第六夜
魔物を討伐した勇者の凱旋パレードを大通りの方でやっていると耳にし、散歩ながら立ち寄ると沿道には自分より先にもう大勢集まっており、これでは勇者は指人形のようにしか見えない。それでもみるみる内に私の後ろにも人だかりが形成されてゆく。
勇者は屋根のない馬車に乗せられており、しきりに沿道の方へ手を振っている。歓声が鳴り止まないため彼はずっと手を下ろすことができないでいる。対照的に手を自身の膝の上に行儀よく重ねて勇者の斜向かいに座っているのは恐らく使者であろう。勇者はこの世界の人間ではない。使者に連れられてこの世界へとやって来るのだ。
勇者たちがこの世界へやって来るようになったのはたかだか数年前からである。彼らは一見すると我々と変わりなく見えるが、決定的に異なる点として、彼らには魔法があった。この短期間で魔法はそれがなかった頃の暮らしを想像することが最早難しいくらいにこの世界に豊穣をもたらしたが、そもそもは魔物を撃退するためにある。
そのうちにゆっくりとではあるが勇者を乗せた馬車は大通りを北に遠ざかっていき、それにつれて歓声も落ち着いてくる。勇者の凱旋はこのまま突き当たりの宮殿まで続き、そこで皇室監修のもと何らかの儀式が執り行われる予定であるらしい。きっとその後は何らかのパーティでもあるのだろう。
「あの勇者様は一体どんな魔法が得意なんだろうね」
「そりゃあ、勇者と言ったら光魔法だろうよ」
「光で一体どのように戦うというんだい」
「俺に訊かれても。本人に訊いてみたら良かったのに」
「馬鹿言え、あれだけ遠くてどうやって訊けたって言うんだよ」
「それこそ魔法でさ」
私の後ろの二人組がそんな会話を繰り広げている。私と同じ位置で凱旋を見物しているということは、大して勇者に興味もないということである。
大通りを離れて、それからどこにも立ち寄らず帰路に就く。家を出た時は三十分ほとで戻るつもりでいたが、凱旋パレードを見ていたせいで、結局また家に到着した時には凡そ一時間ほどが経っていた。
「ただいま」
「おかえり。遅かったね」
室内に入ると、妻はダイニングの椅子を窓際まで持って来て、そこで編み物をしている最中だった。
「外寒かったでしょ」
「うん。でも大通りで勇者様の凱旋パレードやっていたから少し見物してきた」
するとそれはちょっと見たかったなと言って妻は悔しそうな顔を作った。この時期彼女を散歩に誘ってみても寒いからいいといつも断られるのである。
「でもこの辺りはいつも通り静かだね」
そう言って私は窓の外を見た。先程の散歩は食後の運動がてらのもので、つまりまだ午後になってそれほど経過はしていない筈だが、早くも日は西に傾き出している。
「まあ、大通りからは少し距離があるもの」
欠伸まじりにそんなことを言いながら、つられて妻も窓の方に目を向けた。
「いつも通り平和だね」
「本当、今日も何事もなかったしね」
妻のその言い方には多少の毒が含まれている。
「休日というのは休むためにあるんだ」
「自分だけちゃっかり凱旋パレード見に行った癖に」
気付くと妻は窓の外ではなく私のことをじっと見つめていた。私のことを詰ってみたくなったのだろう。無論、本気で怒っているわけではない。目尻のあたりに笑みが見え隠れしている。
「ごめんよ。勿論事前に知っていたらちゃんと誘っていたさ」
「お土産とかはないの?」
「今日は特に買ってないんだ。パレード見ただけだし」
「そう。わたしはあなたのために帽子を編んであげているというのに」
今日は中々気が済まない気分であるらしい。私は奥の手を使う羽目になる。
「分かったよ。今日の夕食の時に、この間買ったワインを開けてみようか」
途端に妻は申し訳ない顔になった。
「いいの? あれ高いやつだよね」
「勇者様に乾杯ということで」
「でも、私たちとは関係ない人だよ」
「じゃあ、何でもない日に乾杯ということで」
言ってるそばから恥ずかしくなってきて、まだ飲んでもいないのに私の顔は火照ってしまう。そうしてたっぷり数秒の間をとった後で妻が、
「何それ」
と言って笑った。
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