無双なる者
ガラッと石壁に埋め込まれた体をどうにか外して、荒い呼吸を繰り返すエルナ。
メーテウスも同様に抜け出せてはいるが、足に力が入っていない。
エルナより重症だ。
「…ルキウス。どうして」
未だ、剣を地に突き刺した格好でこちらを見るルキウスに、悲痛の声を上げる。
相手の魔力量でおおよその技量はわかる。
だからこその自身が誇る最高の守り…だったはずだ。
ルキウス相手に突破されたことは一度もない。
彼我の力差から僅かに、拮抗して破られるとは思っていた。
だが結果は予想の遥か上をゆく始末。
バターを熱した包丁で斬るかように容易く破られる。
しかも今の攻撃、魔力がこもっていない。ただの突き刺しだ。それでこの破壊力。
魔力を…それこそ魔法を交えた戦闘になったら、防御は死も同義。
一回も攻撃を受けられない。避けるしか選択肢がなくなってゆく。
それに、相手のスピードに今でさえついて行けてないので、一方的にやられる可能性が高い。
細剣を杖がわりに立ち、よろよろと近づいてメーテウスの元へ。
動いていない今のうちに、治癒と支援魔法をかけなければ。
「メーテウス」
「…なんでしょうか?」
「彼の攻撃を一回も受けずに、避けれる自信はある?」
「…見えれば、ですかね。幸い、ルキウス様とはよく実戦並みの模擬戦を、毎日のように行なっていたので、行けるかと、思いたいですね」
力無く笑うメーテウスに同情の意を込めて目を瞑る。
確かに、ルキウスが興奮して語っていた。骨のある奴がいるって。
メーテウスの事だったのかと今更ながらに思い出す。
次いで、支援魔法を。感知能力に特化させて術式を編み込む。ここまでかけて来た支援魔法との相乗効果を得られるように、綿密に練り上げる。
「わかったわ。なら、私が基本相手取るから、ルキウスの攻撃と、…あの胡散臭い奴も可能な限り妨害してくれると助かるわ」
「わかりました」
途端ルキウスが、地から大剣を抜き盾を前面に構えて、こちらに突っ込む。
鋭敏化された知覚が、アデムまでとはいかないまでも、大まかな魔力の起こりはわかる。
数十メートルを一瞬で詰めたルキウスの大ぶりの振り下ろしが、エルナを襲う。
「……くっ!」
躱した体の側面を闇風が通り、エルナに体に細かい切り傷をつける。
痛みに止まりそうになるのを堪えて、光を纏った風の細剣を、ルキウスの伸びきった肩口目掛けて放たれる。
だが、突き刺さることはなく、阻まれるように弾かれる。
「うそ…!」
驚愕に顔を染めている間にも、斬り上げがエルナを目にも止まらぬ速度で抜き放つ。
その前に、メーテウスが持ち手と斬り上げの軸足を狙った貫通矢が、殺到する。
これも弾かれるが、衝撃は伝わり、剣速が鈍ってエルナに回避の猶予を与える。
ルキウスの間合いから出たエルナは、風と炎と光を混ぜ込み、術式を組み上げる。
「
うねる炎が、あらゆるものを——空気さえも焦がす勢いでエルナの手から放たれる。
さながらプロミネンスのごとき奔流が、ルキウスの全身を包もうと迫る。
「◾️◾️◾️◾️ォォオ゛オ゛!!!」
咆哮。左の盾が黒と土色が混ざった澱んだ色に覆われそのまま突貫。
盛大な炎上壁が一瞬形成されたかと思うと、プロミネンスが二つに裂かれる。
ルキウスの歩みを止まらせることはなく、エルナとの距離を着実に狭めてくる。
「
光の中に、その澱みを落とし地に縫い付ける牢固な風界に果てよ」
プロミネンスを打ち払った矢先に、ルキウスの全身を包む光の結界が包み、続け様に切り裂く風の刃が舞う。
擦れるような音を断続的に放ちながら、攻撃を加える。
「わたしの事も忘れないで下さいよ?」
闇の幕が結界を覆うように被さった後、ガラスが割れるように、その結界は呆気なく解かれる。
ルキウスの後ろで、闇色の波動を放つローブの男がやったのだ。
「魔法が、消された…!?」
「ふむ…レジストもしませんか。そもそも知らないのか?」
魔法を打ち消す、というのはエルナたちの世界では考え及ばない。
というより、風火土水の属性が台頭し、その相剋作用で事足りていたことから、魔法そのものを打ち消すという考え自体が浮かばないのだ。
「これは、さくっと終わりそうですね」
追加の魔法を繰り出そうと、エルナの立ってる地に紫色の魔法陣が浮かぶ。
未知の魔法を警戒して、未だ動かないルキウスを放って、ローブの男に最速の魔法を放とうとする。
「それは、早計では?」
怜悧な声音と共に、五体を貫く業風の矢が、ローブの男に襲いかかる。
着弾と共に、矢に込められた嵐が吹き荒れ、講堂の奥までローブの男が吹き飛ばされる。
同時にエルナを照らす魔法陣は消える。
エルナから少し離れたところで、少し荒い息を吐いているメーテウスが矢を放った格好で、呼吸を整える。
「メーテウス!助かったわ!」
「いえ…申し訳ない!もう少し術式の構築が早かったら、ルキウス様を消耗させて少しは好転してたはずです」
「そんなことないわ。相手はどんな魔術を使ってくるかわからないし、何より格上だもの。引き続き頼むわ!」
「了解!」
「◾️◾️◾️◾️———!!!」
怒りが迸る雄叫びを上げ、さらに色濃い闇を纏うルキウス。
剣には風を、盾には土の属性を孕んだ魔力を帯びて、蠢動する。
瞬きの間に、その姿が掻き消える。
「…っ!!」
心胆が急激に冷える感覚と共に、背後に現れたルキウスは、エルナの心臓目掛けて繰り出していた。
そこをわかっていたかのように、矢が突きの軌道を逸らそうとぶつかるが止めるには至らず。
右肩を抉るように、襲う。
「…こ、の!」
反撃に、左手の炎の球を叩きつけるがびくともせずに、シールドバッシュで全身を叩きつけるような衝撃が貫く。
数回地を弾んで、地に倒れ伏す。頭を揺らされ、視界が白と黒で明滅し、立ち上がれない。
「エルナ様!!」
メーテウスの絶叫がエルナの朦朧とした意識でとらえる。それに、途端に影がさすのを感じる。
ルキウスがエルナに追撃をかけようと、エルナの眼前にもう迫り振りかぶっていた。
が間一髪で、剣先を三連発の矢が刺さって弾かれ、体勢をわずかに崩したところを、いつの間にか接近したメーテウスの風を圧縮した短剣が腹の鎧の隙間を縫って、叩き込む。
ようやく、後ろへ眼に見える形でルキウスは二、三メートル吹き飛ぶが、地に転がすには行かず凶刃がメーテウスを襲う。
考えるよりも早く、すでに回避行動に入り躱す。
ルキウスの剣線は昔と変わりない。
ありし日に何度も何度も見ていたので、何をするか手に取るようにわかる。
水が流れるように、一歩も立ち止まることなく、ルキウスの攻撃を完璧に躱してゆく
チラリとエルナを見たメーテウスが、治療してるのを捉える。
これで、少しでもエルナの回復する時間を稼ぐ。そう思っていた。
「お返しですよ。煩わしい方」
耳にへばりつくような声と共に、足が急激に動かなくなる。
足を縫い止めるように闇の泥が、メーテウスの足を絡め取っていたのだ。
「ま…——!」
まずい、と思った時には、すでに肩から胸にかけてざっくりと斬られていた。
続け様に首を狙う大剣を倒れ伏すように、避けるが大出血で次の攻撃を避ける体力が捻り出せない。
だが、ここでへばるわけにはいかない。両手を石畳に食い込むくらい力を込めて、立ちあがろうとする。
「もう。動かないでくださいね」
闇の杭が両手に突き刺さり、メーテウスを地に縫い付け動きを完全に封じる。
そこを、ザシュっという音と共に。背中から鳩尾にかけて大剣が貫かれる。
「…———」
声にならない呼気が、漏れるだけで急速に力が抜けてゆく。
完全に致命傷だ。
「メー…テウス…」
メーテウスが貫かれる様を、自身に治癒をかけながら、よろよろと立ち上がろうとしているエルナが震える声で絞り出す。
絶望で心が壊れてそうになるが寸前で耐えて、力なく立ち上がる。
「さて、あと一人…ですね」
こちらをゆったりとした足並みでやってくるローブの男。淡々とした声が、エルナの耳をただ抜けてゆく。
勝てない。いや、戦いにすらならない。
メーテウスから大剣を抜き、獰猛な唸り声を発しながら、こちらを見定めるルキウス。
未だ、無傷な二人に勝ち筋は見えるはずがなく、明確な死の予感が去来する。
「◾️◾️◾️◾️——!!」
エルナが立ちすくんでいるのもお構いなしに、飛び上がり強襲してくる。
「——触るな」
命を摘む刃はやってこず。
地の底から湧き出るような声と共に、極太の白雷がルキウスとローブの男を包む。
耳をつんざく轟音と共に、祭壇上部に大きな風穴を開ける。
エルナの目の前にバシリと弾ける音と共に、何者かが舞い降りる。
それは、待ち焦がれた希望そのもの。
何度も何度もエルナを、救う太陽がここに顕現する。
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