言霊魔法

 狩りへ赴くため村の外を出たダイン、メーテウス、アデム一行。あたり一面が、陽光遮る森の中へと足を踏み入れていた。

 不思議と静かなのが、逆に落ち着かないというか緊張してるからかもしれないが…

 メーテウスが、周囲に目を配らせ、警戒をしながらダインに問いかける。


「さて、ダイン。どの獲物を狙うんだ。今回は安全第一だから、あまり大物は狙えないし万が一のために魔力も節約したい」

「そーだなー、無難にミストラビットとブラッディボアにすっか。狩やすいしな」

「よし。では手っ取り早くいこうではないか」


 メーテウスは、地面に手をつき魔法陣を展開して紡ぐ。


真言宣誓マントラ——我が意に添い、霞む穴を、獰猛な牙を暴き出せ」


 魔法陣から全方位に風が吹きぬける。強い風に一瞬目を閉じたが、すぐに収まる。


「メーテウスさん、今のはなんでしょうか?」

「ん?…ああ、そうか魔法も初めて見るんだったな」

「すみません…」

「なに、構わんさ。今やったのは、言霊魔法げんれいまほうというものだ。

 簡単に言うと、言葉を持って体内の魔力や、またそれを用いて、体外の魔力に働きかけて行使するものだ」

「言葉を力に…ですか。…それに魔力とは?」

「端的に言えばな。

 その魔法を行使する上で必要になる目に目えない媒体が魔力だ。

 だが、ただ単に言葉を発すれば行使できるものでもない。

 扱えるには、魔力制御の質の高さ、自分の属性殻ぞくせいかくが、作用する相手の属性殻ぞくせいかくに対して不適当でないか。あとはこれが1番重要だが、魔力体だな」

「なんだそりゃ。そんなもん聞いたことないぞ」


 ダインが横からあっけからんと言い放ったことに、ため息を吐く。


「何回もいってるんだがな…まあいい。続けるぞ。

 まずは、魔力体の説明だ。

 この世界は人が見れる範囲で物、事、植物、動物などこの世に存在するありとあらゆる事柄に備わっている、もうひとつの見えない魔力でできた体みたいなものだ。

 魔力体とさまざまな物や事、植物、動物は共有関係にある。例えば一方が傷付けば、必ず同じ影響がもう片方に何かしらの異常として現れる。

 しかし人は、この魔力体を認識しずらい。

 そして魔力は、自身のうちにある魔力体からでしか用いることができない。

 つまり魔力体を認識してないと単純に魔法が行使出来ない、ということだ」

「何かを魔法として起こすにも、まず自分の魔力体から魔力を起こさないといけない…感じですか?」

「そうだ。あらゆる魔法は、ある魔力体から始まって別の魔力体に終わると覚えててくれ」

「はい。属性殻と魔力制御はどう関係するんですか?」

「属性殻、これは魔力体を覆う4種類ある属性のうちのどれかを纏った殻のようなものだ。今確認できてるものは土、水、風、火の4つの属性だな。

 この属性殻は、魔力体同様あらゆる物や動植物にこの4属性のどれか一つが当てはまるか決まっている。

 だが人に関しては、人の数だけ、それぞれ纏っている属性殼が異なる。『人』だからこの属性…というふうにはならないらしい。

 さらに属性殻は、魔力体から出る魔力を覆う特性がある。

 故に、作用させる相手の魔力体に触れるには、その前に自分の属性殻と相手の属性殻が触れないといけない。

 まだ、属性殻については先に言った4属性以外にもあるが、割愛する。

 最後に魔力制御だな。これは魔力体から出る魔力を相手の魔力体に対して浸透したり、混ぜ合わせたり削り取ったりとあらゆる魔法を起こすためにどう自身の魔力をどういった形状や効果に変化させるかという技術だな。

 これの扱いに長けてるものは、術が多彩なことが多いな」

「自分の属性殻を、相手の属性殻に干渉し突破。自分の魔力を相手の魔力体に繋げ、言葉によって起こしたいことを魔力制御によって魔力の形を変えて引き起こす…という感じですか?」

「ああ、その通りだ。どっかの誰かとは大違いだな」

「誰なんだろうなーそいつ」

「おまえだよ」


 ダインとメーテウスのやりとりに苦笑しつつ、頭の中を整理する。

 メーテウスの説明に少々頭がどこかへいきそうになる。

 魔法を行使するためには、色んな事を知っておかないといけないんだなーと少し虚空を垣間見る。

 メーテウスがなにかに気づいたように、表情を固める。


「さて、講義は一旦中止だ。目標を見つけたぞ」

「おー、相変わらずその魔法便利だなぁ」

「まさか、魔力にあらゆる指向性を持たせないと使いものにならんから、便利とは程遠いな」

「ふーん、まあ難しいことはわからん。どこにいるのかさえわかれば、攻撃しやすい!」

「やれやれ…。ここから、直進した大きな木の側にある穴にミストラビットがいる。餌でおびき寄せて、一気に叩くとしようか」

「おう!餌は俺が持ってるから、先に行っとくぜ!」

「ああ、頼む」


 悪路をものともしない動きで、颯爽と駆けて行くダイン。

 まだ理解しきれてないところに難しい顔をするアデムは、魔法について気になるところを聞いてみる。


「メーテウスさんの属性は風属性なんですか?一気に風が吹き抜けていたのでそう思ったんですが…あと魔法と、あの言葉にはどういう作用となにか法則があるのですか?」

「好奇心旺盛だな。風属性なのは、正解だ。そして私が使った魔法についてだが、あれは私が探している対象を察知するための風とでも言おうか。

 最初の言葉は、術を世界に認識させるための起句だ。

 その後の言葉は、起こしたい事象——今回は、獲物の察知だな——を自分の魔力体に干渉しやすい形にしたものだ。

 『探す』というのも、これまた千差万別でな。同じ言葉でも、人によっては違う結果になりうる。

 だから、自分が作用しやすい言の葉を紡ぎ、最適解を編み出していく。

 と同時に、どういう魔力体に干渉するかを知ることが大切だな。今回だと、ミストラビットとブラッディボアだ。

 どういうイメージが、また意識が魔力体に伝わり、描いた意図のままに事象を起こせるか。これまた、試行錯誤の連続だ」

「…一息に詠唱って言っても、緻密な操作と研鑽が求められるのですね…」

「ああ、それほど奥深いものだ。さてダインのところに行くとしようか」

「はい」


 草根を嗅ぎ分けて、メーテウスに静かにするよう忠告されながらダインがいるところまで歩いてゆく。

 しばらくして、茂みに隠れているダインが見えてきた。

 後ろの気配に気づき、口元に人差し指を添え静かにするようにジェスチャーをかけ、手招きしてくる。


「お…。きたな。ちょうど今エサを置いて、隙を伺っている最中だ」

「ふむ、なかなか出てこないか?」

「そーだな。エサを置く時にちょっと警戒されたかもしれん。こりゃ出てこんかも」

「ならば私の出番だな」

「すまん、頼む」

「…何をするんですか?」

「警戒心を下げるのと、獲物の好きな匂いを餌から漂わせるのさ」


 メーテウスが、人差し指を穴の前にある餌に向けて魔法陣を展開して紡ぐ。


真言宣誓マントラ——霞の心に安寧を、至福の馳走を与えん」


 餌が一瞬風を帯びた後におさまる。

 餌自体には特に何も起きてないようだが…


「来るぞ」


 ダインが、息を潜めるように言った後、穴の方から足音が響いてくるのを聞く。

 薄い青色の体毛のうさぎだ。3頭くらい頭をひょっこり出して、そのまま餌に群がってくる。


「メーテウス、俺がいく。音消し頼んでもいいか?」

「良かろう。真言宣誓マントラ——流水よ、凪げ」


 ダインの体に溶け込むように風が纏わりつくとダインが出す物音が一切しなくなる。

 ダインは、それを確認するとミストラビットの背後に回るように軽やかに進んでゆく。


「今のは、どういう仕組みなんですか?」

「ダインが発する『音』の魔力体に私の魔力の膜を張ったんだ、主に体全体と、口にもね。

 それによって対象者の出す音が小さくなるって感じだ」

「そんなことが出来るんですね。風魔法ってすごいなぁ」

「求められる技量は高いがね。…それよりよく見とくといい。ダインの動きを」


 視線を今、夢中で餌を食べているミストラビットに戻す。

 ダインは、穴にほど近い木の後ろで機会を伺っていた。

 柄にいつでも抜き放てるように手を添え、息を止める。


「…っ!」


 無音の意気と共に一閃。3体の首を一気に刈り取り声を上げる間もなく絶命。


「おお…ダインさんすごいですね」

「剣に関しては、私が見た中では高位に位置するだろうな。

 音消しをやったとはいえ、音に敏感なミストラビットに反応すらさせんとは…また、腕をあげたな」


 茂みから立ち上がりながら、ダインの元へ行くメーテウス。

 遅れて立ち上がり、後を追うアデム。

 二人の技の巧みさに、言いしれぬ感動を覚えながら、まだ見ぬ未知に心を踊らせるのだった。

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