雌伏の風

「…?晴らされた、か?」


 メーテウスに吹き飛ばされて感じたのは、ローブの男が自らのプラーナで覆った、人間たちの正気を無くし操る結界の霧散。

 今は、自分をこの世界に繋ぎ止めるよすがたるあの騎士が、二人を圧倒してるため少し街中の様子を見ようと、解いていた望遠術をかけようとする。


「…やはり、気のせいでない?支配してる人間たちに私のプラーナがないのか?」


 術が発動しない。

 ローブの男が埋め込んだプラーナが霧散してしまっていたのだ。


「…あの、紛い物め。やってくれましたね。まさか、プラーナ持ちだとは…」


 恨み節を吐きながら、ふぅと心を落ち着けるように立ち上がる。

 とりあえずは、あの二人をここで誅する。

 あの紛い物の眷属と取り巻きは、一人でも滅ぼさないといけない。


 そこからは、ちょっとした妨害魔法もレジストされず、拍子抜けしていた。

 騎士が、眷属の女にトドメを刺そうとした瞬間、ぞわりと背中をかける悪寒が走り、即座に騎士と自分に断絶障壁を貼った。


 雷光。

 大扉をぶち抜き、視界が白く染まる。


「…っ!デタラメですね…!」


 この世界の住人では、削ることすら出来ないはずのこの障壁をお構いなしに、削ってゆくのに少し苛立ちが募る。


 視界が晴れると、入り口の方から颯爽と現れる黄金の雷。

 重傷の女の前に立つと、白金色の目が結界越しの自分を貫き、次いで周囲を見回す。

 ある一点を見た目が僅かばかり見開き、静かに燻るプラーナのうねりを、ローブの男は静かに警戒の度合いを高めてゆく。




 プラーナを目に通してから、今まで見えていなかったものがよく見える。

 …勢いでやってしまったとはいえ、テラフを覆っていた幕も消えたしな。


 思い出したように、エルナからの念話が入っていたなと思い、魔力を飛ばすも何かに弾かれて状況は掴めず、やむ無くフリンを抱えて、突貫したわけ、だが…


 味方が倒れている。

 しかも、片方は死にかけだ。


 感情に流される前に、天廻剣てんかいけんをエルナの所に向かわせて、自分は大出血しているメーテウスの元へ。


「……、よくやってくれた」


 肩へ手を添えて、労う。

 幸い、息はかろうじてあるがこのままでは、あと数十秒で力尽きる。

 魔力、プラーナを込めて傷口を黄金の光が覆う。命を繋ぎ止めようと魔力を空にする勢いで注ぎ込む。


 臓器を失った血を戻すべく、魔力を練ってプラーナへ、そしてそれを代用。

 万能性が格段に増している。

 今まで魔力のみだと精々傷を塞ぐ程度で、失血や臓器修復、生命流転を促す機能は、持ち得て無かった。

 流石は、オリジナルのエネルギー体。反則すぎる。

 粗方欠損を治すと、微々たるものだが魔力が体を流れ始める。

 なんとか、一命は取り留めたか…


「◾️◾️◾️◾️◾️◾️———!!!!」


 安堵も束の間、呪うような獣の絶叫を轟かせ、アデムの奇襲から復活した騎士が迫る。

 空中で体を縦回転させ、その勢いのままアデムを叩き斬ろうと迫る。


真言宣誓マントラ——彷徨い歩く者よ。曇る目を晴らし、己が姿を顧みよ。偽りを破り、誠のあり方を示せ」


 プラーナを用いた浄化の術式。

 …前回の一回きりの術式とは違う消滅でなく再生。

 一回では、浄化出来ないだろうがやらないよりかはマシだ。

 光の帯が、騎士を包み込む前に騎士の体内から一人でに、闇が抗い相殺される。

 相殺された衝撃で、騎士が後ろへ飛ばされて地を砕きながら四肢で衝撃を殺すように着地する。

 どうやら、あのローブの男に術式を阻害されたみたいだ。


「…◾️◾️◾️——」

「色々と突っ込みたいところが多いですが、今そのお方に何かされては、困るのですよ」

「勝手に人様の民を支配しといて、どの口がいってるんだ」


 間髪入れず、地を這う黄金の雷が二人を襲う。

 ローブの男は、球形の闇の幕を自身を中心に纏わせて、雷撃から守る。


「◾️◾️◾️◾️◾️———!!!」


 迫り来る雷を、盾で弾きながら狼のみたいな走法で器用に近づく。

 猛攻を完璧に掻い潜り、闇風が鋭く渦巻く大剣を前に、自身を一筋の矢と化して、突き放つ。

 それを迎え撃つべく、右腕に黄金の雷を溜めながら、大槌で叩きつけるように打ち込む。


「——吹き飛べ」

「◾️◾️◾️◾️◾️———!!!」


 数秒拮抗した後、アデムの雷の槌が打ち勝ち騎士を大きく吹き飛ばした後、追撃を仕掛けようとするが、紫色の魔法陣がアデムが立っている地に浮かび上がり、不可視の重力がのしかかる。


「そろそろ好き勝手にするのもやめてもらいましょうか?」

「この…クソ野郎…!」


 相手のプラーナが四肢の動きを阻害するのを、自分のプラーナで解こうする。

 だが、相手の方が一枚上手うわてなのか、なかなか術式を解除することができない。


「◾️◾️◾️◾️——!!!」


 早くも復帰した騎士が、大剣に膨大な量の闇を数十メートルに剣身を伸ばし、大上段に構える。

 アデムだけでなく、治療中のエルナとそばにいるフリン、意識を失っているメーテウスまでもが射程圏内に入っている。

 逃げ場を無くすように。

 ならば…


「斬れ」


 エルナの元にいた天廻剣を呼ぶ。

 天廻剣の実体化を解き、プラーナの形態に切り替えてアデムの動きを阻害するプラーナを断ち切る。

 側から見たら、アデムの四肢と首などを無作為に斬っているみたいだ。

 これでようやく動ける。


真言マントラデヴァ——鳴動せよ、天廻剣てんかいけん。我が真なる意気を示すときだ。この光が汝らを守る加護となりて、世に問う。

 遍くを砕き、庇護する。それが俺の理であるが故に」


 一瞬だけの全力形態。プラーナを帯びることで山吹色のオーラが黄金色に変化する。


 詠唱を終える頃には、闇の刃がアデム達に向かって振り下ろされていた。

 プラーナの流れを早くして、思考を加速、体感時間を倍に。

 一呼吸の半分のさらに半分。プラーナを天廻剣に収束させて、抜き放つ。


「——略式・死界一閃」


 黄金の雷が闇をすべて剥ぎ取り、天を強く発光させて雷鳴が轟く。

 騎士は光に飲まれ、後に墜落して盛大な土煙を上げる。


「ヴ…◾️◾️…ぉア…!」


 苦悶の唸りを絞り出す。

 先程までは、すぐに立ち上がって襲ってきたが流石にダメージが大きいのだろう。

 あちこちに煙を上げて、ぎこちない動きで、それでも立ちあがろうとしている。

 だが、崩れるように膝をつく。


「まだ、来るか…さぞ名を馳せた、騎士、なんだろうな。すごいな…」


 意識を刈り取るつもりで放った一撃だったが、相手の防御力の高さに脱帽する。

 しかし、これでもダメとなると後が無くなってくる。

 一瞬とは言え、ほぼ全力で放った一撃は、相当な消耗を強いていた。

 思わず、片膝をつく。

 もうすでに、魔力とプラーナ共に空っぽ寸前で、意識が少し朦朧としている。


「おや、限界なのですか?

 流石に何回も今のが来たら、撤退を考えていたのですが、そうでもなさそうですね?

 どうやら、力が無くなってるご様子。このまま、捕らえましょうか」


 スタスタと、近づく足音を聞きよろよろと力無く立ち上がり、雷を放つ。

 手でペシっと払いのけるように、霧散する。


「所詮は紛い物でしたね。粗末な世界から来た粗末な魂。あのお方から貰ったものも粗末に扱い何がしたかったのですかねぇ?

 無駄な抵抗を、どうもありがとう」


 アデムの前まで来ると、頭に手を当てて魔法陣を展開すしようとする。

 が、暴風と炎嵐が頭部を蹂躙しようと殺到する。

 軽く距離を取り、同じく手で蚊を払うように防ぐ。


「はぁ…はぁ…何やってんのよ、ど畜生。そいつに、触らないで」

「…無駄なことを。そんな、空っぽのプラーナもどきで何ができるというのです?」

「…やってみないと、わからないかもですよ?」

「虚勢はやめなさい、緑髪の女。貴方たちでは傷一つ、つけることすら叶わない。

 大人しく、見ていなさい」


 再び、アデムに近づく男。

 エルナとフリンは、それぞれが持ちうる最高の術式を放つ。

 

「無駄だと、言いましたよね?良い加減、鬱陶しいですね。——幕を下ろせ」


 プラーナが籠った言霊が、エルナ達の術式を散らす。


「また…!しかも…何よ、これ!」

「何か、見えない壁が…!助けに行けない…!アデムくん…!」


 さらに、不可視の壁に取り囲まれて動きも封じられる。

 その様子を見て、やれやれとため息をこぼす。


「ヒューマノイドから創り上げられたモノ達は、学ぶということを知らないのかね…、まあ良い。

 これで、終いだ」


 スッとアデムの頭に添えられた手を即座に掴み、ぐいっとこちらに引き寄せるアデム。


「…お、らぁ!!」


 天廻剣を密かに展開させ、心臓目掛けて突きを放つも、突然壁にぶつかったような感触と共に、剣が相手の体を貫くことはなかった。


「プラーナの扱いがなってませんね。どうぞ防いで下さいって言ってるようなものですよ?

 ——抗うな」

「…っがぁ!!」


 一言発しただけで、地に体が縫い付けられるように這いつくばる。

 抜け出そうにも、プラーナが足りずに霧散してゆく。


「では、さようなら。もう会うことはないでしょう」


 アデムの頭を掴み、魔法陣を展開する。

 頭の髄から何かが吸われるような感覚と共に激痛を称える。


「…っぐぁ、がぁああ!!」


 今まで体験したことのない痛みが襲う。

 と共に、力と何か得体の知れないモノが吸われてゆく。

 意識が次第に暗転していき、抗う気力も失われてゆき、暗闇が視界を覆ってくる。


 その暗闇の中、頬をそよ風が撫でる。

 死出の風か…?


 いや、それにしては鮮明すぎる。

 その次の瞬間には、意識が突然明転し覚醒していた。

 アデムの視界いっぱいに舞う血飛沫。思わず、目を塞ぎなすがままに浴びる。

 

「貴様…、意識がなかったはず…!」


 急に態度が変わった様な声に疑念が絶えない。

 何が起こっている…?

 そして、なぜ急に意識が鮮明になった?


「なかったですよ?ほんのついさっきまでは」


 怜悧な声音が妙に鮮明に聞こえる。恐る恐る目を開けると、そこには薄緑に煌めく風が舞い上がっていた。


「…メー…テウス…か?」

「アデム、無事か?すまないな、治療して貰って」

「いや…良いけど…それは?」


 メーテウスが、光属性特有の粒子を纏っている。

 光魔法所有者ではない、はずだが…。


「ん?ああ、まあ、なんというか、光魔法がわかったというか……やはり、思い出せんが、とにかく使えるようになってしまった。

 まあそれはさておき、アデム。怪我してるな?私も治癒が使えるはずだ。診てみよう。

 これを…こうか。なるほど。で——こうか。ふむ、面白いな。

 ん?心臓の辺りが縮こまっているな、これは…、ああ、いつか建てた仮説を元にすれば魔力が湧く、はず、だが…。

 お、いけたぞ。

 どうだ?アデム。立てるか?」

「あ、うん。いける」


 あまりの出来事に絶句してしまうアデム。

 あれよあれよという間に、怪我とついでにどうやったか未だにわからないのだが、魔力とプラーナが湧き出す。

 まさか、メーテウス。プラーナも使えるのか?そんなことがあり得るのか?

 棒立ちになって固まっていると、正面からのしかかるような重圧が放たれる。


「…こうも、想定外な事が続くと、腹が立ちますねぇ…!

 いい加減にしてくれますか…?」

「こちらも散々振り回されたのだ。多少は織り込み済みであろう?

 それとも、上位者というのはこんなことも予想できない阿呆か?底が知れるな」

「貴様…!」


 メーテウスの煽りに、より一層プラーナを滾らせて辺りを猛火の如く揺らめく。

 

「アデム。私一人では手に余るだろう。手を貸してくれるか?」

「もちろん。…役に立てるかどうか不安だけど」

「何度も言うが、謙遜は皮肉になるんだぞ?アデム。私の威厳が無くなるぞ」

「…今はこっちのセリフなんだよなぁ」


 アデムでも出来ない魔力回復を平然とやってるメーテウスに、頬を引くつかせながら天廻剣を顕現させる。

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