第14話 フリッカ・アグナル・アースガルズ


「どうして……どうして起動してくれないの……」


 何度彼女が試しても、古代の遺産——フリングホルニは起動しない。


 それは、最後の微かな望みだった。

 戦に敗れ、護衛の騎士の一人と一緒に逃がされた彼女にできた数少ない国に対して貢献できることだった。


「ここまで、ですね……」


 けれど、それすらも叶わない。

 その事実に、彼女——リンダの口からは、ついに諦めの言葉が零れた。


 リンダ・ミズガル。

 ミズガル王国の第一王女。

 王位継承権は第二位。

 けれど、その優れた起動権からリンダを次期王にと望む者も少なくはない。


 そのためか、リンダは兄の第一王子からは非常に疎まれていた。


 リンダは知っていた。


 今回の戦にリンダの起動権を使用するよう国王に進言したのも兄の第一王子であること。


 そして、今回のムスペル帝国軍の動きから、兄から情報が漏れていたことも悟った。


 ——お前が原因の戦争だ。お前が何とかしに行けよ。


 兄である第一王子から言われた言葉がリンダの記憶に蘇る。


 高位の起動権は、国に数多くの恩恵をもたらすが、時には、災いを呼び寄せることもある。


 ムスペル帝国との戦争の理由も、リンダの持つ起動権が発覚したことが事の発端だった。


 ミズガル王国第一王子——リンダの兄ハーゲンは、すぐにリンダを帝国に差し出すべきだと進言していた。


 戦争のリスクを回避でき、ついでに邪魔な妹のリンダを帝国に送って排除できるからだ。


 結局、国王はムスペル帝国がリンダどころかリンダに次ぐ起動権を持つ妹のディースの身柄まで要求して来たことで要求を突っぱねて開戦を決意した。


 それでも、第一王子ハーゲンは諦めなかった。


 玉座に座るためにムスペル帝国と通謀し、ムスペル帝国の皇太子をも動かして、リンダという存在を排除しようとした。


 その事実が、リンダにはどうしようもなく辛かった。


「別に、王様なんて目指していなかったのに……」


 リンダは別に、兄のことが嫌いじゃなかった。特に何とも思っていなかった。王位につくことを狙ってもいなかった。


 ずっと、大好きなミズガル王国で、大好きな妹や国王である父と一緒に平和に生きていくことだけを、リンダはただ望んでいた。


 けれど、世界は残酷で——リンダの中に流れる血は、その望みを決して許してはくれなかった。

 

「ごめんなさい、ゲフィオン。せっかくここまで守ってくれたのに何もできなくて……」


 遺産の起動を諦めると、リンダはここまで自分を守ってくれた護衛の女騎士——ゲフィオンに謝罪した。


 現在、ゲフィオンという名の護衛の女騎士は、遺跡の警備兵器からリンダの身を守るために戦った影響で負傷し、意識を失っていた。


 妹のディースと離れ離れになってしまったリンダは、これで完全に一人になってしまった。

 

「これから、私はどうなるのでしょうね……」


 孤独に苛まれ、リンダの心が暗い闇に覆われていく。

 帝国に囚われた後に待ち受けているのは、きっとロクでもない未来だろう。


 けれど、もうこの方法しかないとリンダは考えた。


 この身を捧げることで、せめてミズガル王国との戦争を終わらせる——





「お初にお目にかかります、リンダ姫殿下」


 そんな時だった。

 リンダの下にフリッカが辿り着いたのは。


「貴女は……」


「私の名前はフリッカ・アース。姫殿下のお力になるために参上致しました」


 美しい銀色の髪の華奢な少女は、そう言ってリンダに対して片膝をつき頭を下げた。


「……貴女の忠義に感謝します。フリッカ・アース少尉」


 あの帝国最強のシグルドの騎士団の追撃を振り切って、ここまで助けに来てくれた。


 そのことがとても嬉しくて、リンダはつい目頭が熱くなる。


 フリッカ・アース。

 ムスペル帝国十三家門の一角を討ち取り、他にも数多くの戦果を上げた英雄。


 初めて見た時、不思議な感覚を覚えた謎多き人物。


 そんな人物が助けに来てくれたことが、リンダはとても嬉しかった。


 ……同時にリンダは覚悟を決めた。


 遺産の起動に失敗した以上、もう巻き返す手立てはない。


 間も無く、帝国最強のシグルドや、ミズガル王国軍を圧倒したムスペル帝国軍が追ってやってくる。


 そんな勝ち目のない死地に、ここまで尽くしてくれた目の前のフリッカを……ミズガル王国の民を送る訳にはいかない。


「……ですが、もういいのです。貴女は今すぐ国外にお逃げなさい」


 本当は助けてほしいと言いたい。

 守ってほしいと言いたい。


 けれど、リンダにはそれ以上に思うことがあった。

 

 ミズガル王国の王女として、この国の民にこれ以上犠牲になってほしくない、と。


 それが、ミズガル王国とそこに暮らす人々が大好きだったリンダが抱いた最も大きな思いだった。


「希望は絶たれました。私ではこの艦を起動できませんでした。もう、打てる手立ては残されていません」


 もしも、この古代の遺産を——フリングホルニを起動できていたら、また違ったかもしれない。


 古代の遺産の中でも特に厳重に保管されていたこの艦なら、何か奇跡を起こせるかもしれないと思っていた。


 けれど、起動できないのであれば、意味のない代物だ。


 奇跡なんて起きなかった。


 だから、最後まで忠義を尽くしてくれたフリッカには、せめて生きてもらうために、もう戦わなくていいと告げよう。


 そう覚悟を決めた後、不安や恐怖から来る涙をどうにか堪えるために一度目を瞑る。

 

 そして——


「私は、ムスペル帝国に降伏し、この身を捧げます」


 リンダは、フリッカに対して決意の言葉を言い切ってみせた。
















 その言葉が、姫様の本心からのものでないことはすぐにわかった。


 涙ぐむ姫様の姿を見て、迷いなんて速攻吹っ飛んだ。


「姫様、私達はまだ戦えます」


 王族の言葉に反論するなんて本来なら畏れ多いものだけど、今回だけははっきりと言う。


「私の友達は、この国を守るために戦って死にました。今も戦っている仲間もいます」


 そもそも、戦場で堂々と鎧兵器を暴走させて、第二皇子のシグルドまで殺してしまった時点で私はもう後戻りなんてできるはずがない。

 

 姫様が帝国に行ったら、姫様に向いていた鎧兵器暴走の疑いは起動権不足が露見して確実にバレる。


 そうなると、間違いなく真犯人(私)の血眼の捜索が始まってしまう。


「どうせ戦争が終わっても、私は戦犯として処刑されます」


 それに、既にフルングニル伯爵を殺している私は、派手に帝国に名前を知られている。


 今から逃げても、結局ムスペル帝国に追われ続ける運命からは逃れられない。


 それに、逃げる先の周辺諸国もロクでもないところばかりだし、可愛い姫様のために最後まで戦った方が遥かにマシだ。


「なので、私は最後まで戦います!」


 私は、姫様に向かってそう宣言した。


 死んだイルザとシュルドが眠るこの国の大地に土足で踏み入ってくるのも許せない。その上姫様まで泣かせたんだからもうムスペル帝国は絶許だ。


 第一、ムスペル帝国が侵略戦争なんて始めなかったら、私は田舎で平穏な人生を送れたし、イルザとシュルドだって死ななかったし、姫様だって悲しまずに済んだんだ。


 全部……全部ムスペル帝国が悪いじゃないか。


 そう思うと、沸々と怒りが湧いてきた。


「……ですが、もう私達に戦う力は——」






「ありますよ。ムスペル帝国だって倒せる、奇跡を起こせる力が……」






 もう全部勢いに任せよう。

 ここで姫様を見捨てたら絶対後悔することはもうわかりきっている。


 なら、ここは富国強兵のリスクを無視して厄ネタの力を使うの一択だ。


 さようなら、私の平穏な未来。


 最初からこの力を使わなかったことは、どうか大目に見て下さい姫様。富国強兵()の足音がめちゃくちゃ怖かったんです。どうか許して下さい。


 その代わりに、この国は必ず守り抜いてみせますから。


 驚いた表情を浮かべた姫様の脇を通り抜けて、この艦フリングホルニの起動装置にそっと手を置く。


『よろしいのですか?』


 "スルト"が私に聞いてきた。

 でも、私の答えはもう決まっている。


「これでいいんだよ。もしも後々面倒なことになったら天に……いや、頼りになる"スルト"に任せようかな」


『お任せください。その時は必ずこの星を焼き尽くし、フリッカ様を新天地へとお連れします』


「星は焼くな」


 起動装置が私の起動権を読み取り終えた。

 あとは、起動の意思を示すだけ。


 なら、姫様への改めての自己紹介も兼ねて少しかっこつけようか。


 最後に心を決めるために、すーっと一つ息を吸う。


 うん。これで、覚悟完了だ。


「アースガルズ王家の末裔、フリッカ・アグナル・アースガルズの名において告げる——目覚めの時だ、フリングホルニ……!!」


 瞬間、艦内全てに眩い光が宿った。

 そして、幾百、幾千、幾万の時を超えて、眠っていた艦は再び力を取り戻した。


 同時に、私の秘密もたぶん全部バレた。




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初ギフトと星400記念に近況ノートで設定・用語まとめ(一部本編未公開情報含む)を書いているので、そちらも是非ご覧ください!

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