ジエン村の長
階段を降りていって、玄関、キッチン、リビング、ダイニングが一体化している大部屋に出る。
玄関には先ほどの声の主が立っていた。
茶色の短髪の目鼻立ちに力強さを感じる顔立ち。
力仕事をしてるのか、体の至る所に筋肉が細身ながらしっかりとついている。
この人が、ダインか。
肩には、肉付きの良い小動物のようなものが三匹紐で縛って担がれている。
「お?坊主!目を覚ましたのか!いやー、ボロボロになって倒れてたから、心配したぞ」
「その節はどうも命を助けて頂き、誠にありがとうございます。お陰で生き延びれました」
「ははは!そんな大層なお礼なんて、むず痒いぜ。いいってことよ!」
「丁寧な子よねー。あ、ダイン。狩ってきたもの、台所においててね。あとで捌くから」
「おう、俺も手伝うから後で呼んでくれよ」
「はーい、ありがとう」
「んじゃ、置いてくるか」
ソフィアにうながされて、ダインは大部屋の奥に引っ込む。
くるりと、アデムの方を見ながら
「アデム君、今、暖かい飲み物出すから、部屋の真ん中の長椅子に座っててくれる?」
「はい、わかりました」
ソフィアに促されて、部屋の真ん中の長椅子に腰掛ける。
ゆっくりと沈み、包み込むような座り心地は、何か柔らかいものが詰められているのだろうか?とても気持ちがいい。
「…なんだか、このまま動きたくなくなるような椅子だなぁ」
心が溶けそうな気分を味わいながら、ついうとうととしてしまう。
間も立たないうちに、飲み物を持ってソフィアと、後ろからダインが歩いてくる。
「その椅子良いわよねぇ。私もお気に入りなの!」
「…ですよね。こんな気持ちいいの。癖になっちゃいます」
「お、嬉しいねぇ。苦労して作った甲斐があるってもんよ!」
「ダインさんがこれを?」
聞いた直後若干遠い目をしながら、ぼやく。
「おうよ!まあ、苦労したぜ…その中に入ってる羽を集めんの、本当に。
何日かかったんだろうなー…ってか、俺の名前知ってるんだな?」
「はい、ソフィアさんから」
「そうか、そうか!改めてよろしく!この、ジエン村の長をやってるダインだ!」
「アデム・モナークです。よろしくお願いします。…えっと、村長殿?」
「なはは!そんな堅っ苦しいくなくて良い。気軽にダインでいいぞ?」
「では、ダインさんで…、よろしくお願いします!」
「ダインで良いけどなー…、まあ、いっか!よろしく!アデム!」
差し出された手を掴み、がっしりと握手を組み交わす。
ゴツゴツとしていて、固い手のひらだ。狩りをしているから、その賜物だろう。
「ほら、飲み物冷めちゃうわよー」
「おっと、そうだった。ソフィアのお茶はうまいもんな!冷ますのは勿体無い!」
「煽ててもなにもないわよー、ほら、アデム君もどうぞ?」
「いただきます」
ダインとソフィアに向かい合うように座った後、しばし一息つくために、お互いお茶を嗜む。
香り高い葉っぱを乾燥させてそれをお湯に移して、動物からとった乳を入れているのか?
茶からは苦味がかなり出ているのだろう。それでも苦味が少ないのは、この乳が入ってるおかげだろうか。
…というかこういう知識は思い出せるんだな。
それに初めて飲んだ気がしない。舌が妙に馴染む。
何にしても、落ち着く、味わいだ。
「美味しいです。こんな高級な物、初めて飲みました。ありがとうございます」
「高級だなんて、とんでもない。村で作ってる物、ちょっと貰ってるだけだから。気にしないで」
「…へぇ、そうなんですか」
「そうだろ、そうだろ!ソフィアのお茶はうまいんだ!なんたって世界一うまいと豪語できる!」
「もう、ダインたら…」
ダインの猛烈な煽てように少しソフィアの顔が赤く染まり、茶化す。
お互いの仲の良さを存分に見せられているが、悪い気はしない。
なんならもっと見たいまである。うん。
ずずっと、飲み干しダインが話を切り出す。
「さて和むのもいいが、アデム。
あまりごちゃごちゃ言ってもかったるいから言わせてもらうが、お前の今後のことについてだ」
真剣な眼光がアデムを貫く。
若干気負いながらも、しっかりと相対する。
「…そうですね。やはり、ここから追い出されるのでしょうか?」
もっとも思いつくことを示してみる。それとも、何かを要求されるのか?
心臓が僅かに鼓動の速度を上げ、思考が次々と駆け巡る。
…覚悟は、している。
「こら、ダイン!アデム君が怖がってるじゃないの!あなた、無駄に威圧感あるから、勘違いされるのよ?」
「え?ああ、すまない、アデム。
そんな突き放すような事言うつもりなかったんだ。って…無駄に…無駄にかぁ」
「なぁに?文句あるの?」
「ありません!」
「よろしい!ごめんねぇ、アデム君。この人いっっつもこうだから!良く言い聞かせておくね!」
「…ふふっ、いえ大丈夫です」
構えてた感情が一瞬で消し飛ばされ、目の前の光景に思わず笑みが溢れる。
ダインが若干、居た堪れないような顔を滲み出しつつ後ろ髪をさすり、再び問いかける。
「あー、で、アデム。
お前さん、あそこでなんで倒れていたのかとか、自分の住んでいたとことか、教えて欲しいんだ。
村長だからな。保護したからには、元の場所まで送り届けなきゃならん。どうだ?」
「はい…助かります」
一旦区切って、もうすでに決まってる答えを言うのは辛いが、こんな優しい人たちに嘘はつけない。
意を決して、口を開く。
「……その、自分、どこに住んでいたとか、出身がどことか、何をしていたのかとか全く記憶になくて、気づいたらとある海岸で倒れてたってくらいしかわからないんです。」
嘘偽りなく、自分の状況を話す。
本当に何もわからないのが心苦しい。なんで、あんなところにいたんだろ。自分は誰なんだ。
再び考えだすと、また感情が暗くなっていく。
それを見た、2人も若干顔を歪めつつ、アデムを労わる。
「そうか…、じゃあ探す術がないってことか。闇雲に探すのもなぁ…うーん…。
アデム、言ってくれてありがとう…すまないな。力になれるかもとか言っちまって」
「ごめんね…辛い事思い出させちゃって」
「いえ、お二人が気に病むことではないです」
自嘲気味な笑みを溢しつつ、罪悪感を抱かせないように努める。
そんな様子にどう思ったのか、2人は同時に見合わせて、なにかを確かめ合ったかのように軽く頷く。
「アデム君、もしよかったらなんだけど私たちの家に住まない?部屋も一つ余っている事だし」
「そうだな!記憶だって時間が経てば、戻ってきたりするかもだしな!
もしかしたら誰かしら迎えに来るかもだしな。それまで、ここで羽を伸ばしたらいいんじゃないか?」
二人は、こんな見ず知れずの男を住まわせることに遺憾を示さず、むしろ歓迎して迎えようとしている。
どこまで器量が広い人たちなんだと思った。
実際、とてもありがたい。
このまま、この家を出たところで、なんの防衛手段もない今のアデムでは、また怪物に襲われて野垂れ死ぬかもしれない。
なら、ここでひとまずはお世話になって、できる事を考えよう。
答えは決まった。
「では…もしよろしければ、お世話になってもいいですか?」
「大歓迎よ!うれしいわぁ」
「自分の家だと思って過ごしてくれよ!」
すごい喜び様だった。
こんな歓迎されるのは予想外だったが、それでも体が暖かくなっていくような気持ちになる。
「ではどのくらいになるかわかりませんが、大変お世話になります」
「はい!よろしくねアデム君!」
「おう!あとそんな硬くならなくていいぞ。ここは、お前の家でもあるんだからな」
「…はい、ありがとう…ございます」
「ふふっ。まだちょっと早いかしら?ゆっくりでいいから、慣れていってね」
「はい…!」
感動で、体の奥がじんわりと暖かくなる。
拾われたところがここで良かったと、改めて思った。
その後、和気藹々と夕食になっていく。
途中、少しでも役に立とうと、ソフィアのお手伝いに四苦八苦しながらもやり遂げ、あっという間に寝る時間へとなってゆく。
まだ全回復とは言えない。早く休めて元気になろう。
そう念じ、僅かな希望と不安に心の内に宿し、明日を待つように眠るのだった。
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