陰る祭壇

 数百の敵にアデムたちが接敵する少し前。

 エルナとメーテウスは、大教会の裏門から忍び込み最奥の祈りの間を目指していた。

 音消しの魔法をさらに光魔法で強化させて、無音に近い精度を叩き出しながら、侵入。

 物陰に隠れ、時に壁を背にして、進路先に騎士がいないか確認しながら、進む。


 裏門付近は、正門に比べ人員は少ないかと思っていたが、アデムたちの惹きつけが功を奏しているのか、一人も遭遇していない。


「…魔力の反応はないですね」

「みたいね。こうも、上手くいくと不気味ね」


 一応、警戒しながら進んでみるも、もぬけの殻と言っていいほどに閑散としている。

 別館から侵入したエルナたちは、本館へと続く道を通り、中央に聳え立つ一際装飾がきめ細やかな建物に差し掛かる。

 そこはかつて、アデムの生存を認識した場所であり、目的の場所でもある。

 閉じている両開きの大扉で中の状態を確認するメーテウス。


「中に二人、ですね。それ以外は特に魔力反応無しです」

「ありがとう。ここからでも感じるほどの濃密な圧ね…

 …アデムが、全力で警戒しろって言ってたから、結界を貼っとくわね」

「お願いします」


 光の壁が包むように、展開された後に溶け込むように消える。

 ここからでもわかる、自身達の魔力総量をゆうに超える魔力量だ。

 この先には、全盛期のアデムに匹敵する…と思われる神の如き力を持つ者との戦いが待ち受けてる、ということだろう。

 これまで経験して来たどんな戦いよりも苛烈になるに違いない。

 若干、扉に手をかけている手が震える。それは、メーテウスも同様のようだ。


「…よし、いくわよ」

「はい」


 力を込めようとした瞬間、ちょうど真後ろで鼓膜を破るような、轟音が断続的に落ちる。

 惹きつけ役のアデムが放った白雷だろう。

 押していた手を止めて、反射的に後ろを振り返る二人。

 魔力のうねりがごった返してて、詳細はわからないが、かなりの数の敵が集まっているようだ。


『アデム、平気?』


 思わず、念話を起動して安否を確かめる。

 返答はない。先ほどから断続的に響く爆音がそれどころでないと、物語っているかのようだ。


「エルナ様。敵が二人しかいない今のうちに制圧してしまいましょう。この機を逃すわけには、参りません」

「そうね。三人の働きを無駄にするわけにはいかないものね」


 後ろは振り返らず、大扉を両手で共に押す。

 鈍い音を立てながら、石畳を擦る。

 擦過音が反響し、嫌がおうにもエルナたちの存在を知らせる。

 仄暗い太陽光がステンドグラスを照らし、なんとか講堂全体の様子は朧げながらにわかる。


 皇帝の像がある最奥の前に、黒いローブを纏った何者かが紫色の魔力をあやしく輝かせ、手をかざし操作している者が一人。

 その前に跪き、微動だにしない者が一人。

 そばには盾と大剣が体と平行になるように、綺麗に左右に置かれている。


「明らかに、アデムの力の断片を奪おうとしているわよね、あれ」

「間違い無いかと、そこらへんのウルドとは一線を画す魔力を発しているのは、わかります」


 メーテウスがようやく表情をこわばらせ、腰に隠している短刀に手をかける。

 しかしエルナは、メーテウス以上に心が震える。

 今までみたウルドとは、比べ物にならないくらいの魔力を感じる。

 端的に、先のジエン村で戦ったゴートの倍以上は強いだろう。

 跪いてる方に至っては、今のアデム二人か三人分分…いや、全盛期のアデムより超えてるくらいはある…のだろうか。

 皇帝の像から手を離し、顔が窺えない空洞をこちらに向けて、悠然と此方に手を広げながらやってくる。


「ようこそ。…正門にいないと思ったら、こちら側に来ましたか。二手に分かれては、面倒が増えるのでとても困るのですが?無駄な足掻きはやめて頂きましょうか」


 肩を落として、傲慢な様子を隠さない相手に苛立ちを覚える。

 突貫したい衝動を抑えて、なんとか会話に応じる。


「それは好都合というものね。それにこれ以上この神聖な場所に、入り浸るのもやめて早々にお帰り願おうかしら」

「主従揃って同じようなことを…。これだから、神の眷属なんて要素は作らなくて良かったのですよ、まったく…」


 片手を上げて、闇の波動を渦巻かせる。

 だが、それを阻止するようにメーテウスの矢がその手を弾く。

 今のメーテウスは、エルナとアデムの強化により魔力感知が鋭敏化されてるので、少しの魔力の揺らぎも見逃さない。


 その後も、ローブの男が幾度も、魔法を構築しようとするも悉く、防がれる。


「やらせないさ」

「小賢しいですね…、出番ですよ、騎士殿?」

「…◾️◾️◾️ァァ」


 嫌悪感が混じった声音を、祭壇で跪いている同じローブに身を包んだ者に声をかける。

 ノイズ混じりの人が発するような音でない声を吐き、ぬらりと盾と大剣を手に立ち上がる。

 ローブの隙間から、闇の霧を体の節々から溢れさせ、不気味に体を震わせてこちらに振り返る。

 

「——ヴォオオアア◾️◾️◾️◾️!!!」


 エルナとメーテウスを認識した瞬間、ローブの奥から青白く輝く眼光を溢れさせて、内なる魔力が衝撃波となってローブを弾き飛ばす。

 

 ハラハラと布切れが、終焉を祝福する花びらのように、その全容を表した騎士の周囲を舞う。


 右肩には、なだらかなU字を描いた鍔に、角張った瓢箪を逆さにした一際幅の広い剣身をはじめに、一メート半もの長さを針の如き流線を描いた大剣を担ぐ。

 盾を構えるでもなく、力なくだらんと下ろしている。

 体には、動き重視の装飾もシンプルな鋭利なフォルムの軽鎧を纏い、腰布がはためく。

 顔にはすっぽりと覆う、鷹のような犬のようなシルエットを感じさせる兜を装着して、天辺から黒く濡れそぼった房が、馬の尾の如く腰まで伸びている。


「馬鹿な、その盾と、大剣。その、鎧と兜は…!」

「……なんの、冗談よ、それ」


 驚くべき事は数あったが、これほど現実を受け入れられない光景は他にはないだろう。

 茫然自失としている二人の反応に、なるほどと手を打つ、ローブの男。

 

「そこの女性はともかく、そこの男も彼と知り合いなのですね。

 いやあ、良かったですね。感動の再会です。

 行方不明とされていたお仲間に、得てせず会えた。良かったじゃないですか」


 わざとらしくパチパチと再会を讃えるように、手を叩く。

 なんで行方不明なのを知ってるとか、かの騎士がここにいるのか、疑問は尽きない。

 なによりも、だ。


「お前…お前ぇ!!ルキウス様に…我が主に何をした!!」


 エルナが口を開くより前に、今まで聞いたことのないような、怒髪天をローブの男に向けるメーテウス。

 言いたいことを先に言われてしまったが、メーテウスの怒号に軽く目を見張るエルナ。


「まるで、私が何かしたかのようではありませんか。嘆かわしい。

 そうではない。彼は喜んで協力してくれてるだけなのですよ。この世界を有るべきところへと誘う。

 その手助けをね」


 ケラケラと嘲笑うかのように、こちらを揶揄する。

 ルキウスが?

 あの、誰よりも先頭に立って、敵を蹴散らし、仲間を何よりも大切に守る、無双の聖騎士が?

 信じられるわけがない。


「馬鹿言わないで!ルキウスが、あんたみたいな性根が腐った奴の言うことなんて聞く筈ないでしょ!!」

「いえいえ?事実はこの通り。目を逸らすのはいけないですなぁ」

「この…外道が…!!絶対許さないぞ…!!」


 のらりくらりと決して真実を吐かない男に、言葉で殺すくらいの勢いを立たせる語気を吐くメーテウス。

 エルナも同じくらいの怒りを魔力に乗せて、ミシミシと地が悲鳴を上げる。


「なら、吐きたくなるまで、その存在を無くなる寸前まで叩いてあげるわ。覚悟なさい」

「ははは!おお、怖い怖い。やってみると良い、貴殿らのみで果たしてやれるか」

「馬鹿にするのも大概にしろ、外道。耳障りだ」

「それは失礼。ああ、そうだ。そろそろ防御はした方が良いですよ?」


 嘲笑っていた声音を徐々に消して、淡々と告げる。

 直後、上空から一つの影が忽然と差し込む。


「メーテウス!!防御!!」

「!?」


 反応できたのは奇跡だったが…

 二人して大扉付近の壁に声を上げる間も無く、激突していた。


 鈍器でも叩いたかのような甲高い炸裂音を響かせて石畳は砕け、大小様々な石が舞い上がる。

 一撃。ジャンプして、目標目掛けて剣先を突き刺す一撃だった。


 だがその一撃、あらかじめ張ったエルナの結界と連環魔法の身体強化も、それに重ねるように展開した、エルナが自身の中でも最硬を誇る炎嵐結界も、メーテウスの圧縮した暴風をも、なんの拮抗もなく貫いた。


「こはっ…!!」

「ぐ、ぁあ!」


 痛みが今更のように込み上げ、血反吐を地に撒き散らす。


「あぁ、軽くどついてこの様ですか…。なんとも、貧弱ですね。これではすぐにでも終わってしまいそうだ」


 嘆息した声が妙に遠い。気にする余裕もない。

 あまりにも次元が違いすぎる。

 あれは、ほんとにルキウスなのかとエルナは朦朧としかける意識で思いながら、緩慢な動きで突き刺さった大剣を抜き、立ち上がる騎士を見る。


「——◾️◾️◾️◾️」


 唸り声を口内で小さく転がしながら、がしゃりがしゃりと、深淵を揺蕩う歩みが近づく。

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