第10話 引き金を引いた日
「ようやく3匹目か。今回のは中々しぶといな」
三十機程の有人鎧兵器"エインヘリヤル"に守られた、一際巨大で特徴的な姿をしている鎧兵器"ティルヴィング"。
ムスペル帝国十三家門が一つ。フルングニル伯爵家当主アロガンツ・フルングニルが乗る特殊な鎧兵器だ。
「不甲斐ない。よもや、ミズガルの弱兵相手にここまで手こずるとは……」
世界最強の軍事大国ムスペル帝国。
世界で唯一鎧兵器の生産が可能な兵器生産プラントの遺跡の起動に成功した国であり、古代文明の兵器を自国で生産出来るというアドバンテージによって他国とは隔絶した力を持つ超大国だ。
そんなムスペル帝国には、皇族に次ぐ影響力を持っている帝国十三家門と呼ばれている貴族達がいる。
ムスペル帝国建国当初から仕え続けている諸侯たち。アウルゲルミル公爵家と十二の伯爵家だ。
アロガンツが当主をしているフルングニル家もまた、その十三家門の内の一家である。
「他の諸侯が介入して来る前に、何としても我がフルングニル家でミズガルを制圧し回収任務を果たさねばならん。遊びはもう終わりだ」
アロガンツは現在、ムスペル皇帝の命により、ミズガル王国侵攻軍を任されていた。
だが、侵攻は順調——とはいかず、ミズガル王国領土の三割を奪ったまではよかったが、その後はミズガル王国軍の頑強に構築された防衛線に阻まれ、戦況は膠着状態に陥ってしまっていた。
増え続ける帝国側の損害。まるで増えない戦果。それらを受けての皇帝からの叱咤激励によるストレスはかなりのものだ。
こうした心労に悩まされていたアロガンツはついにストレスの限界を迎え、指揮官でありながら自ら戦場に出向き戦争に決着をつけることを選択したのだった。
「今度こそ仕留めよ、"ティルヴィング"」
アロガンツの乗るフルングニル家所有の鎧兵器"ティルヴィング"。
鎧兵器の動力源となる『恒星の炉心』を計五つ搭載し、『必中魔力砲』という特殊な武装を持つ最高位の鎧兵器だ。
「『
狙った対象に命中するまで追撃し続けるという特殊な魔力砲撃を可能とする絶殺の砲撃武装『必中魔力砲』——その能力は、射程という概念が存在せず、一度観測し、狙ってしまえば永遠に敵を追尾し続けるという回避不可能な必中の砲撃。
これをどうにかするには、砲撃が命中する前提で、防御壁による防御か、砲撃と同等以上の火力によって砲撃を無効化しなければならない。
ただし、古代兵器の七割の性能を引き出せるレベル七の起動権によって起動された、五つ分の『恒星の炉心』によって生み出された火力に匹敵、あるいは凌駕する出力が必要不可欠となる。
他国にとっては観測された瞬間終わりが確定する力。一騎当千。そう呼んでも過言ではない超兵器だ。
対処出来るとしたら、それは、同じ十三家門所有の特殊型の鎧兵器、あるいはムスペル帝国の皇族達が所有する特殊型の鎧兵器ぐらいだろう。
当然、伯爵もミズガル王国軍にはこの一撃は防げまいと考えていた。
「『五重炉』最大出力。敵鎧兵器へと照準固定完了。我が"ティルヴィング"の力にひれ伏せ。愚かなるミズガル人達よ」
アロガンツの胸元にかけられた、血のように紅い宝石が輝き、鎧兵器に力を与える。
十三家門の貴族達にのみ与えられた、皇帝の血で作られた魔道具。
レベル七の起動権を与える"血の触媒"だ。
レベル七の起動権は、古代人の血が薄まった現生人類の中では最高位の起動権になっている。
古代文明の遺産の七割の力を引き出す起動権を持ち主に与える帝国の秘宝の輝きによって、鎧兵器"ティルヴィング"はその恐ろしき破壊の力を解き放とうとしていた。
……まあ、偶然にも、伯爵がちょうど仕留め損ねた鎧兵器の中に、伯爵の鎧兵器を超える出力まで鎧兵器の性能を引き上げられる起動権を持つ人間が乗っていたのだが、当然、伯爵には知るよしもなかった。
『ふ、フルングニル伯爵!た、大変です!!』
その時だった。フルングニル伯爵の所に、部下の機体から慌てふためいた声で通信があった。
「どうした、何があった」
『そ、それが……』
この時はまだ、どうせ大した事ではないだろうと考えていた。
だが、次の瞬間、フルングニル伯爵は前代未聞の事態に驚愕することになる。
『む、無人鎧兵器"ヴァルキューレ"が……残存機五十機全て暴走しました!突如味方機に向けて攻撃してきま——』
そこで、通信は途絶えた。
そして、"ティルヴィング"を護衛していた配下の鎧兵器達が次々と爆散した。
爆散の原因は、ムスペル帝国軍が投入した無人鎧兵器"ヴァルキューレ"による味方機への砲撃だった。
「!?馬鹿な!!そのようなことあり得るはずがない!皇帝陛下の"血の触媒"で起動した"ヴァルキューレ"だぞ!!」
投入した無人鎧兵器全てが一斉に暴走。
自国の有人機と無人機による同士討ちが発生したのだ。
それも、レベル七の起動権で力を引き出された優れた性能を発揮するはずの鎧兵器がだ。普通はありえないことだ。
だが、事態はさらにあり得ない事態に陥った。
"ティルヴィング"の操縦席に魔力砲の高エネルギー反応を知らせる警報が鳴り響いたのだ。
「前方から高エネルギー反応?……馬鹿な!この"ティルヴィング"の出力を上回るだと!?」
それは、青く輝く光の奔流だった。
魔力砲の光は通常赤く輝く。
だが、今回の青い魔力の光は一直線にこちらへと迫り、"ティルヴィング"の眼前で枝分かれするように拡散し、そして——"ティルヴィング"を守っていた残り全ての鎧兵器を跡形もなく破壊した。
青く輝く魔力砲の発射地点。
そこには、これまた一際青く眩い輝きに包まれた、幾何学的な紋様の光輪を展開する一機の鎧兵器が空中に佇んでいた。
シュルドが死んだ。
私を庇ったせいで死んだ。
私のせいでまた大切な人が死んだ。
『今でしたら、一切の目を気にすることなく本気を出せますよ。フリッカ様』
呆然としていた私を現実へと引き戻す"スルト"からの無情な言葉。
けれど、現在の状況からして、最善な言葉ではあった。
周りの目を気にしなくてよくなった。
それ即ち、私の本来の起動権を使ってもバレる恐れがないということ。
勿論、バレない為には目撃者となる敵を皆殺しにしないといけない。
人を殺さないといけない。
でも、今ならきっと引き金を引ける。
敵を殺せる。
そんな気がした。
……ようやく覚悟が決まったからか頭がとてもすっきりする。
何かとても重い枷が外れたような、そんな感じだ。
今の私なら、きっと、何でもできる気がする。
「スルト、敵の全ての無人鎧兵器に接続して」
『かしこまりました。敵"ヴァルキューレ"全機に接続。下僕達にご命令をフリッカ様』
「うん。アースガルズ王家の末裔フリッカ・アグナル・アースガルズの名において、これより
「
すると、それまでこちらを攻撃してきていた無人鎧兵器達が一斉に攻撃を停止した。
"スルト"本体を介して、全ての無人鎧兵器達に私の命令が伝わった証拠だ。
そして、無人鎧兵器達は王権による最優先の命令を新たに実行に移す。
全機一斉に攻撃目標を変更し、
かなり高い起動権で起動されているようだけど、所詮私の持つ"王権"には遠く及ばない。
起動している無人の兵器は、"スルト"を介していつでも私が最優先で命令を書き換えることが可能だ。
もう、敵が投入した無人鎧兵器は全て私の
「さて、そろそろこっちも……」
私の乗るエインヘリヤルの出力も上げておこう。
"スルト"本体だと、破壊力が強すぎてすぐに終わってしまう。
それじゃあダメだ。
二人の仇は、じっくりとこの上なく絶望させてから殺さないとね。
「起きろ、"エインヘリヤル"」
私は"エインヘリヤル"に呼びかけた。
こんな声が出るんだと自分で思うほど、底冷えするような声が出た。
小さな星の中で"お遊び"をしていた鎧兵器に、本来の使命を果たさせる命令を与える。
『"王権"による命令を受諾。『恒星の炉心』の活性化を確認。これにより『
例え量産機といえど、お前は、宇宙にも旅立てない文明相手に戦う為の兵器じゃないだろう?
お前は、星を超え、星系を超え、宇宙へと拡大した星間文明との戦争の為の兵器だ。
もっと私に力を見せろ。
すると、"エインヘリヤル"は膨大な魔力の輝きをもって応えてくれた。
『これより、当機を"内惑星戦闘形態"から"星間戦闘形態"へと移行。これに伴い、星間戦闘有人鎧兵器"エインヘリヤル"の出力制限及び全武装の封印を解除します』
"エインヘリヤル"が青く輝き眩い光に包まれる。
その魔力の輝きは、とても神々しく、それでいてとても力強く感じた。
これで準備は整った。
改めて敵の方を見てみる。
無人鎧兵器の大軍に押されながらも、まだ、何機か健在な機体が存在している。
邪魔だ。
「無人鎧兵器が殺し損ねた生き残りがいるね。仇の"ティルヴィング"は私が直接じっくり殺るから、先に残りを一気に殲滅しようか。砲撃武装展開」
『承認。これより目標の殲滅を実行します』
"エインヘリヤル"が機体から溢れ出る膨大な青く輝く魔力がさらに力強く発光し、神々しい幾何学的な紋様の光輪を展開した。
この世界の神話では確か、青く輝く魔力の光は"アースガルズの輝き"とか大層な名前で呼ばれていたはずだ。
この輝きは、炉心を活性化させ、『星系の炉心』の起動によって星間戦闘形態になれた鎧兵器にだけ見られる特徴だ。
活性化に必要な起動権はレベル八。
純血の古代アースガルズ人が持っていた起動権と同等の起動権が必要になる。
「『星系の炉心』出力上昇。砲撃武装展開。拡散殲滅魔力砲を選択。エネルギー装填」
『承認。エネルギーを装填しました。拡散殲滅魔力砲を発射します』
"エインヘリヤル"の手に、とても物騒な巨大な魔力砲が顕現する。
その物騒な武器を見て、ふと、何故か自然と顔から笑みが溢れた。
どうやら、私は少し……いや、かなりおかしくなってしまったのかもしれない。
だって、あんなに重く、怖かった人を殺す引き金が、今はとっても軽く甘美なものに感じてしまうのだから。
「撃て」
私は、ようやく仇を討てることに涙を浮かべながら、心の底から
そして、この日、望んで初めての人を殺す引き金を引いた。
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