第12話 英雄になった日


 どれほどお酒を飲んで泥酔しても、私が見る夢はいつもと何も変わらない。


 夢の世界はいつも、暗く、冷たい景色が広がっている。


 今日もまた、私は夢の世界へと招かれた。


 私が破壊した鎧兵器や艦艇の残骸が山となって大地を覆っている。


 山の下からは死んだ人たちの怨嗟の声が聞こえてくる。


 私が殺したことで、家族や友人、恋人といった大切な人に会えなくなったムスペル帝国の軍人達の憎しみの声だろう。


 でも、それは仕方がないことだと割り切る。


 この残酷な世界で生きていくには、奪う側でいなければならない。そうでなければ、私の方が自分の命も大切なものも全部奪われてしまうからだ。


「今日も待っていてくれたんだね。イルザ、シュルド」


 でも、どうしてもまだ割り切れていないこともある。

 

 いつも屍の山の頂上で、私のことを待っていてくれている友達だった二人の姿を見る度に、私はあの日のことを思い出す。

 

 あの日、初めて私が引き金を引いた日。そして、同時に引き金を引かない——力があると知りながら力を使わない選択をした日のこと。


 私が二人を見殺しにする選択をした日のことを、私は今でも後悔し、こうして引きずっている。


「ずっと一緒にいようね二人とも。大丈夫、ミズガル王国は二人の分まで私が必ず守ってみせるから」


 私はいつまでも忘れない。

 あの日、私が犯した罪のことを。











『帝国の尖兵フルングニル伯爵撃破!!ムスペル帝国軍は一時撤退!原因は敵無人鎧兵器の暴走か?』


 その吉報は、戦果としてすぐさまミズガル王国中に知れ渡った。


 王国中の人々が各地で大きな歓声を上げた。


 世界最高の軍事力を誇るムスペル帝国の十三家門の一角を討ち取ったのだ。並の軍事力しか持っていないミズガル王国からしてみれば、とんでもない大戦果だった。


 でも、そんな戦果報告を聞いても私の心は曇ったままだ。


 どんな戦果を上げたって、イルザとシュルドの二人は帰ってこないのだから。


「英霊達に最後の別れを!」


 戦果を祝う式典が開かれることになった。


 式典が行われる広場は人で溢れ、勝利を祝う声が空を埋め尽くしていた。


「見て!あの子が"英雄"フリッカ・アースよ。今回の戦果で一気に少尉に出世ですって!」


「それにしても、グウィディオン家の御子息は残念だったな。兄君が王の騎士に選ばれたから、弟の彼も王族の護衛騎士に抜擢されるという話だったのに……」


「ケリドウェン家のイルザ嬢もだ。ケリドウェン提督はさぞ悲しんでおられるだろう……」


 戦場から帰還した私は、現在式典に参列している。


 国を上げての大々的な戦果と、その戦果を挙げて戦死したイルザとシュルドのことを讃える式典だ。


 この式典で私は勲章を貰って"英雄"になった。


 最大の勝因は敵の無人鎧兵器の暴走によるものと誤魔化して報告したけど、それでも奇跡を起こした存在として"英雄"になった。


 ただ、死んだ二人を弔う式典の方はただの形式に過ぎない仮初めのものだ。


 戦場から回収された鎧兵器の残骸に、二人の遺体は残っていなかったからだ。

 

 二人の遺体は、乗っていた鎧兵器の爆発で跡形も無く消し飛んでいたそうだ。


 あるのは花束に囲まれた空の棺が二つだけ。

 

 二人の姿はどこにもなかった。


「どうしてだよ、イルザ、シュルド……」

 

 私の隣で泣いているフギンが震える声を絞り出す。


「なあ、本当にイルザとシュルドは死んだのか……?」


 あの日、操縦席で意識を失っていたフギンは全てが終わってから目を覚ました。


 私が一人でムスペル帝国軍を全滅させ、フルングニル伯爵を討伐し終えた後。


 遅すぎる味方の援軍が到着した頃にようやくフギンは目を覚ました。


 フギンからすると驚きの連続だっただろう。  


 いつのまにか仲間だったイルザとシュルドが既に死んでいて、いつのまにか"奇跡的に生き残って英雄"になっていたのだから。


 そう簡単に受け入れられるはずがない。


 でも、フギンの疑問に、私は何度も同じ答えを返していた。


「そうだよ」

 

 私は二人の死を肯定する。


 そんな私の答えに、フギンはまた信じられないという表情を浮かべた。


 そして、私の肩にその溢れんばかりの筋肉が誇るとんでもなく強い力で掴みかかってきた。


「嘘だ!!あいつらが死ぬはずがねえ!これは夢だ!全部!全部!きっと、夢……」


 フギンの声は絶望に満ちていた。こちらを覗きこんでくる目は、違う答えを懇願するような目だった。


「これは夢だ……そうだろフリッカ!!」


 肩を掴む手の力がさらに強まっていく。

 骨にヒビが入ったんじゃないかと思う程に痛い。

 

 でも、今回だけは甘んじてその痛みを受け入れよう。

 

 だって、二人が死んだのは私のせいだから。


 これは、私が背負うべき罪なのだから。


「フギン」


 私は彼に向かって静かに言った。

 彼は私の目を見つめ返す。その瞳は悲しみに濡れていた。


 私はフギンを前に進ませる為に、もう一度、辛く残酷な真実をせめてできるだけ優しい声で告げた。


「二人は戦死したんだよ。もう、班のメンバーは私とフギンの二人だけ。国の為に戦った二人は英霊となって天に召されたんだ」


 その言葉に、フギンは呆然と固まった。


「フギン。君は何も悪くない。初の実戦で気を失う兵士の話なんてよくある話だ。悪いのは、この国を侵略しに来て二人を殺したムスペル帝国軍だ」




「そして、何より、私は二人を守れなかった。だから、フギンは何も悪くない」




「悪いのは、全部私だから」


 ちゃんと言えた。

 言い切ることができた。


 フギンが愕然とした表情でこちらを見ていた気がするけど、気にしないでおこう。


 これから、この国で最も偉大な国王陛下の演説が始まる。


 この演説は、しっかりと聞かないといけない。


 だから、一旦全部忘れよう。


『続きまして、国王陛下より……』


 それからのことはよく覚えていない。


 勲章とか花束を貰った気もするし、有難いお言葉をもらった気もする。


 でも、喪失感で一杯だった私は、ただただ空虚にその時間を過ごしただけだった。







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次回で序章は最終回です。

そして、いよいよ本編始動します!

時間があったら近況ノートに設定とか裏話とか書いていこうと思うので、こちらもよろしくお願いします!




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