第13話 誓い
今日の空には雲一つない。
一面に広がる青空で太陽は人々を祝福するように爛々と輝いている。
でも、祝福される存在じゃない私には、その太陽がただただ眩しく感じた。
「ここにいたのかフリッカ・アース」
式典が終わってから、そんな空をボーっと眺めていると一人の男が声をかけてきた。
「村に来た軍人の人……?」
「そうだ。俺の名はレギン・マックモーナ。ミズガル王国軍のケルムト基地の鎧兵器部隊に所属している中尉だ」
声をかけて来たのは私を軍に徴兵しに来た軍人さんだった。
片目を眼帯で覆っていることもあり、相変わらず厳つい顔付きをしている。
今日でなければ、ビビって悲鳴の一つでも上げていたかもしれない。
でも、今の空っぽな私には、そんな反応をする気力も湧かなかった。
「……シュルド・グウィディオン殿とイルザ・ケリドウェン嬢の二人のことは残念に思う。二人とも、生きていれば間違いなく優秀な鎧兵器使いになっていただろう」
そう言って、軍人——レギン中尉は二人の死を惜しむ言葉を呟いた。
その言葉に私は同意だ。
「そうですね。二人ともとっても優秀な兵士でしたから」
「そうか。"英雄"となった貴官が言うなら、二人は立派な兵士だったのだろう」
"英雄"
レギン中尉が私のことを指して言った言葉。
この国で新たに呼ばれるようになったとってもカッコいい響きの言葉だ。
でも、私はそんな凄いカッコいい存在じゃない。
あの日、私は選択を間違えた。
あの日違う選択をしていれば、二人は死ぬことはなかった。
私は"英雄"なんかじゃない。
仲間を見殺しにして敵を殺しまくった人間を辞めたクズ。
人殺しの悪魔だ。
「"英雄"と呼ばれるのが不満のようだなフリッカ・アース」
私が浮かない表情をしていたからか、私の表情を見たレギン中尉が呼び名が不満なのか問うて来た。
威名のようなものをつけられるのは、本来なら光栄なことだからだ。
でも、その問いに対して、私は思ったことを素直に口にした。
「私は特に何もしていません。奇跡的に敵の無人鎧兵器が暴走しただけですよ。"英雄"という呼び名は命を賭してこの国を守ろうとしたイルザとシュルド……そして、死んでいった兵士達にこそ与えられるべきです」
私にあったのは転生させてくれた上位存在のおかげで親から受け継いだ優れた血だけだ。
その血が持つ起動権のおかげで、私は簡単に"英雄"という呼び名を手に入れた。
イルザのような優しい思いやりも、シュルドのような命を賭す覚悟もなかったのに。
それに、二人のように私が持っていないものを持っていた英雄になりえた名も知らない兵士だってきっと沢山いたはずだ。
そう思うと、どうしても"英雄"という呼び名は受け入れることができなかった。
「そうか……なら、ちょうどいい。実はな、今回貴官を探していたのは、貴官を私が新しく指揮する部隊に勧誘する為だ」
でも、そんな私をレギン中尉は未だ買い被っているようだ。
私のことを新設するレギン中尉の部隊へと勧誘してきた。
「現在決まっているメンバーは三人。王国に亡命して来た元ムスペル帝国軍の"撃墜王"ヘグニ・バーサーク。貴官が現れるまでは、最年少の帝国貴族撃破記録を持っていた"天才"バルク・コンラッド。そして、元王妃直属護衛騎士だった私だ」
勧誘された部隊にレギン中尉以外で内定しているのは私でも知っている名前の二人だった。
特に、"ヘグニ・バーサーク"。
鎧兵器操縦者の最強論争で必ず候補に挙げられる化け物。
ミズガル王国への亡命の際には追手のムスペル帝国の皇子とその配下の鎧兵器部隊を一人で壊滅させて全員半殺しにしたとかいうヤバい噂まである人だ。
「そして、貴官が加われば間違いなくミズガル王国最強の矛となる部隊が作れる。一人でも多くの敵を殺し、やがてはミズガル王国の領土から侵略者共を駆逐することができるだろう」
そんな凄い人達と私のことを同じレベルの扱いをするなんて、レギン中尉はつくづく見る目がないと思う。
けれど、レギン隊長は自信満々に言い切った。
そして、突然私の肩にポンっと手を置いた。
肩に手を置かれたから背が高いレギン中尉の顔を見上げる。
そこには、覚悟を帯びた目をしているレギン中尉の顔があった。
「現在、ムスペル帝国軍はフルングニル伯爵の死によって勢いづいた反ムスペル連合軍との戦争に戦力を割いている。暫くこちら側への手出しはできないだろう。だが、いずれ奴らは必ずこの国に再び攻め入ってくるだろう」
レギン中尉にはムスペル帝国が攻めて来た理由に心当たりがあるらしい。
フルングニル伯爵の侵攻軍が討たれても、ムスペル帝国との戦争が終わらないことを確信しているようだ。
私の肩に置かれた手にも力がこもっている。
「……最後に言わせてくれ」
そして、レギン中尉は私に対して最後の勧誘の言葉を送ってくれた。
「真の"英雄"になれフリッカ・アース。死んだ二人が守ったこの国を、これからは貴官が身命を賭して守り続けろ」
「……!」
その力強い言葉は、私の心に大きく響いた。
でも、私はすぐにその言葉に同じような力強い言葉で返すことができなかった。
「……少し考えさせてください」
相変わらず、私はすぐに結論を出すことができなかった。
正直、私はもう戦場に出たくなかった。
もう、全部忘れて一人になりたかった。
そんな世界で生きるのは、正直しんどかったからだ。
もう終わりにしたかった。
でも、レギン中尉の話を聞いて少し思うことができた。
確か、"一人の殺害は犯罪者を生み、百万の殺害は英雄を生む"……だったかな。
前世の世界で誰かが言ったその言葉。
殺し尽くした果てに唯の人殺しと言われるのか、英雄と呼ばれるようになるのか、あるいは、悪魔とでも呼ばれるようになるのか、それは私にもわからない。
でも、そう呼ばれるようになった時、私はきっと心を保つことは出来ていないだろう。
"王権"と"スルト"という英雄にも悪魔になれる力はあっても、私にはそれに耐えれる精神がないのだから。
私は死にたくない。人を殺したくない。
戦場で殆ど心の奥底に葬ったけど、それでも前世の世界で培った普通の倫理観が私の良心として働きかけてくる。
その感性があるからこそ、今すぐ一方的に星の全生命を虐殺出来る力を持ち、簡単に戦争を終わらせることができるのに、私は未だ"スルト"の力を使う選択を決断することが出来ていない。
"スルト"の力を使ってしまえば、きっと、この夢の世界の破壊した残骸と殺した人たちの屍の山は星のように大きくなってしまうから。
"スルト"の力とアースガルズの王家の血は特別なものだ。
この両者を揃えてしまえば、少なくともこの星、いや星系、あるいはこの銀河において敵はいなくなる。
だからこそ、皆が私達を求めて奪いにやって来る。
でも、奪われることはないだろう。
私の血は最強で、"スルト"の力は最強だ。
戦いにもならず一方的に敵を蹂躙し続けて、やがて敵がいなくなるその日まで、私と"スルト"が負ける日は来ないだろう。
でも、私は怖いんだ。
私はただ平穏な世界で少し贅沢で欲望的な生活を送りたいだけのしょうもない人間だ。
王にも、英雄にも、神にもなりたい訳じゃない。
一生普通に遊んで暮らせるくらいのお金を手に入れて、可能なら可愛い女の子お近づきになれる存在になりたいのだ。
だから、私の生き方はこれからも変わらないと思う。
心の平穏を保つ為に、結局"スルト"の力は使わずに、中途半端にバレないように力を使って富国強兵()の足音に怯えながら戦い続けると思う。
二人を殺した仇のいた国を、私は滅ぼせるのに滅ぼさない。そんな薄情な私を死んだ二人はきっと許してはくれないだろう。
私はそれを受け入れる。全部全部私が悪いのだから。
でも、もしもいつか、戦争が終わったら——
私が二人の分も戦い続けてミズガル王国を守り通すことができたなら——
その時はどうか、ほんの少しでいいから私のことを許してほしい。
意識が覚醒する。
そこには、相変わらずの強面のレギン隊長の顔があった。
「目が覚めたかフリッカ・アース。気分はどうだ?」
……なんだかとても長い夢を見ていた気がする。
酔い潰れて、いつもの夢を見て、あとは……まあ、いっか。
「ん。大丈夫です。問題ありません」
「そうか。では、今日も我々は基地で待機。そして、ムスペル帝国軍が警戒空域に侵入して来た場合には、これを撃滅に向かう。しっかり備えておけ!」
「了解です、隊長」
私は、戦い続けることを選んだ。
もうすぐ徴兵されてから三年になる。
戦争はまだ終わらない。
でも、このまま敵を倒し続ければ、いつかきっと戦争は終わるだろう。
二人の分も、私はこの国を守り続ける。
もしもの時は、"スルト"の力を使ってでも、私が必ずこの国を守ってみせるから。
「王国に仇をなす敵は、必ず一人残らず殲滅してみせます」
もう覚悟は決めた。
この決意に後悔はない。
これからも私は、鎧兵器に乗って戦い続ける。
私の名前はフリッカ・アース。
本名はフリッカ・アグナル・アースガルズ。
ミズガル王国の敵を討ち滅ぼす"英雄"だ。
——序章、完——
これにて序章は完結です!
そして、物語はいよいよ本編へ!
ミズガル王国に迫る新たな脅威。
覚悟を決めたフリッカは、血が持つ起動権によって帝国に身柄を狙われている王国の姫に出会う。
運命に翻弄される姫を見たフリッカは果たして何を思うのか……
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