灯火

 ダインとソフィアの家を通り過ぎて、さらに上へと登った先に、荘厳な建物が出迎える。


「さて、なんとか日の入り前には着けたな。アデム疲れてないか?」

「はい、思ったよりきついですが、大丈夫です」

「そうか、まあ帰ったらうまいソフィアの飯が待ってるからな、もう少しの辛抱だ」

「…!それは意地でも頑張らなきゃいけないですね…!」

「お?なんだぁ?

 アデム。わかってるなー、良い心がけだぞー」


 からからと上機嫌に笑うダイン。

 教会に続く階段を登るにつれて、その大きさを間近で感じることができ、圧倒されていく。

 20メートルくらいの、鋭い屋根に丸い七色に輝く丸いステンドグラスがあしらわれている。

 夕日の光を受けて、神々しさが増している。


「近くで見ると、まるで神様が舞い降りてきそうな威容を誇ってますね。村の人が建てたのですか?」

「いや?

 この大陸の中央にあるサントルミナス帝国から派遣されてきた太陽信教っつう、帝国の皇帝を神として崇める宗教団体が、繁栄のためにってかんじで建てられたものだ」


 この土地を支配している集団ののだろうか?たしかに、ここだけ、村の様相と微妙にあってない気がする。


「ダインさん、ここって大陸の端なんですよね?」

「おう、そうだな。なんなら帝国から1番遠い村でもあるな」

「そうなんですね…。失礼ですが、こんな辺境によく大層なもの建てようとしましたね」

「あはは、そうかもな。まあ、これにはある思惑の元、建てられたって話を聞いたぜ」

「思惑ですか?」

「ああ、皇帝の矜持——人の喜びや悲しみを分かち合える場所がないのはやるせない。我が国の民に心の面で不自由させたくない——っていうのがあってその最たる事冠婚葬祭を行えるようなものを教会として、各村や町にひとつ建てようって所から来るらしいんだと」

「へぇ…素敵な事ですね。その話は皇帝様からお聞きに?」


 ダインは、目をキョトンとさせた後、大笑いする、


「それだったらどんなに良かったか…これは今は隠居中の先代の村長に聞いたんだ。でも、一目でいいから会ってみたいよなー」

「ですね…自分もそう思います」


 国民思いのいい皇帝様なんだろうな。

 …しかし、知らないことばかりだ。近いうちに聞いておかねば。

 アデムの僅かに固い表情に淡く笑みを浮かべるダイン。

 いつのまにか、大扉に手をかけながら先を促す。


「日も沈み始めてるしな、急ごう。…たぶん、この国のこととかアデムのことだから、気になってることだろが、また追々話すよ。

 さ、中に入ろうぜ」

「…はい、ありがとうございます」


 教会の中へ、中央に赤いカーペットが奥の祭壇へ続く道まで一直線に敷いてあり、それの両脇に木の長椅子が等間隔に、扉の前まで並んでいる。

 祭壇の奥には、5、6メートルくらいの地面に刺さった剣を柄頭に手を重ね合わせて立つ短髪の男の像が厳格的に鎮座する。

 その像が、天井付近の丸いステンドグラスから光を浴びて、今にでも何かが降臨してきそうな演出を見せている。

 それに大声をあげたら、うるさく響きそうだ。

 一際、存在感を放つ像に目が吸い込まれる。


「…あの像の人物は誰でしょうか?」

「さっきの話に出たこの国の皇帝を模しているんだ。

 太陽信教の主導の元建てているから、崇拝的な意味合いがあるだろう。

 他にも冠婚葬祭や裁判、この村において何か決め事を取り決める際の、儀式的な仲裁の意味も込められている。

 神の名の下に祝福を、裁きを、ご冥福をお与え下さいって感じにな」

「…なんだか全能の神みたいな崇めようですね」

「そうだな。それくらいかの皇帝の功績とか武勇伝はすごいんだよ。崇められもするさ」


 ダインが感慨深げに目を細めながら、祭壇に向かってカーペットを歩いてゆく。

 憧憬に思いを馳せているのだろう。ダインの後に続きながら、その横顔を眺めるアデム。


 厳粛な雰囲気に当てられ、無言で歩き続ける二人。

 歩く音が妙に耳に残る。

 やがて四、五メートルを誇る像の足先の前までくると、くるりと振り返るダイン。


「さ、ここでやることって言ったらお祈りだな。祈りの取り方は、わかるか?」

「わからないです」

「そっか、じゃあ見とけよ?」


 ダインは、左足の膝を地につけ右足を直角に曲げ、手を胸の前で指と指を重ね合わせ、目を閉じる。


「偉大なる御方おんかたよ。迷える私どもに、どうか燦然たる光をもってお導き下さい。彼方より繁栄を祈って」


 ダインが神に対して——いや、皇帝に対してか?——言祝ぐと同時に、光の粒が辺りをきらきらと漂うのを見る。

 しばし漂った後に、空中に溶けるように消えてゆく。

 しばらく祈りを捧げて、ゆっくりと立ち上がるダイン。


「こんな感じだ。アデムもやってみろ」

「はい」


 ダインと入れ替わるようにして祭壇の前に歩み寄る。

 見よう見まねで、さっき見た祈りのポーズをとり、目を閉じる。

 深呼吸をしてから、ゆっくりと、噛み締めるように言祝ぐ。


「偉大なる御方よ、迷える私どもにどうか燦然たる光をもってお導き下さい。彼方より繁栄を祈って——?」



 


 目を閉じて真摯に祈る最中、次第に周りの音が完全に無音に近いことのなっていることに耳が違和感を覚える。

 目をゆっくりと開け立ち上がると、一面真っ黒の湖面の上に立ち、遠くには巨大な樹木がいくつも起立している光景がアデムを迎える。


「はい?どういうこと?」


 後ろにいるはずのダインと前にあった祭壇もない。状況をつかめず口を半開きにして棒立ちになる


 また、気を失ったのだろうか。予想以上につかれていたのか?

 でも意識あるし、地に足がついてる感覚も特にさっきと変わりない…なんだここ?


 キョロキョロと辺りを見回すも何もない。足を踏み締めたびに波紋が広がっていく。

 どうしたもんかと思案してると、光の粒が視界の端によぎる。


「いまの……?あ、また」


 見覚えのある光だ。また光の粒が視界の端を横切る。

 光の粒はだんだん数が増えていき、さながら流星のごとく流れてゆく。


「なんなんだろうな、この光」


 流れる様をぼんやりと見ていると流星がひとつに集まり、光の玉を形成し燃え始める。小さな灯火みたいだ。

 しばらく、見ていたがが何も起こるはずもない。

 

「……とりあえず、近くに行くか」


 あれはなんなのかはわからない。危険かもしれない。

 手がかりらしきものがあの灯火にしかない以上、近づくことにした。

 いまだにふよふよと宙に漂っている。

 徐々に距離を縮め、若干距離をとって立ち止まる。


「触ってみるか…」


 近づいても反応がない。なら、と。

 恐る恐る右手を灯火に近づける。


 指先が触れた途端強く発光する。


「ぐっ!!」


 咄嗟に両腕で目を庇うように、交差させ守る。

 防御の意味合いも込めて、しばらくその格好のままでいるも、特に何も起こることはなかった。

 交差した腕を解き、視界を晴らす。


「強く光っただけか…?あれ?ない…?」


 先ほどまであった灯火がなくなっている。

 なにがなにやら首を傾げていると、急に体に雷が走ったような痺れる感覚が襲う。


「うっ…!体が痺れ…て…!」


 体の自由を奪われ、その場でうつ伏せに倒れる。

 痺れは増す一方で、さらには頭痛も襲ってくる。


「なん…なんだ!ほん…と!」


 歯を食いしばるように頭と体の二重苦に耐える。頭痛のズキズキとした感じとは別のに何かザザッザザッと、ノイズが走るように感じ始める。

 どこかで聞いたような雑音だ。

 頭を掻き回されるような不快感に顔を盛大にしかめつつ、ノイズの合間に頭に何か映像が思い浮かんでくる。



 男性と女性が、幾何学的な紋様を宙に浮かべながら、何かを話している様子。


 男性が、光の玉を手のひらから出してる様子。

 

 男性が、武器や体に光を纏いながら戦う様子。


 男性が、倒れている人に光を発している様子。


 その他にも映像は垂れ流すように頭にうかんでは消え、頭に火を突きつけられるように叩き込まれてゆく。

 どれも断片的で、何をしてるのかは当然わからない。

 唯一わかるのは、光っている様がさっき見た光と酷似していることだけだ。


 しかし思考すらできなくなるくらい、痛みに耐えきれず手足を投げ、なすがままにされる。

 自分がなにをしたというんだと、怒りをふつふつと滾らす中、早く痛みから解放されたくて許しを乞うように祈る。届くはずもないのにと頭の片隅に思いながら。

 誰か…たすけて…くれ…

 声も上げられず必死に祈る中、心身があまりの痛みに意識が強制的に途切れ始める。


『——見つけた』


 凛とした女性の声が聞こえたような気がした。

 しかしそんな余裕など今のアデムにはなく、眼前が白く染まりながら完全に意識がおちる。

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