揺蕩う湖面
やはり、叶わない、か。
落ちてゆく暗い海の中を、失意の念がメーテウスの頭によぎる。息は苦しくはない。そういうものだと受け入れる。
光属性を持っていない自分では、ここら辺が関の山だ。
これから迎える死に、抗うことなくただただ身なすがままに、任せる。
目を閉じて在りし日を思い浮かべる。
臣下として働き、さまざまな経験をしたこと。帝国を離れ、ジエン村でも紆余曲折ありながら充実した日々をおくれたこと。
心残りはある。まだたくさんやりたいこともあった。
だが、メーテウスという凡人は、ここが終着点なのだろう。
「ルキウス様…」
かつての主のあの変わり果てた姿に、悔しさが内から溢れる。
彼は、最後まで帝城で戦い抜き、そして支配されて、あんな姿になったに違いない。
たまたまウルドの侵攻に合わず、たまたま皇帝とその側近たちの助けがあり、そして何か役に立てないかとついて行ったメーテウスとは、違うだろう。
もっと自分に力があれば…
そう思わずにはいられない。
あの人を、どうにかして、助けたい。
『そんな君に朗報だ。力を授ける。それも、奴らに負けない力を、だ』
「…っ!」
空間を震わす声に、体がびくつく。
力をやるだって…?馬鹿馬鹿しい。
死へと向かっているこの体に、そんな甘い希望など聞こえてくるものかと思い、幻聴だと決めつけ静観を保つ。
『…いや、幻聴じゃないんんだがな。妙に現実的な考え方をする。調子崩れるなぁ』
「では、何者なのだ。そんな怪しい文言を吐く前に、姿を現したらどうだ?」
声に発していない自分の考えを、正確に読み取るこのいけすかない声の主に、不快感をあらわにする。
『それは失礼した。これまでの者は、是が非でもと言った感じだったのでな。少し待ちたまえ』
「…良いだろう」
妙な言い回しに頭を捻るが、無視して了承する。
再び静寂が戻って来たかと思うと、沈んでいた体が急浮上する。
辺りが明るくなってゆくと共に、頭上を水光が顔を照らす。
飛沫をあげて、空中に放り出されてそのまま入水するかに思えたが、しっかりとした地面の感触と共に、沈まずに水面に体が投げ出される。
「…沈まない?どうなってるんだ」
不可思議な現象に疑問が絶えない中、恐る恐ると立ち上がる。
水なのか海、湖なのか定かでない液体なのに、地面に立ってるような感触が足裏に返ってくる。
足裏を水面が踏みしめる度に、同心円状に波紋が広がっている。
「夜空…に星か?に、あれは大樹?が大量に見えるな」
周りを見回して、天に、彼方に視線を向ける。
死後の世界?はたまた、地獄?
メーテウスが蓄えてきた知識から、さまざまな憶測が脳内を駆け巡る。
「残念ながら、そのどれも当てはまらないな。メーテウス・ヴィスタ。創造神の末席にその身を置く資格を持つ者よ」
背後から、妙に聞き覚えのある声に振り返る。
「は…?」
目を大きく見開ききゅっと心臓が締まるような感じを覚えるが、どうにか平静を装い、震える声でその声の主に尋ねる。
「アデム…?お前、死んだ、のか?」
アデムによく似た顔立ち、声、背格好を持っていた男がそこに立っていた。
いや、もう本人と変わりないくらいだ。
「ああ、これか?親しみやすい身なりにしたんだが、逆効果だったか。
すまない。本人は、生きてるよ。本当の姿は
事情があって無いんだ」
「そうか…。なら、良いんだが」
「さっきまでは、随分警戒してたのにあっさりしてるじゃないか」
「いちいち驚いていたら、話が進まないだろう?
それに今の私では、お前みたいな超常の者の意向を理解することや何か害することは、出来ないからな」
「…本当に、現実的な考え方をする。なおのこと、君が資格を持って良かったよ」
慈しむ様な笑みを浮かべて、こちらを見るアデムに似た何者か。
さて、そろそろ本題に入るとしよう。
「それで、結局お前は何者で、私に何をさせたいんだ?」
「一言で言うなら、この世界を創りし者。古書でも見たことがあるだろう?そんなところだ。
君には、彼を——アデム・モナークを頂きとする眷属の末席に連ねて貰いたい」
絶句して頭を抱えそうになるのを、我慢して言葉を重ねる。
「色々と疑問しかないが…
まずは、お前は…上位者の一人なのか?」
「流石に聞かされてはいるか。概ね正解だ。
正確には、その残滓だ。私はもう上位者として存在してはいない。ある禁忌を犯したが故にな。
今の私は、アデム・モナークによってこの世界に固定化された意識だ」
話がわからないどころの話ではない。が、断片的な情報から推測する。
創造主。世界の全てを創ったと言われる、実在した人物。
創造主は、数十年前を境にある日忽然といなくなって、同時に皇帝になる前のアーダムス——アデムが神の代行者として台頭したと記憶している。
この世界は、自然現象の発露による天変地異によって、創られたものではない。
すべて一人の超常者によって、成された世界だと、そう記した本を覚えている。
言霊魔法の原初も、最初の一人が世界創生時に生み出した魔力が世界を壊すのを諌めるために四つの属性を柱として、魔力を包み込み崩壊を防いだ、とある。
そこから、かの神は言霊魔法の原初を司る存在であり、あらゆる属性を操る者。恐らく、光属性や果ては、闇属性までも。もしかしたら未知の属性も…。
そんな万能な力が扱えるのなら、自らの姿を変えるのなんて、児戯なのだろう。
「…それで、改めて私に何をさせたいんだ」
「そんな剣呑な顔をするな。何かを代償にするようなことはない。安心しろ。
私の愛する世界に入り込む愚か者達を、誅して欲しいだけなんだ。私の代わりにね」
「利害は一致するが…何を企んでいる?」
「疑り深いな。先程言った通りだ。それに、もう私はこの世界に縛り付けられている意識でしかない。
故になにかしようにも何も出来ない。
ただ、この世界に蔓延る闇に対抗できる、光属性を持つに相応しい七つの円環を持つ者を探して、私のなけなしの一部をこうして授けることだけしかね」
「…」
しばらく相手の目を睨みつける。
嘘を言ってるようには聞こえない、かといって本当のことなのかも怪しい。
光属性は、突然発生したというがそれが創造神の力の一部なのは驚きだが…
それも本当なのか?
「…嘘は言ってないのだがな。それに良いのか?仲間が助けを待ってるかもしれないのだぞ?
ここで、躊躇することはないと思うが?」
「確かにそうだが、ここで焦って二次被害を被るよりかは良い。
それに、お前が余計な話に興じる以上、ここでの事は時間が進んでないと見るべきだ」
薄らと笑みを浮かべて、メーテウスに近づき、メーテウスの胸の上に手を乗せる。
「然り。だがそれももう終わりが近い。一人にかけれる猶予は、限られているからな。
有無を言わずに受け取ってくれると助かる。願わくば、今まさにこの世界を壊そうとしている奴に、光の裁きを。そして、この世界を繋ぐ大樹の根の底に、アデムを導いてくれ」
「どういうことだ。それは——」
「すまない。だがいずれ、すべてを取り戻したアデムの口から聞けるであろう。この世界を、その先にあるモノとを切り離し、それを砕くことを願うよ」
創造主から溢れた光の粒子が、メーテウスの中を駆け巡る。
それは、心臓を伝い背骨を駆け抜けてメーテウスの頭から腹腔にかけてある円環に、伝わり開花する。
全身からエルナに付与された連環術式以上の光の質を感じ取る。
と同時に違和感に気づく。
「魔力の流れとは別の力を感じるな。これは…?」
「ほう。君はもう知覚できる領域まであるのか。素晴らしいな。
それは、プラーナだな。君たちが魔力と呼ぶものの劣化してないエネルギー体だ。
プラーナは万能で使い方は多岐に渡るが、術者自身が得意とする属性と所有者の意志と共にプラーナが世界を通して適切な力を授ける。
君は…、稀なエネルギー回復——魔力やプラーナの回復量を早める感じだな。あとは隠蔽の上位互換の気配遮断。
王の賢者にして密使というところかな?
あとは光属性特有の治癒、浄化、戦闘技術のに関する支援だな。今の彼らには必要な技能ばかりだな。これも君の意志が成せる技だな。おめでとう」
「…それは、良かった…のか?」
ひとまずは、立て直せそうか。
しかしアデムが来るまで持ち堪えなくてはな。
ぐっと拳を握り締めて、ようやく彼らと同じ土台に立てることを嬉しく思う。
不意に、メーテウスの体を黄金の光が包み込む。
「む…?このプラーナは、アデム・モナークのか。どうやら、私が帰すまでもなくお迎えがやって来たようだ」
「アデムが…?」
瀕死の自分を治してるのだろか。プラーナは、瀕死からも回復するだけの力があるのだろう。
そう想像してる間にも、メーテウスの体が天へと昇ってゆく。
「ではな、メーテウス・ヴィスタ。ここでの出来事は、記憶されないことになっているが光属性はちゃんと発現するから、安心して挑め。
そしてもう会うことも無い。さよならだ」
「な——」
ちょっと待てと言う前に、意識が薄れて視界が白く染まる。
忘却の中、もっと色々と聞いておけば良かったと後悔の念が押し寄せる。
それも、忘れるので無益なのには変わりないのだが。
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