウスの背後から、メーテウスが裂帛の意気と共に光り輝く風を立ち込めながら、短剣の突き放つ。
と同時に短剣の土手っ腹を、盾が弾く。——パリィだ。
「浅はか」
パリィした慣性をそのままに、大剣の横薙ぎがメーテウスを襲う。
崩れた姿勢をそのままに、上体を無理やり風で押し込める。地に倒れない擦れ擦れで姿勢を維持し、やり過ごす。
即座に、左手にプラーナ光を込めて、打ち出すも、いつの間に構えられていた盾に阻まれ僅かに後退する。
メーテウスの顔が、その技巧を見て苦渋に塗れている。
「本当に、覚えていない、のですね」
「…っ!」
その声も虚しく、ローブの男を執拗に狙うアデムをメーテウスそっちのけで、背後から地を擦るよう斬り上げがアデムの背後を襲う。
紙一重で避けながら振り向く。
その顔は僅かに怒りで歪んでいた。邪魔されたことにではなく、仲間が雑に扱われたことに。
「メーテウスの相手してやれよ。こっちは良いから」
「出来ぬ相談だ」
「…なら」
チラリと後方を見やるような動作に、ルキウスは構えるがその方向には何もない。
いや、戦闘不能な様子の女性が二人こちらを見ている。
ルキウスの一瞬の気逸らし。
雷を纏い加速して抜けようとするアデムを、大剣にプラーナを溜めて飛ぶ斬撃を放とうとする。
「無駄なことを——なに?」
突然湧き上がる背後からの魔力に、驚く。
もう振り抜き始めていて、後ろへと迎撃が出来ない。
「……っ!!」
鋭く呼気を吐き、アデムへ向かって斬撃を放つと同時に。
プラーナを瞬時に大剣に纏わせて、振り抜いた力を殺さず、体を精密に制御して、その場で地に水平な回転斬りを放つ。
同心円状に剣の軌跡が舞うと同時に熱線が横一線に裂かれ、爆散。
瞬きの間に、金属を融かすような熱風を切り裂き、アデムの進行を妨げた。
「…小癪な」
魔力の流れからも、攻撃することはないと思っていた女性二人の魔法撃に、視線を向けて呟く。
肌を伝う熱線の残滓に、微かだがあの短剣の男のプラーナを感じ取る。
と同時に悟る。
魔力を隠蔽したのか。
聞いたことはないが、自分の感知能力の高さを——プラーナによりさらに高まっている——知っていなければ、奇手など放てない。
その前に、奴らの首は飛ばしている自信がある。
あの短剣の男、私のことを熟知している。
ルキウスは単純にそう思い、強者の予感に体を鼓舞で僅かに震わす。
「面白い。あと数分くらいか…?貴公ら、死に物狂いでかかって来い。
あの狂神めを守るのは業腹だが、あやつに手を出すなら死を覚悟してもらおう」
四人に素早く視線を巡らせて、プラーナを高速で循環。広範囲にプラーナを放ち威圧。並行して相手の魔力、プラーナの流れを把握しようとする。
女性二人は、その場に膝をつき男二人は神妙な顔でローブの男から意識を外して、こちらに身構える。
ルキウス・シュヴァルに、遠距離の攻撃手段は今は持ち合わせていない。
いや出来はするが、攻撃術式を組むより剣を振った方が早いし、防御魔法を組むより盾を構えた方が防御も容易いと考える。
故の、身体能力を向上する魔法に特化させた。光属性を発現してからも、それらを増幅するための手段に準じた。
その結果、相手を一瞬で何百、何千を薙ぎ払う魔法を己が盾一つで防ぎ、一呼吸の間に数十人以上を斬り殺すまでになった。
サントルミナス帝国の幹部が一人。建国の礎。
誰よりも前に立ち、戦端を切り開き、何者も侵さぬ盾と光り輝く剣を振りかざすその様は、人々に聖騎士を幻視させた。
その光が今、かつての仲間たちに牙を向き、その一端が振るわれようとしていた。
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