忍び寄るもの

 次の獲物——ブラッディボアを目指してダインを先頭に歩くアデムとメーテウス。

 探知魔法の風が頬を撫でるのを感じながら、次の獲物に興味を示すアデム。

 暗く鬱蒼とした森が放つ緊迫感も慣れつつある。


「次の獲物はどんな奴なんですか?」

「大きい猪だな。普段は温厚…でもないが突進しかしてこないので間合いを間違わなければ脅威でもない。…血を垂れ流してたりしない限りは、だがな」

「そうしてると、どうなるんですか?」

「凶暴になって、突進のスピードと力が強烈になり、被弾する可能性がグッと上がるな」


 …なんだか、そんな生き物にあったような気がしないでもないなと思いつつ、少し首を傾げる。

 ダインが疑問に唸るような声を上げたかと思うと、急に立ち止まりこちらに視線を送る。


「二人とも。ボアらしき反応あるかもしれんから。もうじき戦闘になるかも、ちょっとスピード落としていくぞ?」

「了解だ。こちらも、感知できた。もう少しだな。——風よ、混ざりて狂え」


 メーテウスの全身から風が静かに舞い起こると、3人の全身にまとわりつく。


「メーテウスさん。これは?それについさっきも今も起句を唱えてないのに、なんで発動出来るのですか?」

「これは匂いを消す魔法だな。相手は鼻が効くからな。それを悟らせないためだ。

 起句を省略できるのは、練度の問題だな。

 魔力体が密接にならなくとも、行使すればするほど、同じ効果が得られるようになるんだが…

 これは、何千と詠唱を繰り返して、体に覚えさせて脳を通じ、自分の魔力体に刻み込むくらいにやらなければならない。途方もない研鑽だ」

「なるほど…、勉強になります」


 メーテウスの説明を反芻しながら、ついてゆく。

 


「おーい…講義に夢中になってないでやるぞーメーテウス先生ー?奴は、お前の方が攻撃通りやすいんだから頼むぞー」

「わかってるさ、一撃で終わらせよう」

「おお、いつもより気合い入ってんなーしくじんなよ?」


 ダインが揶揄うが、胸を張り鼻息をふんすと出して、威張って見せるメーテウス。

 そういえば、道中で属性にも相性があるって言ってたな…それで今回は、メーテウスさんの風が良く通る相手だそうな。

 知りたいことが増える一方である。


「周りには他に邪魔になりそうなものはない。そっちは何か感じるか?」

「なんもないな。いけるぜ」

「よし」


 メーテウスが了承すると、ダインは武器放って木の幹から姿をさらす。


「さあ!楽しい鬼ごっこと行こうぜ猪ちゃんよ!!」

「グゥ!?ゴアアアア!!」


 ダインの姿に驚きを示し、立派な牙に四足歩行で、体長は、4メートル余り。高さは、3メートル弱の猪が相対する。

 奇しくもそいつは、アデムが村に来る前に最初にあった怪物と一緒であった。

 だが、あの夜にあった凶暴な眼光はないように見える。

 ふと、ある可能性に思いつくように手を打つ。


「やっぱり、腕から血を流してたから、あんなに凶暴だったのか…というか、何気に一歩間違えれば死んでたんじゃ…?」


 ぶつぶつと呟くように自分が死んでた可能性にゾッとしながら、ダインの戦闘を見守る。

 ダインは、相手の突進を巧みに交わしながらたまに浅く斬りつけて、突進を誘発し…を繰り返して相手の疲労を蓄積するような立ち回りだ。

 軽やかに舞っているように魅入られるアデム。


「消耗狙いか?いつもは、足首狙って速攻こちらにふっかけるのにまったく。…さて、アデム。開けたところに移動しよう。そこで仕留める」

「?…あ、はい」


 メーテウスが、こちらを見て微笑んでる。

 なんだろうか?俺に何かあったのだろうか。


「さて、そろそろいいかなー?メーテウス!!そろそろ行くぞ!」

「わかった!」


 メーテウスが木々がない直線上の獣道に陣取ったのを見て、ダインが相手をこちらに来るように誘導しにかかる。

 メーテウスは、それを見て弓矢を取り出して矢をつがえる。


「アデム。私の近くにある茂みまで離れていなさい」

「はい…!」


 迫り来る脅威に若干の恐怖と緊張感を漂わせ、一番近い茂みに隠れメーテウスの方を見る。

 目を閉じて集中し、矢に風が集まるよう魔力を込めているように見える。

 ダインは、メーテウスの斜線に入るようにして陣取っており、そこをブラッディボアが突進していた。


「よっしゃ!行ってこい猪ちゃん!」

「ゴアアア!?」


 メーテウスの斜線にブラッティボアが入ったと同時に、横に飛んで突進をかわす。

 ブラッディボアは、突然いなくなった敵に驚きを示しつつも急には止まれず、そのままメーテウスに向かって突進してゆく。

 そこには、矢を構えて魔法陣を展開してる狩人がいた。


「あとは私の仕事だな。決して外しはしない…

 真言宣誓マントラ——風よ、渦巻き、眼前のものを刺し貫け!」


 轟風を纏った矢が、ブラッディボアの眉間を貫き、そのままお尻の方へと貫き地面に刺さる。

 着弾した途端、あたり一面に風が吹き荒れる。


「ゴアアアアァァァ……」


 突進が急激に衰えて、メーテウスの数メートル手前で滑りながら崩れ落ちる。


「うわぁ…すっご」


 一瞬の攻防に言葉を無くしてしまう。

 風が止んだと同時に、ダインがメーテウスに近寄ってくる。

 危険がないと悟るとアデムも、茂みから出る。


「おつかれさん。気合いの入った一射だったなー」

「生徒が見てるからな。いつもより威力のあるものにしたんだ…そういうダインも、無駄に手の込んだことしてたではないか」

「…あれは、あれだよ。そういうことだ」

「どういうことだ…」

「2人とも、おつかれさまです」


 アデムが、村に出た時から持たされていたバックパックに入ってた水筒を、2人に手渡す。


「お、サンキューアデム」

「いただこう」


 2人が水分補給をし終えると、ダインは血抜きに入る。

 ダインの処理が終わるまで

 アデムは、属性のことについて詳しく聞いていた。


「——なるほどボアは土の属性を纏ってるから攻撃が通りやすいんですね」

「ああ。逆に不利な相性もある。そういう時は、攻撃が通りづらく返り討ちに遭いやすい。邂逅時にどれだけ早く相手の属性を見抜き、それに合った戦い方と魔法をどう生かすかが肝だな。

 アデムの場合は、単純に全属性使えるから有利なものを使っていけば良い」

「…まだ、使えるかわかりませんけどね…」

「使えるさ。着実に研鑽を重ねればな?」

「はい」


 ちらっと、ブラッディボアの方を見ると、血抜きをちょうど終えようとしているダインが見えた。

 メーテウスたちは、タイミングが良いと思い近づく。


「おっし!終わり!話も一区切りついたか?あとは、帰るだけだな!」

「ああ、そのことだがなダイン。急で悪いが、私は少し別行動でもいいか?」

「それは別に構わないが、どうした?」

「ちょっとな。最近、森の雰囲気というか動物の動きが妙な感じがするんだ。

 改めてきてそれは思ったよ。北方の魔力の乱れが異常すぎる。そこに手がかりがあるかと思ってな。調べたい」

「良いけど…無理すんなよ。今はまだ夕方になる少し前だから…日が落ちる頃には家にこいよ。ソフィアがご馳走したいって言ってたからな」

「そうか…ではそうしよう、アデムもまた後でな」

「はい、色々と教えて頂きありがとうございました!」

「気にするな。では、後で」

「おう!気をつけろよー!」


 メーテウスは、軽い足取りで森の奥へと引っ込んでしまう。

 ダインは、ブラッディボアを担ぎながら、村の方へ歩き始める。ダインの後についてゆくようにアデムも歩を進める。

 新しい知識に、頭がパンク寸前であるが自衛のためにも必死で覚えないといけない。

 密かな決意と共に村へ帰還する。




 ジエン村北方にある木がより鬱蒼と茂り、陽光すら一日中遮る迷いの森。

 メーテウスは、そこで生態調査をしていた。


「これは……どうも嫌な予感は当たってしまうのだな」


 しかめ面の先には、動物の死体や木々が薙ぎ倒されている惨状であった。

 どれにも、黒色の侵食されたような跡や食い破られたような穴が散見される。

 アデムの属性を調べるときに使った手袋を嵌めて、魔力を送り込んで魔力体の状態を調べる。


「…なんだ、これは。どの属性にも該当しない…?光属性とも違う、未知の属性か?」


 

 より精密な情報を得るため、奥へと足を進める。

 だんだんと黒色の痕跡が増えてくる。

 さらには、黒い膿みたいなものがうねうねとした動きでそこらかしこに張り付いている。

 …こちらを襲ってくる気配はないと言いたいが、取り憑いているものに、黒色の跡が広がっていくのが見える。

 やつが元凶か…?

 隠れながら手袋を替えして、海に向かって魔力体の状態を確かめる。


「これは…属性殻お構いなしだな。

 4属性分け隔てなくか…そもそも魔法が通じるような相手か?

 とりあえず、攻撃が効くのか効かないかも確かめないとな」


 

 風を纏い、黒い膿目掛けて矢を放つ。

 着弾し、刺さるかと思いきや、金属に当たったような音を立てて、弾かれる。

 まったくの無傷だった。

 そこからのメーテウスの行動は、撤退しかないと悟る。


「…これは、ダインに相談だな。果たして太刀打ちできるのか…?」


 メーテウスは、いつ来るかわからない脅威に少し震えながら、駆けて行く。



 やがて、村の門が見えるのと同時に僅かに安堵する。

 メーテウスの心情とは裏腹に村長宅に向かいながら、何やら村民が村長宅の方を見上げてざわついているのを不思議に思う。

 様々な感情が交錯する中、目的地に向かって足早に進む。

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