記憶の残滓
今度は住宅街のはずれにあるそうな。
途中お昼を回っていたこともあり、お肉の焼いたいい香りが漂うお店でに寄り道して買い、食べ歩いている。
道中、未だにダインが薬屋の家主——ミモザについて、愚痴っていた。
「くそっ…ミモザ婆さんめ、俺が薬にトンチンカンなことをいいことに、子供扱い…いや、言いたい放題言いやがってぇ…!」
少し食いしばるような表情に、乾いた声を漏らしつつ答える。
「あはは…でもすごい気配りというか、細かい配慮ですかね?それが素晴らしい方でしたね
。
わからないことは、熱心に教えて下さいました。とても、ためになりました」
ダインがすっと怒りを嘘のように収めて、頷く。
「ああ、そうだな。ミモザ婆さん、自分のやっていることに興味ある奴には、スッゲェ優しいからなー。俺は、学より動きたいからなー」
「ふふっ…あ、でも怪我した時とか病気になった時とか、ミモザさんに頼るんですよね?」
「ああ、あの人以上に人体に関しての専門家はいないからな。
すごい頼りにさせてもらってる。すごいよ、あの婆さんは」
滲み出る尊敬の念に、アデムも確かにと内心同意する。
認めるところはしっかりと認める。たとえ、自分が至らない分野であっても。理解できない事柄であろうと。
その有用性は、村にとっては大きな柱の一つとわかっているから。
だからかな。
ミモザからしたら、そういう分別がついてて、なんだかんだ頼ってくるダインが子供のような孫のような感じで、可愛いのだろうな。
「…なんだよ、その含んだ笑みは」
「いえ、子供扱いされるのも納得だなーっと」
「なーんか、納得いかん」
他愛無い話に花を咲かせつつ、次の目的地に着く。
空が少し赤みを帯び始め、もう数刻したのちに日が沈む頃合いの只中。
煙突がついている簡素な家に到着。
煙突からは、モクモクと煙が溢れ、扉の奥から何か金属を打つ音が微かに聞こえる。
「さて、着いたな。ここは鍛冶屋だ。
武器とかの整備だったり、新しく武器が欲しくなった時は、材料持ち込んでここで打ってもらってるんだ」
「そうなんですね…。ダインさんのロングソードもですか?」
「ああ、ここの鍛治師に打ってもらった。
腕は確かだよ。未だに壊れないしな。ま、入るか」
「あ、はい」
ダインが無遠慮に開けた先には、所狭しに飾ってある武器が出迎える。
しばらく眺めて、奥の金属の打つ音が鳴り響く方へ向く。
そこには、炉に対し立派な白髭に覆われた筋骨隆々なお爺さんが額に汗を浮かべながら、赤々と光る延べ棒を真剣な眼差しで叩いていた。
「おーい!!ローグの爺さーん!邪魔するぜぇ!」
大声でローグと呼ばれたお爺さんは、ピタっと打つのをやめて、ダインをじろりと睨む。
「なんじゃい騒々しい。仕事の邪魔をしにきたのか?」
「違ぇよ。新しい村民が、見たいっつうから見学しにきたんだ。ほれ、俺の家で世話になるアデムだ」
「よろしくお願いします」
「…ふん。まあ見たいなら仕事の邪魔をせん限り、好きにみるとええわい」
しかめ面のような表情のまま端的にいうと、また金属を打つ作業に戻ってしまう。
「何か…不快なことをしてしまったんでしょうか?」
「いや、いつもあんな感じだ。
ミモザ婆さんと似たり寄ったりな人だよ。自分の興味あるものに夢中なだけ」
「なるほど…」
規則的に金属を打つ音が響く。
金槌が金属に当たるたびに散る火花が、綺麗だ。
しばし、じっと見つめているとダインに肩を叩かれる。
「アデム、今朝も俺の武器見て気になってたみたいだから、剣でも触ってみるか?」
「え、良いんですか?勝手に」
「大丈夫さ、壊さない限りは」
そう言って、剣が散見される場所で物色し始める。
「アデムが戦うかどうかは別として、使うならやっぱロングソードかなぁ…アデム、ちょっと両手で握って構えてみろ」
「…あの、自分、剣なんて握ったことありませんけども」
記憶をなくす前はもしかしたら扱ったことがあるのかもしれない。
だが記憶なき今は、少々臆してしまう。
「なにちょっと見たいだけさ。頼む。めちゃくちゃでもいいから構えてみな?」
「…わかりました」
変に真剣なダインに、せっかくなのでやってみることに。
手渡されたロングソードを受け取り無意識に両手で正中線に構える。
無意識にスッと構えられたことに我がことながら、内心驚く。
「へぇ…様になってるな」
「ふむ、小僧。どこかで従軍経験があるのか?」
「うわあ!?…びっくりした」
「おいおい…ローグの爺さん危ねぇだろうが」
「ん?…すまぬ」
いつのまにか後ろに居たローグに思わず、剣を落としそうになる。
そんなアデムを知らないかのように、アデムの周りをクルクルと何か確かめるように見ている。
「えっと、何か?あと、剣を扱うのは初めてです」
「そうか、奇妙なものもあるものだ。…小僧、手のひらを見せろ」
「あ、はい、どうぞ」
そっけない声音に体を強張らせつつもローグに両手を差し出す。
手をまじまじと眺め、果てには手のひらを触り何かを確かめている。
「ローグの爺さんどうしたんだよ?何かあったのか?」
「…まあ、少しな。小僧」
「はい、なんでしょうか?」
さっきまでは目を見なかったのに、こちらをじっと見つめてくる。
目を見つめられて、なんだか気まずくなって逸らす。
「剣の他に、何か武器を扱っていたことはないか?
——そう、例えば槍、あとは大剣、もう一つはよくわからないが、とても技量の要するのはわかる。わしが見たことのない武器だな。
だがもっと奇妙なことに、腕の中間部から背中から全身にかけてその武器を扱うのに準じた筋肉のつき方になってないのが、どうも気がかりだ。
しかし今の構えを見ると、尚更わからない…どうなってる?」
「?そういう動きをしていたんじゃないのか?」
「ダイン…それはお前が1番わかるだろうに。剣を腕だけで振るうか?」
「…振るわねえな。体全体かもしくは、何箇所かは同時に意識してるな」
「そういうことだ。…筋肉の密度と手のひらの皮の捩りようが全くといって良いほど一致しない。こんなの初めてだ…どうなのだ、小僧」
「どうと…言われましても」
いや、本当にわからない…記憶がなくなる前に何か起こったならあり得る話なのだろうか?
ダインも似たような事を考えたのか間延びした声でぼやく。
「んー?記憶を失う前に何か起こったのかねー?まあ、想像すら出来んけど」
「どういうことだ、ダイン。説明しろ」
「ああ、そっか爺さんはアデムのこと説明してなかったな」
ローグにアデムの身に起こってることを説明した後、顎をさすりながら、思考に耽ってしまうローグ。
「記憶喪失か。…体が武器の持ち味を覚えててしかし、筋肉のつき方があべこべ。しかも扱い方はわからない…か。
まるで達人の体を纏った初心者だな。」
「おお、確かに」
「……」
職人が言うなら、あながち間違いでないのだろうがどうしてそんな状態になっているんだろう?
ますます自分の記憶を無くす前が気になるばかりだ。
ぽんっと手を打つように、場の空気を切り替えようとするダイン。
「ま、気になることも確かめれたし俺は満足だ。これ以上は不毛だろう。
さて…アデム。あとなんか見ときたいのあるか?」
「え?…いえ、特にはないですね。ありがとうございます」
「そうか、日も傾き始めるし、そろそろ教会行くか、というわけでまた整備の時に来るぜ!ローグの爺さん!」
ダインが返答も聞かぬまま、出ていってしまった。いいのだろうかそれで…
ダインから出た扉から目線を外し、ローグに向き直る。
「ローグさんもお仕事の手を止めてしまいすみません。あと、ダインさんがなんか失礼で申し訳ない」
「…気にするな。面白いものが見れたからな。
ダインはいつもあんな感じだ。慣れている」
無愛想にこちらに目線を外し作業場に戻るローグ。
外から大声で何か言ってる声も聞こえてくる。
「そうですか…。なんか呼んでる?もう行かないと…ではこれで!ありがとうございます!」
一礼し足早に扉に手をかけて出ようとすると、ローグに呼び止められてしまう。
「小僧!」
「…っ?まだ、何かありましたか?」
「名は、アデムだったな」
「…そうですね」
名前を覚えられない程、興味がないのかと思い始めたが次の言葉でその可能性は潰える。
「そうか。…アデム、また、武器を見たくなったらいつでも来い。…茶は出ないがな」
しっかりとアデムの目を見て不敵な笑みを浮かべるローグ。
彼の琴線に何か触れたのだろうか。
一方的な親近感が湧いたのを感じ、思わず笑みを浮かべる。
「はい、必ず来ますね!」
また来れる楽しみが増えたのを噛み締めつつ、鍛冶屋を後にするのだった。
外では、対面の民家に寄りかかって待っているダインがいた。
「お、来た来た。何か話してたのか?」
「ええ、また来いって言われました」
「へぇ、あの爺さんがか?そんなこと言うんだな…初めて聞いたわ」
「そうなんですか?」
「ああ、だいたい武器のことしか興味ないからな。人に興味示すなんて、よっぽどアデムのことが気に入ったんだな」
「そうだと嬉しいですね」
目を細めくすぐったいように照れを隠し、ふっと空を見上げる。
そこには、赤く染まり始めてる空模様が広がり1日の終わりがもうすぐそこまできていたのだった。
寄りかかっていたダインは、2、3歩先に行くと、アデムに振り返る。
「結構時間も押してるし、最後の教会に急いでいかないとな。日も暮れてきている」
「はい、安全かつ迅速にいきましょう」
「おう!着いてこい!」
ダインがづんづんと進んでいく様に少々子供染みた何かを覚えて笑みが溢れる。
最後の目的地の集会所——ダインが教会と呼ぶ建物までダインの後ろをついてゆくのだった。
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