第4話 いざ戦場へ


「凄い数の鎧兵器ですね、お姉様!」


 ケルムト前線基地の広場を埋め尽くす巨大な鎧の巨人達。


 前線から集められた鎧兵器、艦隊と共にやって来た鎧兵器、計百二十機の鎧兵器が整列している様はまさに圧巻の光景だ。


 その光景を見て、サラサラの金色の髪が印象的な少女が薄い青色の瞳を持つ目を輝かせた。


 少女の名はディース・ミズガル。

 

 鎧兵器とその操縦者達が忠誠を尽くす、この国ミズガル王国の第二王女。ディース姫と呼ばれている存在だ。


 ディースは騎士のように立ち並ぶ鎧兵器達の姿に興奮を隠せず、姉に向かって声を弾ませた。


「そうねディース。このたくさんの鎧兵器とその操縦者達が私達の為に戦ってくれる。だからこそ、私達が力を引き出してあげなくては……」


 ディースの弾んだ声に、彼女の姉リンダは落ち着いた声で答えた。


 リンダ・ミズガル。

 ミズガル王国第一王女。

 リンダ姫という呼び名で国民に慕われている絶世の美女。


 その立ち振る舞いは、妹のディース姫とは異なり、落ち着いて大人びたものだった。


「はい!頑張りましょうお姉様!」


「……そう、頑張らなくてはいけないの。この身に流れる血の力を少しでもこの国の為に役立てないと……」


 リンダは、自分自身を奮い立たせるように鈴の音のように澄んだ美声で言葉を呟く。

 

 そして、一息深呼吸をして心の準備を整えた。


「ふぅ……では、参りましょうか」


 その水色の瞳には、王女としての強い決意が宿っていた。


 基地の広場に用意された壇上にゆっくりと上がる。


 リンダが壇上に上がった瞬間、鎧兵器達は一斉に地面に片膝をつき、頭を下げてリンダのことを敬う姿勢をとった。


 同時に、鎧兵器から操縦者達が生の姫の姿を直接一目見ようと次々と降りてくる。


 リンダはそんな降りて来た鎧兵器の操縦者達に興味が湧いて、どんな人達がいるのか見渡してみた。


 昔、王宮で会ったことのある隻眼の騎士だった人、少し太った中年の男性、若く凄い筋肉の青年、そして、銀色の髪と青い瞳が特徴的な……


 その時だった。一人の鎧兵器操縦者の少女と目が会った瞬間、突如として、ドクンっとリンダの全身のが騒めいた。


 ——アグナルの血だ……やっと見つけた……彼女アレは特別な存在だ……必ず手に入れろ……


 そう言わんばかりにリンダの中に流れている血が荒れ狂い、騒ぎ立て、正体不明の熱で身体が熱くなった。


 全身が火照る。


 まるで長い間探し求めていた運命の存在に、ついに出会ったような未知の感覚。


 リンダという存在をおかしくさせる程に突き動かすナニカがあの少女にはある。


 そんな気がしてならなかった。


「……大丈夫ですお姉様?顔が赤くなってますよ」


 妹のディースが心配そうに声をかける。

 その声で、リンダはようやく我に返った。


「ええ……大丈夫よ」


「姫様、体調がよろしくないようでしたら……」


「いえ、問題ありません」


 護衛の騎士もリンダのことを心配する。

 けれど、落ち着いたリンダは何も問題がないことを力強く告げた。


「そうですか……では、もう間も無く"起動の儀"を行います。基地システムの中枢までお越し下さい」


「分かりました。すぐに向かいましょう」


 ただ、リンダの中には、一瞬感じた不思議な感覚のことが気になる形で残っていた。


「少しよろしいでしょうか?あの銀色の髪の兵士のお名前は?」


 リンダは不思議な感覚を感じた鎧兵器の操縦者の少女について、ケルムト基地の案内の為に側に控えていた兵士に尋ねた。


 すると、兵士は心当たりがあったのかすぐに一人の少女のことをリンダに教えた。


「銀色……!ああ、フリッカ少尉のことですね!」


 兵士から告げられたのは、フリッカ・アースという名前。


 その名前は、リンダもよく知っていた。


 リンダの父親である国王が賞賛する程の大戦果を挙げた人物の名前だったからだ。


 でも、まさかあんなに可愛いらしい姿をした少女だったとは。


 歳は同じぐらいだろうか。

 そんな少女が前線に出て、"英雄"と呼ばれながら戦い続けていることに、リンダは驚きを隠せなかった。


「フリッカ・アース……フルングニル伯爵を討ち取った"英雄"……貴女は一体何者なの?」



 















「くしゅん!」


『大丈夫ですか?フリッカ様』


「いや、なんか急にくしゃみが出ただけだよ」


 リンダ姫と目があって少し身体が熱くなった後、私は再び鎧兵器に乗りこんで操縦席で待機していた。


 姫は現在、このケルムト基地のシステムの中枢で"起動の儀"の準備を行なっている。

 

「でも、本当に出来るのかな。"起動の儀"……基地の全システムごと基地システムに接続した鎧兵器を一斉に起動するなんて」


 ケルムト基地がかつて古代文明の遺跡だったことで可能になった特殊な起動権の書き換え方法起動権ドーピング


 それが、これから行われる"起動の儀"とやらだ。


『フリッカ様なら可能です』


「姫様の話だよ。これって相当な起動権がないとできないことだよね」


 古代文明の遺産は通常、直接起動しなければならない。


 つまり、普通に鎧兵器を部隊規模で起動するなら、百二十機の鎧兵器を一機ずつそれぞれ起動してまわる必要がある。


 とても面倒だ。


 これなら、百二十個の"血の触媒"を作って配った方がいい……と言いたいところだが、"血の触媒"は権威の象徴なのでそう簡単に量産する訳にはいかないという事情がある。


 おまけに、一個作るのに結構な量の血と魔力を必要とするから、あまり量は作れないのだ。


 "血の触媒"は一日に一個作れるかどうか。

 それも、献血のように一個作ると暫くの間身体の血が回復する期間を開ける必要がある。


 下手すると王族の体調にも関わるから、無理をさせてたくさん作ってもらうことはできない。


 実際、私も自分で"血の触媒"を作った時は貧血で倒れかけた。


 ただ、だからといって大量の鎧兵器を一斉に起動する方法がないわけでもない。


 それは、私が"スルト"を介して接続した無人鎧兵器の命令を書き換えたように、何かを介して接続している他の鎧兵器に直接干渉する方法。


 今回の場合なら、ケルムト前線基地の基盤になった古代文明の遺跡のシステムを介して接続している鎧兵器を一気に再起動することで、起動権の書き換えを行えばいい。


 ようは、「接続さえしていればギリギリセーフ理論」というやつだ。


 、基地の全システムごと一斉に再起動することで擬似的な遠隔一斉起動を行うことが可能になるって寸法なのだ。

 

 ただし、この裏技みたいな擬似遠隔起動には"血の触媒"に依らない本人の高位の起動権が必要となる。


 よって、この擬似遠隔起動の難易度はかなり高い。


『特殊な起動の為、最低でもレベル六以上の起動権が必要になります。さらに、百機以上の鎧兵器の同時起動ともなると、レベル七以上の起動権は必要不可欠ですね』


「ということは、姫殿下の起動権は……」


『まもなく起動の儀を執り行う!……皆、驚くなよ』


 姫殿下の起動権について考えていると、

 レギン隊長から何やら意味深な通信が入った。


 驚くな……か。もう姫様の起動権なら起動を成功させられるって言っているようなものだ。


 操縦席に映されている映像を見てみると、いよいよ基地のシステムに対してリンダ姫が起動権を行使する瞬間だった。


『ミズガル王国第一王女、リンダ・ミズガルの名において、ここに、起動権を行使します』


 瞬間、起動権が書き換わる。


 一度、基地と全ての鎧兵器から光が失われた。


 そして、基地のシステムを形成する回路のようなものが幻想的な魔力の光で輝きを放ち始める。


「……こりゃ凄い」


 ケルムト基地の古代文明の遺跡のシステムを通じて、基地の広場に整列していた百二十機の全ての鎧兵器が、一斉にリンダ姫の起動権によって再起動したのだ。


『基地の全システム、及び"エインヘリヤル"全百二十機の再起動を確認。また、リンダ・ミズガルの起動権のレベルも確認できました』


 再起動された鎧兵器から漏れ出る魔力はまだ赤い。


 流石に炉心の活性化にまでは至っておらず、『星系の炉心アースガルズドライブ』の起動条件までは満たせていなかった。


 それでも、魔力は今までとは比べものにならない眩い輝きを放っている。


 明らかに、鎧兵器の出力が上がっている証拠だ。


『リンダ・ミズガルの起動権のレベルは七——それも、限りなくレベル八に近い値です』


 それは、限りなく純血の古代アースガルズ人に近い起動権。


 血が薄まっていて尚この起動権ということは、間違いなく、リンダ姫とその妹のディース姫には特別な血が流れている。


 私と同じ厄ネタ血統を背負っているということだ。


「……なるほどね。ムスペル帝国の戦争目的がよくわかったよ」


 ムスペル帝国の侵攻目的。

 よくわかっていなかったその目的が、今、はっきりとわかってしまった。


 二人の姫の身柄。

 たった二人の人間を手に入れるために、ムスペル帝国はミズガル王国に侵攻したんだ。


 その事実を知ったことで、なんだか自分のことのように身震いが止まらなかった。


 とはいえ、これで、本来の力の七割力を引き出された百二十機の鎧兵器部隊が完成した。


 対して敵は反ムスペル帝国連合軍との戦争で自慢の正規軍が出てこれず、指揮系統が麻痺しているポンコツ貴族軍ときた。


 間違いなく……この戦い、私たちの勝利だ!





————————————————————


フリッカが盛大なフラグを立てたところで、軽く起動権について説明しておきます。


レベル五……王族や最上位貴族のレベル。


レベル六……古代文明の遺産を擬似遠隔起動ができる最低ラインの起動権。各国に一人か二人いるかどうかレベル。


レベル七……古代文明の遺産を軍隊規模で本格的に運用できる起動権。殆どいない。いたら戦争の火種になるレベル。


レベル八……純血の古代アースガルズ人が持っていた起動権。宇宙戦争に参加できるレベル。。流石にもういない……よね。


レベル九……純血の古代アースガルズ人の中でも限られた地位の者が持っていた特別な起動権。宇宙規模の戦争でも無双できるレベル。

もう流石にいない……はず。


レベル十以上……古代アースガルズ王家が持っていた起動権。とっくに途絶えてもういるはずない。いたら銀河制覇も夢じゃないので血を巡って全世界大戦不可避レベル。


こんな感じです。


ちなみに、故フルングニル伯爵は起動権不足だったので擬似遠隔起動ができず、結果、無人鎧兵器"ヴァルキューレ"六十機を一機ずつ丁寧に起動してまわっていました。


そして、フリッカによって戦闘で破壊された機体以外の全機体を"スルト"を介して一瞬で起動権を書き換えられて暴走させられましたとさ……


最後に、現在はフリッカが本体に乗っていないので、有人機には干渉できないといった形で力が制限されていますが、"スルト"本体には他の全ての古代文明の遺産に強制的に接続する力があります。

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