第2話 戦いの前触れ


 青い空が広がっている。


 どこまでも穏やかで青く澄み渡った景色だ。


 そんな空を、今日は多くの鎧兵器が厳重な警戒態勢を敷いて物騒に飛び交っている。


 戦争が始まってからおよそ三年。


 私もすっかり軍人としての生き方に慣れた。


 初陣を乗り越えて、人を殺すことにももう慣れた。


 既にかなりの数の帝国兵を葬った。


 敵鎧兵器を撃ち落とし、敵の艦艇を爆沈させ、ムスペル帝国軍に打撃を与え続けてきた。


 おかげで、毎晩見る悪夢の屍の山は日に日に高くなり、人数もそれなりに多くなっている。


 それでも、イルザとシュルドが許してくれるその時まで、私は敵を殺し続けると決めている。


 ただ、"スルト"の力を使う覚悟はまだ出来ていない。


 流石に世界の全てを敵にまわす覚悟はまだできていない。


 あくまで正体がバレない範囲内で私は力を使って戦っている。


 こんな覚悟を決めきれない情けない私だけど、それでも二人の分も私はこの国を守る為に戦おうと思っている。


「おーいフリッカ!隊長達が呼んでるぜ!」


「……わかった。今行くね」

 

 現在、ミズガル王国軍は何とか防衛ラインを死守出来ている。さらには、戦線を押し上げることにも成功していた。


 どうやら初陣の時に倒した帝国十三家門のフルングニル伯爵は、私の思っていたよりもかなりの大物だったようだ。


 伯爵が死んだおかげで、ムスペル帝国ミズガル方面軍は統率していたフルングニル伯爵の死によって指揮系統が崩壊し、その隙をついたミズガル軍は戦線を押し上げることに成功した。


 ムスペル帝国軍は二種類の軍隊に分けられている。皇帝直属の"帝国正規軍"と、帝国貴族の私兵達で構成された軍隊である"帝国貴族軍"だ。


 現在ムスペル帝国の世界最強と名高い皇帝直属の正規軍は、反ムスペル連合軍との戦争に派遣されている。


 なので、私達ミズガル王国軍が相手をしているのは貴族軍の方だ。貴族軍は、主に公爵家と十二の伯爵家の配下の子爵や男爵、そして騎士達が軍の主力を担っている軍隊だ。


 貴族軍は鎧兵器操縦者の練度も普通ぐらいで、優秀な鎧兵器操縦者を正規軍に取られているから、どうにか無人鎧兵器で数を補っている。


 はっきり言ってカモだ。

 フルングニル伯爵が所有していた一騎当千の特殊型の鎧兵器でも出てこない限りは、それほど手こずることなく撃破できる。

 

 同じ世界最強のムスペル帝国軍の名を冠しているが、皇帝直属の正規軍と比べると貴族軍の練度や実力は遥かに弱い。


 おまけに一番偉かった伯爵が死んでから軍を引き継いだ貴族達はプライドだけやたら高く、効率より見栄を優先したり、功績を焦って自滅したり足を引っ張りあったりと統率力皆無の阿保な行動ばかりとる始末。


 加えて、私が無人鎧兵器を暴走させたから敵はビビって数少ない強みだった無人鎧兵器をあまり投入してこなくなった。


 おかげで、ミズガル王国軍は数と鎧兵器の性能では負けているものの、十分に優位に立って戦えている。


 もしも相手が正規軍だったら、こうも上手く事は運ばなかっただろう。


「そういや聞いたかフリッカ!いよいよこの前線に王族、それも姫殿下が来るらしいぞ!」


 戦況のことを考えていると、フギンが興奮しながら話しかけてきた。


 フギンの話した言葉から、私は今朝聞いた情報を思い出す。


 ——前線の優位な戦況を見て、王国上層部がついに領土奪還に本腰を入れることを決めた。


 そこで、我々前線部隊は第一王女リンダ・ミズガル姫殿下と第二王女ディース・ミズガル姫殿下の二人が率いる王国艦隊と共に奪われた領土を奪還する作戦に参加する!


 確か、今朝レギン隊長がそう言っていた。


 王位継承権第二位と第三位の王女二人が率いる王国第一艦隊と現在前線にいる選りすぐりの鎧兵器部隊、さらには、王族の護衛を務めている親衛隊の最新鋭の改造が施された鎧兵器まで投入される一大作戦。


 作戦に投入される鎧兵器の数はなんと百二十機。これは王国軍が運用している鎧兵器の三分の一以上の数だ。


 ミズガル王国軍が所有している鎧兵器の数はおよそ四百機程ある。


 その殆どが有人鎧兵器の"エインヘリヤル"だ。


 ただ、鎧兵器を起動できる人間が不足していて実際に運用できている鎧兵器は三百機程しかない。


 そう考えると、今回はかなりの戦力の大盤振る舞いだ。

 

 加えて、王族——それも可憐な姫君が二人も前線に出てくることによる士気の向上は計り知れないものだ。


「くぅー!早く姫殿下達にお会いしたいぜ!」


 ……基地の兵士達はもう既に士気が天元突破している。


「リンダ姫とディース姫……ああ、あの美しい姫殿下と近くで会えるなんて!生きててよかった!!」


 フギンも今朝からこの調子だ。クソうるさい。


「ん?なんだフリッカ嫉妬か?安心しろ!姫殿下への想いは、いわば女神に対する憧憬のようなもの……。一番可愛いと思っているのは今でも変わらずフリッカだからこれは浮気じゃないんだ!」


「死ね」


「酷い!」


 馬鹿なフギンを黙らせて、私は今回来る二人のお姫様について考える。


 王族がわざわざ二人も来るのは、士気向上の為だけではない。

 

 ミズガル王国の王族の起動権は、世界有数の高位の起動権を誇っている……と噂されている。


 特に、第一王女と第二王女——二人の姫殿下の起動権はかなり高いとか。


 そんな起動権の高い王族が来る理由に、私は心当たりがあった。


「…‥絶対起動権ドーピングするつもりだ」


 古代文明の遺産にはある特徴がある。


 それは、使う者ではなく、起動した者の血に流れる起動権によって引き出される性能が決まるということだ。


 つまり、古代文明の遺産の起動だけを起動権の高い者に任せて、他の者に起動した鎧兵器を運用する権利を譲渡すれば、力が引き出され大幅に出力の上がった状態の鎧兵器を運用することが可能なのだ。


 私はこれを起動権ドーピングと呼んでいる。


 魔道具の"血の触媒"と似たような原理だ。

 

 古代文明の遺産は起動した者の情報を読み取り、古代人の血が持つ権限に応じて封印を解除する。


 例えば、私が富国強兵()の脅威を恐れずにミズガル王国軍の鎧兵器を起動してあげたら、起動権ドーピングによってミズガル王国軍の鎧兵器達は本来のちっぽけな星の中での戦いの枠組みを超えた宇宙戦争で使われる兵器の軍団へと様変わりしてしまう程に力を発揮する。


 まあ、流石に富国強兵()のリスクが高まるから絶対にやらないけども。


 とにかくだ。今回、王族の二人が前線に来たのも、おそらくこの起動権ドーピングで鎧兵器の性能を引き上げる為だろう。


 成功すれば、勝利は盤石のものになる。


 ただ、遺産の起動には、古代文明の遺産に起動権を秘めた血の情報を読みとらせないといけないからリスクもある。


 起動権が高い王族が前線近くに出て来る。


 そうなると、必ず、敵側はこちらの王族——姫殿下の身柄を狙うだろう。


 たぶん、いや、間違いなくムスペル帝国側は仕掛けてくる。


 例えカモの貴族軍が相手だとしても、確実に激しい戦いが起こるはずだ。

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