太陽の如き人
朝、少しの肌寒い感覚に身をぶるっと震わせ目覚める。
窓の外を見やり、晴天とまではいかないが、日差しが心地良い朝だ。
「んんーっ…と。よし、起きるか」
気持ち良く背を伸ばし、部屋から出る。
一階から物音がすることから、誰か起きてるみたいだ。
お世話になってる人が、のうのうと寝るわけにはいかないと思い、若干足早に歩を進める。
台所では、ソフィアが朝食を。ダインは、武器のメンテナンスをしていた。
「おはようございます。ソフィアさん、ダインさん」
「おはよう、アデム!まだ、堅いなぁ?律儀なやつめ!ここは、お前の家でもあるんだからな!敬語は抜き、堅苦しいのは無しにしようぜ」
「おはよーアデム君!昨日はよく寝れた?
ダインの言ってることは話半分でいいからねぇ。
あ、私のことは、お母さんって呼んでもいいのよー?」
「ソフィア?人のこと言えないぞ?」
「なんのことかしらー?」
「あはは…」
距離の詰め方が近いのに少々苦笑いを浮かべる。
どうにか敬語を抜きで言えるようになりたい…癖なのだろうか。
元々、こういう話し方しかわからないのだ。
「もう少しで、朝食が出来るから、座って待っててもらえる?」
「はい、昨日からありがとうございます」
「ふふっ。いいのよー」
ソフィアは、鼻歌混じりに上機嫌に朝食を準備していく。
アデムは、ダインと向かい合うように座り、武器のメンテナンスをじっと見る。
「ん?なんだ?気になるのか?」
「ええ、何分真新しく映るものでして」
「おー、そうかそうか。触ってみるか?」
「いいんですか?」
「おうよ」
ダインが、両手で自分の武器を差し出してくる。
柄を持って裏表を返し、重さを感じながらじっくりと眺める。
吸い付くようにしっかりと握り、体の一部になったかのような妙な馴染みの深さに少し戸惑う。
80、90センチくらいの、いわゆるロングソードと呼ばれる、変哲のない剣だ。
剣身は、使い古されているのか細かな傷が散見され、柄部分を覆っている皮もところどころが、縮れている。
相当大事に使っているのだろう。
「ありがとうございます、お返しします」
「…ああ、ありがとう」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでも。気にすんな」
「?はい」
ダインの返す際の真剣な表情に違和感を覚える。
何か気に触ったことでも合ったのだろうか?
検討もつかず、ダインのロングソードを凝視し続けるも答えは当然出ない。
疑念は、台所から漂う良い香りで中断される。
「はいはい、武器はしまってー、朝食の時間よー?」
「おお、待ってました!」
「すごい美味しそうですね!」
「ふふっ、じゃあいただきましょ?」
ソフィアが、ダインの隣の席につく。
すぐ食べるかと思いきや、二人は手を組んで目を閉じ、祈りを捧げるようなポーズをとって、紡ぐ。
「「太陽の如き我らが神よ。与えられた供物に感謝を。かの光がどこまでも我らを照らしてくださいますよう祈りを込めて、いただきます」」
「……」
不思議と魅入ってしまうほどの光景だ。
昨日の食事の時になかったようだが…?
それに、光の粒子が彼らの周りから発しているように見えるのは気のせいだろうか。
「あ…ごめんなさい。そうよね、お祈りも教えとかなくちゃいけなかったわね」
「俺も失念してたわ。すまん、アデム」
「いえ、素敵な文言だなって。思わず魅入っていました」
「ふふふ!そうでしょー?
これは数年前くらいにこの村に来たある人に感謝を込めようって意味で、この村で決まったことよ」
「ある人…ですか?」
「その先は俺が話そう。
数年前、この近くで大嵐が起こってな。
その影響で大河の氾濫が今にも起ころうとして、村が壊滅するって状況だったんだ。
既に民家の被害がひどくて、ここを捨てて内陸の方に移動しようとしてたんだ。
そうしたら、たまたまここに滞在してた旅人が、『よし、私が止めよう。君たちが移動しなくていいように』つって大河の方へいっちまったのよ。
無駄死にするだけだと思って、連れ戻そうとしたんだが杞憂でな。
その人は、氾濫しそうな川を土の魔法で堰き止めて、その後に空に向かって雷みたいな魔法を放って、雲ごと吹き飛ばして晴らしちまったんだよ
『鬱陶しいな』なんて言って、虫でも払うかのように」
「…出鱈目な人ですね」
「そうなんだよ!」
「…おおん」
ダインがバンっと両手を叩いて身を乗り出すのに、思わず引いてしまう。
ダインは、さらにヒートアップするように言葉を重ねる。
「その後もすごくてなぁ。
破損してる民家を回って、火やら土やら水やら風やら魔法を屈指してあっという間に民家を修復しちまってよ。
あと、なんだか光?みたいな見たこともない魔法で怪我してたやつもたちまちに治しちまうしよ。
もう、空いた口が塞がらなかったよ!」
「何者なんですか…その人」
「それがわからないのよー」
「わからない?」
そんなすごい人なら、名前くらい聞くとは思うが…
ダインが興奮を冷ましながらちょこんと座り直すと若干残念そうな声音で、ぼやく。
「その人、終始フードを被って顔見えないようにしててよ。覗き込もうにも真っ暗で何も見えねぇの。
名前を聞いても、『すまない、事情があって教えれないんだ』とかの一点張りでな。
顔も名前も未だにわかんないんだ」
「…どこからか追われてたんでしょうか?」
どこかの貴族か王族なら有り得る話だと思った。
この国?世界?の事情は知らないが、可能性として提示してみるが、即座にソフィアに否定される。
「それは違うんじゃないかしら?」
「そうなのか、ソフィア?」
「ええ、その時もアデム君と同じようなこと聞いて、匿おうかーって話したんだけど。
『いや、そういう事情はなくてな。ちょっと気分転換に散歩してるだけだ。お気遣い感謝するご婦人』なんて、丁寧に返されちゃってねぇ」
「そんなこと言ってたのか、知らなかった。
てか、散歩がてらに救うってどういうことなんだ…
頭おかしいぞ…いい意味で」
「そうねぇ、顔も名前も知らない人だったけど、太陽みたいに暖かい人だっていうのは今でも鮮明に思い出せるわ」
「そうなんですね…それで、その祈り言葉とはどう繋がるんです?」
だいぶ脇道に逸れかけているので、本題を促すことに。
ダインが、そうだったと手を打つ。
「ああ、どうしてもお礼がしたくてな。
何か出来ることはないかって、聞いたのよ。どんな些細なことでも良いから」
「あの時のあなた、いつも以上にしつこかったわねぇ」
くすくすと思い出すように笑みを浮かべるソフィア。
ダインは、胸を張りその時の情景を思い出すように荒く鼻息を吐き出す。
「いやいやソフィア!これは男として、いや人としての意地にかけた問題だ。譲ることは出来ないだろう!」
「そうね、ふふっ、それもそうだわ」
哀愁に満ちたような笑みを讃えつつ、賛同の意を示すソフィア。
また脇道に逸れかけたのを、いけないいけないと被りを振るように、ソフィアが話を続ける。
「でねぇ、しつこかったダインを引っ叩いてね。
それでもお礼をしなければ、私たちは一生後悔してしまいそうです。
って、ちょっと涙目で言ったら、ようやく口にしてくれてね」
「…へぇ。どんなことでしょう?」
ソフィアも見かけによらず、強かである。
ずいっとまたも身を若干乗り出しそうな動きを見せながら、右手をグッと拳を作って感じ入るようにダインが矢継ぎ早に喋る。
「ああそれがまたなぁ…。
『朝、日が出づる時になったら、いつも見るであろうあの太陽と教会にある像を思って、その日1番目の食事の時だけでいい。
祈りを捧げてはくれないだろうか?そうすれば、私の力の糧となる』
なんて言ってな。
見返り求めないその厳格な姿に、なんだか痺れちまったよ」
そう言ってなんだか、満足そうにしている。
ソフィアは、苦笑しながらまとめ上げる。
「ダインのことはさておき、そうして村でどういう祈り言葉にしようかーってなった結果、毎日の朝食は、祈り言葉が付くようになったわけ」
「なるほど…。本当神様みたいな人ですね。俺も会って見たかったです」
「ああ!アデムにも会って欲しかったなー」
「そうねぇ。神さまってあういう人のことを言うのかなーってちょっと思ったもの。
すごい人だったわ」
多種多様な魔法を操り、人々の傷をも癒す救世主か
会ってみたいな…
「あら、ちょっと話し込んじゃったわね。少し冷めてるわ。さ、2人ともあの人に失礼と思われないよう、頂きましょ!」
「ああ、そうだな!」
「はい、頂きます」
各々、自分の目の前の食事に舌鼓を打ちつつ、味わってゆく。
今日の食事も、美味しい…
この食事も、その救世主さんのおかげで食べられるんだと漠然に思いながら完食する。
感謝します、救世主様と念じて、気合いを入れて今日は頑張っていこう、そう思うアデムであった。
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