皇帝たる所以

 村長宅の食卓にて。

 夕食を終えた団欒…とは言い難い最中。

 戦場の如き雰囲気が場を支配してるのに困惑するメーテウス。


 落ち着かせるようにお茶を一飲みする。

 だが気になりすぎて……落ちつかない。


 会話はあれど、どこかぎこちない体相を要している。


 メーテウスは、気づかれないようにお茶のカップを優雅に傾けながら改めて三人の様子をチラ見する。


 至るところに包帯を巻いて今も痛そうにしてるダイン。

 にこにこと滲み出ててる魔力を隠そうともしないソフィア。

 チラチラとメーテウスに何かを訴えるような子犬みたいな目で見るアデム。


 …ふむ、自分が調査から帰る間に何があったんだ。

 どう出ようか迷ってるところ、ソフィアが口を開く。


「メーテウスさん、ごめんなさいねー。ぴりぴりしちゃってて。

 ダインがちょーーーっとアデム君との稽古で一瞬本気出しちゃったみたいで、お仕お…じゃなくて、アデム君が危険だったと思ってカッとなってつい魔法が出ちゃいました…」

「………そうですか。ダインがやらかしただけなら心配して損しました。アデム、ケガは無いか?」

「……無いです。………あの?」

「アデム?いけないぞ?」


 やんわりとした笑みで、それ以上事を荒げないように制するメーテウス。

 ダインは、反論する気力がないのか、だんまりである。


「しかし、ダインが一瞬でも本気を出したということは、アデム相当善戦したんだな。大したもんだ」

「いえ…魔法のお陰というかなんというか。光の魔法で助かりました」

「ふむ…そうかそうか。…………ん?今なんと?」


 優雅に傾けていたカップをピタッと止まる。

 アデムの言葉の中に、聞き捨てならない言葉があった気がする。

 そんな驚愕に包まれたメーテウスに、きょとんとした顔で、アデムはもう一度言う


「え?…えと、光る魔法?雷?みたいなものですかね…を使ってダインさんの水を纏った木剣を真っ二つにしたんです」

「それは、…本当か?ダイン?」


 アデムの言葉が、とても信じられずダインにも聞くメーテウス。

 少し辛そうな声をあげながら、ダインが同意を示す。


「…ああ、本当だぜ。…いてて。

 正確には、雷のような光を纏って、急激に上がった剣速でやられちまったよ。

 ありゃ、たまげたなぁー。あの救世主みたいな、雷の光、だったもんなー」

「……雷のような光?いや、しかし…」


 ダインは、アデムの雷光を思い出して悦に浸っている。

 アデムは、メーテウスの戸惑い様に異常を感じ始めて心配になる。


「メーテウスさん…?なにか、気になることでもありましたか?そんな驚くようなことでしたか?」

「大有りだよ…アデム。私は今とても混乱している」


 左手で頭を抱えるように、覆う。

 メーテウスのお茶を持つ逆の手が、震えている。

 3人は、メーテウスがどうして震えてるか分からず、首を傾げる。

 流石に心配になってきたのか、ダインがメーテウスを気にかける。


「あー…メーテウス?別にそんな深刻になるようなことじゃないだろう…?火の延長みたいな扱いだろう?雷って」

「ダイン。そうだとしたら、ソフィア嬢が雷を扱えてないとおかしいんだ。ソフィア嬢は、4属性の中で1番所有者が少ない属性殻の持ち主だからな。

 それに雷は雷であって、火は火なんだ。繋がりはない。さらに、雷はどの属性殻でもないし、どの属性殻でもあるという分別不明なモノの一つでもある。この分別不明な事象は雷に限らず複数存在する——そう、光とかもね。そして…」


 ダインの言葉を遮るようにして捲し立てた後、お茶を一口飲みアデムを見ながら、さらに続ける。


「光を雷として扱うのは、私が知る中では皇帝陛下お一人だ」


 時間が止まったかのような静寂が訪れる。

 まるで、アデムが皇帝本人かのような言葉の運びように感じられる。

 ダインとソフィアもその事実に至りつつあるのか口を固く閉じている。

 だがやはり早計なのでは…?


「…メーテウスさん。それは自分が皇帝陛下ご本人だと言いたいのですか?」


 感情があまり乗らない声音で尋ねるアデム。

 メーテウスは訝しむような顔をした後、アデムに意を示す。


「飛躍してるが、…そうだね。確信に変わったのはついさっきだけれど、君が光魔法を使えるというところだ。

 この魔法が使えるということはこの世で六人しか使い手がいないということだ。

 しかもその六人は、帝国の幹部全員と皇帝陛下だ」

「…光魔法はそんなに習得するのが難しいのですか?」

「いや、難易度でどうこうで習得できる話ではない。

 光という属性殻が存在しない故だ。

 仮に再現できたとしても、それは四属性の延長にあるものに過ぎない、だから誰も光属性のなんたるかを知覚出来なし、わからない。

 私の仕えていた幹部曰く、ある日を境に急に使えるようになったというらしい。他の幹部の人も同様らしい」


 メーテウスの説明に固く手を組み、聞き入る。

 だが、それでも疑問は解けない。

 メーテウスは、アデムをしっかりと見据えて続ける。


「さらに、光魔法は各々に合った性質が発現させ、四属性に纏わせることで効力が上がるらしい。

 皇帝の側近、エルナ・イングリット様は、何者にも侵されぬ強力な結界の力を。風と火の属性持ち。

 槍の貴公子、グウィドア・ランツェ様は、槍の技能を補強する身体強化や技の強化の力を。風の属性持ち。

 氷の淑女、イルシーラ・クリステラ様は、人を強化し、また敵を弱体する補助の力を。水属性のみだが氷を創造できる稀有な使い手。

 幹部たちと皇帝陛下の師、ゲラルド・ルードヴィヒ様は攻守と支援、自らの技量の次元をあげ仲間の支えとなる力を。全属性持ち。

 私が仕えていた主、単身で軍隊を薙ぎ払う無双の聖騎士。ルキウス・シュヴァル様は、己が剣と盾、魔法を交えた技術を昇華させるための力を。風と土の属性持ち。

 そして…数多の偉業を成し遂げ、統一国家サントルミナス帝国を打ち立てた神の如き御方。アーダムス・ルーラー皇帝陛下。

 大切な人を守りたい。どこにいてもすぐに手が届くように。そんな思いが光を雷へと具象化し、さらには全属性によってあらゆる猛威を天変地異の如く払い、導いた。

 全部、ルキウス様から聞いた話だ。間違いはない。ちょっと失礼」


 弁舌に一気に語ったメーテウスは、お茶を一飲みし再度切り出す。


「さて、アデム。この中で、全属性で光魔法持ちに当てはまるのは二人しかいないことになるな。

 一人は、ゲラルド様。もう一人は、アーダムス皇帝陛下。

 しかし、ゲラルド様はご高齢のお方だ。対して君は見たところ成人を越えたばかりだろう。流石に無理がある。

 となると、最後に残るのは皇帝陛下ただ一人となる。

 皇帝は、年齢は不詳でわからないが若いというのは聞いたことがある。

 さらに、この名前は皇帝陛下としての名前で、本名は別にあると話したな?名字は、モナーク。これも今の君と同じだ。

 ここまで特徴が一致してるのに、皇帝陛下ご本人でないと言うのは無理があるとは思わないかね?」

「………」


 反論はできない。

 出来ないが、わだかまるこの心の荒立ちが否定しようとして、やまないのだ。

 その最たるものが、記憶を有してないが故に。

 その荒立ちを吐露するように、顔を苦痛に歪める。


「…仮に俺が皇帝だったとして、なぜこんなところにいるんです?なぜか記憶を失くして。

 今の俺には何も残っていなくて。

 その幹部の名前も、顔も、どんなことをして過ごしたかも、全属性も行使できなければ、神の如き力とやらも行使できない。


 覚えてないんですよ?

 だというのに、お前は皇帝だと言うのは無理がありませんか?メーテウスさん」


 今度は、メーテウスが黙りこくる番だった。

 重々しい空気が、立ち込める。

 表情は、無表情に近いが内心穏やかでないのはダインもソフィアも察して余りある。


 だが、メーテウスはそんなアデムを小馬鹿にするような笑みを浮かべる。

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