暖かな陽射し

 背中が柔らかい。

 …野垂れ死んで天国へと逝ったか?まあ、無理もないがよくやったほうではないか?

 だが、香ばしい何かが焼ける匂いと、この安心するような太陽のような香りはなんなのだろうか。


「…んあぁ?」


 ふにゃっとした声を出しつつ目を開くと、見知らぬ部屋の一室にいた。

 右手側からパチパチと弾ける音が意識を鮮明にしてゆく。

 左手側にある小窓から覗く空は以前暗いままのように見える。


「……どこだここは」


 ベットの背もたれに寄りかかり、腕の方がズキッと痛むのに気づく。

 腕には、包帯が巻かれていて治療が施されているのがわかる。

 …ということは、生きている、のか。

 誰かが助けてくれたのか?

 

 思わず安堵の息を盛大に吐く。


 体が安心と感じた瞬間、まるで何かの怪物の鳴き声みたいなお腹の音が鳴り響く。

 

 「あらあら、まあまあ。すごい音が鳴ったわねぇ。大丈夫かしら?」


 扉の向こうから、女性の声がする。

 初めて聞く声に思わず身構えてしまうが、いやいや敵なばずないだろうと、緊張を解く。

 扉が開いて現れたのは、後ろで栗色の髪を縛った、朗らかな顔のをした美しい女性であった。

 こちらに微笑みながら、歩んでくる。


「目を覚ましたのね。良かった…体調はどうですか?」

「はい。…お陰様で。助けて頂きありがとうございます。

 腕の治療もして頂いて、服も…変えて頂いて

 どう、お礼をしていいのやら」

「いいのよ。困った人を助けるのは当然なのだから。

 あ、服はボロボロになってたから捨てちゃったわ。ごめんね?」

「いえ、何から何までありがとうございます」


 すらすらと喋るこの丁寧な口調に、若干違和感を覚えつつも相手を見やる。

 微笑みを絶やさず、こちらを気遣っているその優しい雰囲気がこちらの緊張をほぐしていくようだ。


「お腹が空いてるのよね?ちょっと待っててね。今食事を持ってくるから。ベットに座って待ってて?」

「ありがとうございます。本当、すみません」

「いいのいいの!さ、そのまま待っててね」


 部屋から出た女性を目で追った後、ベットに腰をかけ、小窓の外を眺める。

 キラキラと輝く星が何故か新鮮で、つい息を潜めて、ただただその輝く様を見つめる。


「あ、流れ星だ」


 一際白い光の尾を出しながら、空を駆けてゆく様は綺麗なものだ。どこかに落ちてゆくのだろうか。

 軽く感動しつつ、星が流れるさまをしっかりと目に焼きつけていた。

 夢中も束の間、コンコンと扉がノックされるのを聞く。


「お待たせー。はい!すごい音鳴ってたから、たくさん食べると思ってたくさん装ってきちゃったわ!」

「ありがとう…ございます」


 ゴクっと。生唾を飲み込み眼前の食事に目を向ける。

 野菜が3種類と何かのお肉が入った大盛りの白いシチューに、丸いパンが二つ。

 シチューから香るお肉と何かのスパイスの香りが鼻腔を刺激して、腹の虫が急かすように、殴りつける音を醸し出す。


「うふふ!すごいお腹の音ね。さあさあ、食べて食べて!」

「あはは、すみません。では、いただきます!」


 スプーンで掬って、一口。

 口内に広がる多種多様な情報に、言い表せぬ感動を噛み締めつつ、飲み込む。

 うまい。

 こんなうまいものがこの世にあったのかと。

 スプーンを握りしめ、歓喜に震える。


「…美味しくなかったかしら…?」

「全然そんなことありません!とても、美味しいです。一生食べたいくらいです」

「…あらあら。嬉しい事言ってくれるわねぇ」


 食い気味に反論したのを顔を若干赤らめる女性。

 美味しそうに顔をゆるめながら食べるのを見て、にこにこと顔を浮かべながら、眺めている。

 アデムは一心不乱に、ただひたすらに目の前の食事に食らいつく。


 数分もしないうちにお皿が空っぽになる。


「すみません。もう一杯頂きたいです」

「すごい食欲ねぇ…!ちょっと待っててね!」


 足早に部屋から去っていく、女性。

 あまりの美味さに、おかわりをしてしまった。

 あの海岸から以前の記憶が全くないので何を食べていたのかも思い出せない。

 ので、なんとも言えないが、世界一美味しかったと断言できる。


 しばし、目を閉じてさっき食べた味を反芻するように、口を閉じたままもごもごと動かす。


「はい!どうぞ!」

「っ!…ありがとうございます」


 いつのまにか、目の前に女性がいたのに少々驚きつつ、差し出された食器を手に取る。

 そこから、また数分もしないうちに平らげる。


「ごちそうさまでした…。とても…とても美味しかったです」

「お粗末さまです。いい食べっぷりで作った甲斐があるわぁ」


 終始、にこにことしながら食器を近くの机に置く女性に心が綻ぶ。

 心と体が満たされた感覚を四肢全体で感じながら、満足げに背もたれに寄りかかる。


「…ふぅ。いきかえるー」

「うんうん!顔色も急に良くなってきたわ、大丈夫そうね」

「改めて、本当に助けて頂きありがとうございます」


 座ったままだが、精一杯謝意を示すため腰を折る。


「いいの、いいの!

 あの人が突然連れてきて、治療と寝られるところを用意してくれって、頼まれたから整えただけなの。

 命に別状がなくて良かったわ」

「…あの人?」

「ああ、えっと…私の旦那、ダインって言うんど。

 …あら?そういえば、私の名前も言ってない様な気がする?」

「…そうですね。確か」

「あらぁ…、名前も言わずにごめんなさい。

 つい、何か困ってるの見ると順序考えずやっちゃうの。私の悪い癖ねぇ」

「そんな…すごく助かったのですから、自分をどうか責めないでください」

「うふふ…そうかしら、ありがとう」


 困ったり、若干しかめたり、笑ったり、表情豊かな人だ。こんな人に拾われて良かったと、つくづく思うな。

 女性は、右手を胸に当てながら言う。


「私の名前は、ソフィアって言います。名字はないんだけど、よろしくね?」

「よろしくお願いします。…アデム・モナークです」

「あら…名字があるってことは、どこかのお貴族様かしら?」

「…そうなのですか?」

「?お貴族様は、だいたい名字がついてるものなのよ?」

「…そうなのですか。少々頭が混乱してるみたいで、申し訳ないです」

「ああぁ…!責めてるんじゃないの!ごめんなさい!」


 栗色の髪の女性——ソフィアは、両手をブンブン振りながら否定している。

 優しい人だ。もう何度思ったかわからないが。

 それにしても貴族か…。身分が高いのだろうか…?

 思考を自分の頭の奥に向けようとするも、何か幕がかかったようになってて思い出せない。

 必死に思い出そうと内心唸っていると、扉の向こうから、男性の大声が聞こえてくる。


「おーい、ソフィアー!帰ったぞー!今日はいっぱい獲れたわー!」

「あ、旦那が帰ってきたわね。アデム君、また、ちょっと待っててね?」

「あ、いえ。自分も行きます。お礼したいので」

「まだ寝ててもいいのに…偉いわねぇ。じゃあ行きましょうか」

「は、はい」


 不意に頭を撫でられ、ドギマギしてしまうも冷静を装う。

 木製の扉を出てソフィアの後に続く。

 足腰は、もうすでに意識しなくても遜色ないくらい、違和感なく歩けるようになってる。

 ギシギシと鳴る床に、ちゃんと地を踏み締めている僅かな喜びを覚えながら、声がした階下へと降りる。

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