癒しの黄金

 大教会門前。

 闇の人波がひしめく中に、一つの光の粒が抗おうとしていた。

 黄金色の魔力を讃え、再び動き出そうとしている民たちを、フリンが生み出した風の包囲網の中から、油断なく見据える。

 

「フリン。君は何があっても一歩も動かないでね」

「うん…でも…」

「大丈夫。すぐに蹴りをつける。そのためのこの光だから」


 こんな多勢に一人で、立ち向かおうとしているアデムに心配な声を向けられるフリン。

 だが、黄金の魔力が込められた手をヒラヒラとさせながら、余裕を態度で表す。

 これがあれば浄化できる。

 そう思い今もどこかで見ているであろう、野郎に念じる。


 

 それは、奪還作戦の前日。

 アデムが意識を落とした後に訪れる。


 光の筋が植物の根のように入り乱れるような空間だ。

 あたりにはその筋から放出される粒子が雪のように降り注ぐ、夜中に降る静かな粉雪。

 物思いに耽るには、絶好のロケーションだな、と思わずにはいられない。


 さて、ここはどこだ。

 いつの間にこんな場所に立っていた?

 しかし、以前の自分と相対した白い空間のところとは違うが、どうも既視感が拭えない。


『そりゃそうだとも、あの自閉空間はここを元に作ったんだからな?』


 空間中に響き渡る声と共に、光の粒子が集まり人の形を作る。

 顔や眼などが光だけで構成されているため、誰だかわからないはず。

 …なのだが、見覚えしかないそのシルエットに思わず口をついて出る。


「もしかしてお前、ジエン村の教会で話しかけてきたイカれ野郎のコピー体か?」

『おいおい…自分自身に向かってそれはないだろうよ。というか、ブーメランだぞ、それ。

 まあ、いいや。そうだよ、久しぶりだな。元気してたか?』


 片手を上げて、気楽な挨拶を向ける。

 この異質な空間に見合わない、場のわきまえ無さに嘆息する。


「まあ、それなりにな。というか、こんな平気に会いにきていいのか?上位者に追われてるんだろ?」

『心配ない。今、お前さん寝ている空間は、プラーナを遮断する特別な術式が、組まれた領域だからな。監視もされないからな』

「プラーナ?なんだそれ、上位者絡みか?」


 まーた新たな用語が出てきたかと、怪訝な顔をコピー体に向ける。


『ああ。まあ、簡単に言ったら目に見えない生命エネルギーだ。上位者はそれらを使って、世界に、人に、さまざまな事象に働きかけるんだ』

「魔力とはちがうのか?」

『本質的には同じだが、この世界では、プラーナの劣化版みたいな感じだな。

 他の並走世界も似たような感じっぽいな。果ては、それすらも無いところもある』

「…そうなのか。で、要件は?」

『釣れないなぁ、もっと聞くことあるだろ?』


 うざいくらいに胸を張ってるコピー体に適当にあしらう。


「すまん、疲れてるんだ。ちゃちゃっとしてくれ」

『ほいほい』


 あっちも適当な返事をした後、手のひら同士をくっ付けずに少しだけ離し、溜めるようなそんな雰囲気を醸し出す。

 それは当たりで、白い光の粒子が天から降り注ぎ、集まり、そして白から黄金へ変化してゆく。

 魔力を濃密に凝縮したような、太陽の如き輝きだ。


「それが…プラーナか?」

『ああ、お前のな。

 プラーナは、生命の危機に際して意識と潜在する個人個人のプラーナが同調することで、その世界に即した力が発現する。

 ここでは、光魔法のことだな。ま、それでもほんの一部分だ。

 そこでこの光だ。これは限りなく、オリジナルに近づけた姿だな。この程度だと…5割くらい?

 ま、これくらいいけば、軽度の侵食なら容易に取り除けるぞ』

「おう、そうか。で…くれるのか?」

『え?いや?』

「は?」


 じゃあ、なんで見せたんだ?


「いやいや、流れ的にそんな感じだったろ?」

『逆になんで貰えると思った?それしたら、誰が、この世界への干渉攻撃を止めるんだよ。すぐに消滅するぞお前達』

「さらっととんでもないこと言うな。てか、ここで話してて、本当に大丈夫なのかよ?」

『大丈夫だからここに居るんだって。元創造神代理なめんなよ?プラーナをちょっといじって分身してるから、大丈夫だって』

「……わけわかんねぇ」


 もうこれ以上は触れないでおこうと思ってしまった。疲れてる故か、考えたくない。


『限られた時間だけどな。さっさとやりたい言ったから、ここでプラーナを発現してもらうぞ。俺よ』

「待て…つまりは、戦うってことか?」

『そういうこと。さ、構えろ。死ぬ気で来いよ?でないと、意味ないからな?』

「……死んだらどうなる?」

『いや、その前に全回復させるから、大丈夫だって。行くぞー』

「は?え?ちょっと、待っ——」


 キラリと手元が光ったと思ったら、一瞬で頭が吹っ飛び、意識も吹き飛び、気づいたら即座にすべて再生する。

 そしてまた、繰り返す。

 そこからは、訳がわからぬまま、一方的な戦闘が繰り広げられた。


 無論抗うために、戦った。しかし一方的に殺され続ける。

 そこからは、永遠のようで一瞬の出来事だったと…思って…少しずつ記憶が…擦り切れて…いって——。


 気づいたら、翌朝を迎えていた。

 しかし、プラーナはモノにしてるという奇妙な状態。

 まるで現実味がなかったから、皆には言えなかった。できるかどうかさえ定かでない。

 

 結果は出来たが…

 しみじみと、昨日のことを思い出そうとすると、なんだか体が縮こまる。

 余程、凄惨な出来事だったんだろう。覚えてないけど。

 目を閉じて昨日の夜の出来事を脳裏に浮かべていたら、全方位を肉を切り裂く音を始め、武器と擦れ合う甲高い音など、様々な音が全方位から鳴る。

 まずは、目の前の敵だな。


「くっ…うぅ!」

「フリンその調子。

 真言宣誓マントラ——重ねて願う。風を織る、未だ天を見上げぬ者よ。其方に雷を頂く加護を!」


 フリンが覆う風を黄金の雷が帯び始める。たちまちに雷雲のように変成し、敵を攻撃するようになる。

 光属性の強度が増したことで、術式の安定し出す。

 さらに、悶えるような声を上げた後、闇が弾けるように霧散してゆく。


「すごい…。急に手応えが軽くなった…けど」


 フリンは、ある一点を見つめる。

 この雷雲の中を、多数の雷撃を受けてなお歩みを止めずにくる。闇の陽炎。


「……ヴ、◾️、お、ア、◾️…!」


 全身をもまれても、突き進む忠臣だ。

 プラーナを展開し始めた頃から、人の魔力体をより正確に知覚できて、さらに背骨を中心に七つの様々な色を模った、円環が見えている。

 大体の人が一つ黒く染まっていたのだが、ローレンスに至っては、そのうちの三つが黒く染まっていた。

 今は内一つがかなり薄くはなっている、それでもまだ黒い。


 ローレンスは未だ闇の魔力を発して、他の人はその気配がもうない。

 となると…


「あの円環をすべて元の色に戻せば、正気になるの…か?」

「アデムくん…?」

「あ、ごめん、独り言。フリン、ここからは一人でやるから、この暴風をもうちょっと維持してくれる?」

「うん。何か、策があるんだね?」

「もちろん。住民たちと兵士、騎士はもう正常だから、あとはローレンスだけだね」

「わかった。頑張って、アデムくん」

「おう!」


「へい…かぁ…!私は、もう、良い、ですから!かい、しゃく…を!」


 あの黄金の雷に揉まれたからか、先程よりかは人に戻っている。

 体も、震えているが闇に呑まれず、抵抗出来ている。


「馬鹿なことを言うな。貴重な戦力をみすみす死なすような真似はしない。

 それに、もう、これ以上失いたくないんだ。

 来い、ローレンス。お前の闇、ここで晴らす」

「ぐ…ぅう!おぉあああ゛あ゛あ゛!!!!」


 獣の如き、慟哭が響き襲いかかる。

 それを、天廻剣てんかいけんに黄金の雷を纏わせ、迎え撃つ。


 穿つは、三つの黒き円環。

 尾骨、骨盤、腹腔。

 錯綜は一瞬。

 ローレンスの腹部に吸い込まれるように、全力の光が穿たれる。

 ローレンスの腹を貫いた雷は、勢いが止まらず、そのまま天に昇り、テラフ全域を黄金の雨が降り注ぐ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る