第3話 異世界のお姫様
空を進むミズガル王国の艦隊。
その艦隊の旗艦である戦艦ベルゲルミルの艦橋には艦隊の指揮官達が集まっていた。
「いよいよですな提督。今回の作戦でミズガル王国の領土を侵す侵略者共の息の根を止めてやりましょう!」
まだ若い指揮官の男が勇ましい声で強気な言葉を言い放つ。
しかし、その若い指揮官の言葉を艦隊の最高指揮官である男——提督の男が淡々と嗜めた。
「油断するでないぞ。ミズガル方面に侵攻して来ているのは、あくまでムスペル帝国の一貴族の配下の軍隊にすぎない」
艦隊を指揮する程の軍人である提督の男は、敵国、ムスペル帝国の強さと恐ろしさを嫌という程実感していた。
何せ、今現在ミズガル王国が戦争をしているのは、ムスペル帝国そのものというより、あくまで、ムスペル帝国十三家門の一家フルングニル伯爵家の配下の軍隊とだけ戦争をしているようなもの。
ミズガル王国の軍事力では、ムスペル帝国を最強と言わしめる"帝国正規軍"も他の十三家門の配下の軍隊も参戦していない今現在の状況でも辛勝するのが精一杯だ。
「世界で唯一、現代においても古代アースガルズ文明の兵器を生産出来る軍事大国。それが、私達ミズガル王国が戦っているムスペル帝国という名の敵だ。彼の国の軍事力を侮ってはならない。本作戦も、あくまでムスペル帝国正規軍や他の十三家門の諸侯達が出てくる前に貴族軍を撃滅し、こちらの有利な条件で手打ちにする為のもの。それを忘れてはならんぞ!」
「し、失礼致しました!」
今回の大規模作戦の目標も、あくまで有利な条件での講和が目的だ。
帝国正規軍が反ムスペル連合軍との戦争で出張ってこれない間に、フルングニル家の配下の軍隊に壊滅的な打撃を与えて無理矢理講和へと持ち込む。
そのことを、提督の男は改めて若い指揮官へと告げた。
話を聞いて、強気な発言をしていた若い指揮官の男も状況を理解し真剣な顔付きになる。
その顔には、最早、敵国ムスペル帝国への侮りや慢心の欠片も残っていなかった。
「提督。ケルムト前線基地が見えてきました」
「よし、全艦着陸準備!姫殿下達にも到着をお伝えしろ」
艦隊はいよいよ目的地に到着する。
今回の作戦の為の戦力の集結地点。
旗艦ベルゲルミルを含む浮遊艦艇達は、次々とケルムト前線基地への着陸態勢に入った。
『第一艦隊旗艦浮遊戦艦ベルゲルミルを確認!これより着陸地点に誘導します』
空から降りて来た第一浮遊艦隊をケルムト前線基地で待機している全鎧兵器が整列して出迎える。
私も、そんな整列している鎧兵器の操縦席の中で今か今かと姫殿下の来訪を心待ちにしていた。
やがて、お姫様達を乗せたベルゲルミルという名の巨大な浮遊戦艦が率いる空飛ぶ艦隊が基地に着陸する。
浮遊戦艦ベルゲルミル。
王国に三隻しかない超弩級浮遊戦艦の一番艦。
今回基地を訪れた第一浮遊艦艦隊の旗艦であり、1000メートルを超える巨大な船体を誇る古代アースガルズ文明の遺産だ。
この規模の浮遊艦を運用出来ているのは古代文明の遺産に対する高い起動権を持つミズガル王家の力によるもの。
戦艦ベルゲルミルという艦は、まさに王家の力の象徴ともいえる艦だ。
ちなみに、浮遊戦艦という名前で呼ばれているが、実際は星間航行が可能な宇宙船である。"スルト"に教えてもらった情報によると、私が起動して完全な性能を引き出した場合には、亜光速移動やワープまで出来るらしい。
『まもなくベルゲルミルから姫殿下が基地に降りられる。各員鎧兵器に膝をつかせるように!』
「"スルト"」
「機体の態勢を変更します」
私の"エインヘリヤル"を含め、整列している全ての鎧兵器が膝をつき、騎士のように敬愛する存在へ首を垂れる態勢をとる。
「よっと」
そして、操縦席のハッチを開いて外に飛び降りた。
いよいよだ。頑強に守られた戦艦から、ついにお姫様達が姿を見せる時がきたんだ。
やがて、戦艦ベルゲルミルの艦の入り口が開いた。
そして、下ろされる戦艦の入り口と地上とを繋ぐ階段。
その階段を一歩ずつ、人並み外れた美しさを持つ二人の女性——王女殿下達が降りてくる。
「あの方々が……」
「美しい……」
その姿を見た兵士達の賛美の声が聞こえてくる。
すると、王女殿下達は微笑みながらこちらに手を振ってくれた。
私も無言で手を振りかえす。
すると、手を振り返したら横のレギン隊長に睨まれた。
それにしても、凄く綺麗だ。
まるで妖精のような二人の金色に輝く髪を持つ美しい姉妹。
第一王女リンダ・ミズガル姫殿下。
黄金のロングヘアがとてもよく似合う少し小悪魔っぽい魔性の美貌のお姫様。
第二王女ディース・ミズガル。
清楚で純真無垢そうな純白のドレスが良く似合う可愛らしいお姫様。
二人ともタイプは違うが、とんでもない美人さんだ。
……迷うけど個人的にはリンダ姫の方がタイプかな。
『なあ、お姫様って凄いんだな……』
耳に装着した通信機から、フギンの呟きが聞こえる。
いつもうるさいフギンも、今この瞬間は王女殿下達の美しさにやられて語彙力を消失して静かだった。
完全に王女様方に見惚れていた。
『見た目はフリッカの方が良いんだ……でも、所作というか、振る舞いというか……とにかく、存在自体がなんか特別な感じなんだ!』
必死に気持ちを言語化しようとして、フギンがいつものように五月蝿くなった。当然無視をする。
でも、今日だけはフギンの気持ちがよくわかる。
正直、私は異世界のお姫様の可愛さを侮っていた。
昔写真でお姫様の姿は見たことがあったけど、その時は普通に可愛いなと思ったぐらいだった。
でも、実際に生で見て、私の今までの認識が間違っていたことがよーくわかった。いや、わかってしまった。
あまりにも可憐すぎるのだ。
反則級だ。
なんとなくだけど、今なら、私がTS転生させられた原因になった異世界でやりたい放題していたという先代の転生者達の気持ちもわかる。
きっと、好き放題やった転生者達は皆、今の私が抱いている気持ちと同じ気持ちになったのだろう。
——あの美しい存在に触れたい。お姫様の温もりを感じたい。お姫様から香る匂いを嗅いでみたい……
そして、そんな欲望の果てに望むのは、たった一つの願い。
——
……結婚したい!!
と、こんなあまりにも無礼で不埒で烏滸がましい願いを抱いてしまったに違いない。
私だってそう思う。
それほどまでに、異世界のお姫様という存在は特別で綺麗で可愛くて美しかった。
そうして姫殿下達に見惚れていた時だった。
「あ、今目があったかも」
ふと、お姫様と——第一王女のリンダ姫殿下と目があった……気がした。
それは、ほんの刹那の間。
時間にして二、三秒位だっただろう。
お姫様の少し薄い青い瞳と、私の蒼い瞳ははっきりと見つめあっていた……と思う。いや、そう信じたい。
「ん?」
その時だった。
なんか突然、ドクンッと激しい心臓の鼓動が聞こえた気がした。そして、同時に身体が少し熱くなった気もする。
まるで何かの歯車が回り始めたように。
まるで運命が動き出したように。
何かを予感させるように、私の中を流れる血が少し騒ついたのを感じた。
「……まあ、気のせいだよね」
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