第9話 覚悟
機体の出力を上昇させて、敵の鎧兵器の下へと向かう。
いつもは無音の飛行だけど、今回は轟音を響かせるスラスターも噴射させて加速を続けている。
生き残ったのは私とシュルドとフギンの三人だけ。
全員まだ実戦を経験していない新兵だ。
それに、現在二人は混乱していて完全に使い物にならない。
「こうなったら、私だけでなんとかする!」
瞬間的な加速を得る為にスラスターを噴射して、速度をさらに上昇させる。
『前方より敵鎧兵器接近。数およそ五十。無人鎧兵器"ヴァルキューレ"です』
「最悪……他にも敵がいるなんて」
どうやら狙撃している鎧兵器を守っていた敵の鎧兵器がいたようで、彼らの放つ攻撃もかわしながら、私は狙撃してくる敵鎧兵器に接近しなければならなかった。
「……!突っ込むよ!前方に
『防御壁を展開します』
前方にエネルギーを集中させて展開した防御壁が展開される。
『砲撃の防御に成功。そのまま防御壁で押し潰して突破します』
魔力の砲撃を受け止め、防御壁を展開したまま前方を塞ぐ"ヴァルキューレ"へと衝突。これを無理矢理押し潰してどうにか敵の攻撃をかいくぐり、目標の鎧兵器を射程内に入れることに成功した。
『敵鎧兵器射程内に入りました』
映像に映し出された敵の鎧兵器に照準を合わせる。そして、手に汗握る緊張の中、私はついに引き金に指をかけた。
「あれが、イルザを殺した機体……!」
照準の先には、敵の中でも一際巨大な鎧兵器の姿か映っている。
通常の鎧兵器より遥かに大きい。十八メートル程の大きさがある私の"エインヘリヤル"の倍はある大きさに加え、巨大な大砲のような物装備している豪華な意匠の姿から、明らかに敵の偉い階級の人間が乗っていることがわかる。
「……!砲撃武装展開!!」
『照準固定します』
敵に照準が合わさった。
これで、あとは引き金を引くだけ。
軍学校で何度もやった通りに打つだけだ。
ただし、今回は模擬戦用の弾じゃない。
敵を殺す出力で撃たないといけなかった。
人間を殺す覚悟が必要だった。
「なんで……」
ガタガタと手が震えて引き金を引けない。
生まれて初めて人を殺す。
それを意識した瞬間突然指が動かなくなった。
本当に醜い話だ。私はまだ、自分の手を汚すことを恐れてしまったんだ。
目の前にイルザの仇がいるのに、私はすぐに引き金を引けなかった。
前世の平和な世界で生きた感性が、理性が、引き金を引くことを"良し"としなかった。
そして、刹那の葛藤の末、私は決断を下すことができなかった。
『"スルト"より提言。現在のフリッカ様の精神状態では攻撃の実行が困難と思われます。よって、"スルト"本体による自律攻撃を推奨します』
すぐさま、スルトから新たな提案があった。
私の手を汚さないで済む方法があるらしい。
醜い私は、すぐにその提案に乗ろうとした。
「そうすれば、イルザの仇を討てる?」
『可能です。ただし、本体が戦闘行動を行った場合には、本体が発するエネルギーによって"銀河間護衛戦闘鎧兵器スルト"の存在が世界中に露見します』
『そして、世界中が"スルト"本体と"スルト"の封印を解いた存在——フリッカ様を血眼で探しはじめるでしょう。そうなれば、フリッカ様の目指す"平穏"はとても難しいものになると思われます』
突きつけられた選択は、どうしようもなく難しいものだった。
今後の未来をも左右するその選択に、すぐに答えを出すことができなかった。
そして、悩み葛藤してしまった私は、戦場で命取りとなる致命的な隙を生んでしまった。
『敵鎧兵器"ティルヴィング"より高エネルギー反応。『必中魔力砲』による砲撃がきます』
そのとき、敵の魔力砲が私の鎧兵器に迫ってきた。赤く輝く破壊の兆しに、私の意識は現実に引き戻された。
「あ……」
『起動権の不足により現時点では防御壁へのエネルギー供給が間に合いません。フリッカ様を保護する為、操縦席を除く"エインヘリヤル"の全部位を放棄。"スルト"本体の強制顕現により周囲の安全確保を開始します』
操縦席に投影された映像が、赤一色に染まる。
眩しく、恐ろしい魔力砲の光。
"王権"というチートレベルの起動権を持っているから無事で済むことはわかっている。
それでも、一瞬、死を覚悟してしまう程の恐ろしい瞬間だった。
『フリッカァァァァ!!』
その時、通信から置いていったはずのシュルドの声が聞こえた気がした。
シュルド・グウィディオンという一人の見習いの兵士がいた。
まだ階級はない。
彼の実家のグウィディオン家は騎士の家系で、親兄弟は皆ミズガル王国の王家の護衛に就いている。
特に、シュルドの兄は優秀で、国王の専属護衛騎士に選抜された国有数の実力者だった。
シュルドはそんな兄に憧れて、いつか王族の護衛を務めることを夢見ていた。
男の子なら誰もが憧れるお姫様。この国に二人いる隔絶した美しさを持つ二人の王女。
特にシュルドは第二王女のディース姫のことが好きだった。
そんなお姫様とお近づきになりたいというちょっとした可愛らしい野望を抱き、シュルドは必死に騎士になれるようにと努力していた。
ところが、騎士になる為に入学した軍学校で、シュルドはお姫様以上の運命に出会った。
『転入生を紹介しよう。鎧兵器の操縦者候補のフリッカ・アースだ。田舎の平民出身だが、彼女の父親はかつて軍の鎧兵器部隊のエースであり、その血を継いで優秀な素質と起動権を引き継いでいる。皆、新たな戦友となる者に挨拶してやれ』
「初めまして。私の名前はフリッカ・アースです。みなさん、よろしくお願いします」
軍学校で出会った銀色の女神のような一人の少女。
その少女は、いつか騎士となって護りたいと思っていた王国のお姫様達に匹敵、いや、凌駕しているかもしれないと思ってしまう程に整った容姿をしていた。
そして、フリッカ・アースという名の少女?との出会いが、シュルドに新たな、そして、確固たる目標を与えた。
——僕は彼女の隣に立ちたい。彼女を守る
思春期の少年の、ちょっと邪な、でもそれ以上に純粋な想いが決まった瞬間だった。
幸運なことにシュルドはフリッカと同じ班になれた。
王国の名家ケリドウェン家の令嬢のイルザ・ケリドウェン。
筋肉が動いていると錯覚するほどの脳筋フギン・マクロイ。
そして、徴兵されて軍学校に編入して来たフリッカ・アース。
シュルドを加えたこの四人の班のメンバーは軍学校でその殆どの時間を一緒に過ごした。
軍学校での生活は、シュルドにとっては最高の一時だった。
フリッカはTS転生者ゆえに人間関係や距離間がかなり特殊だった。
だから、フリッカは、イルザ以外の女子達より話やすいからと、よく波長が合うシュルドと一緒にいることが多かったのだ。
その間、シュルドはずっと幸福で満たされていた。
考えてみてほしい。ただでさえ、女子が少ない軍学校で思春期の男の子に、波長が合う男心を完全に理解してくれる絶世の銀髪の美少女がよく笑顔で話しかけてきてくれるのだ。
最早勝ち組を超えた何かだろう。
シュルドは
羨まけしからんとフギンを始めとするフリッカに好意を寄せる男達に闇打ちされながらも、シュルドは徐々にフリッカとの仲を深めていった。
おそらく、異性の親友ぐらいまでは仲良くなっていた。
でも、シュルドが本当に望むさらにその先にはまだ、踏み出すことができずにいた。
そして、踏み止まったまま軍学校での時間は終わってしまった。
「フリッカァァァァ!!」
シュルドが正気を取り戻したのは、フリッカが一人ムスペル帝国軍の方へと向かい、機体の姿がギリギリ見えるかといった時だった。
同じく正気を失っていたフギンは、既に気絶して意識を消失し、乗っていた機体は制御を失い落下していた。
正気を取り戻した後、事態を把握したシュルドは、すぐにフリッカの後を追った。
途中で無人鎧兵器の"ヴァルキューレ"の大群に遭遇したが、死力を尽くして奇跡的に突破することに成功した。
そして、これ以上ない
フリッカの機体に迫る魔力砲の光。
フリッカの秘密を知らない者が目にすれば、フリッカの死が避けられないと考えてしまう絶対絶命の状況。
大好きな少女の命が危ない。
事態を把握したシュルドの判断は早かった。
とっくに覚悟は決まっていた。
自らの機体を極限まで加速させ、フリッカの機体に迫る魔力砲へと突貫させた。
——ああ……よかった。間に合った。
フリッカの機体の前に出たシュルドの機体は、フリッカの機体を庇うように手を広げた。
——僕の人生ここまでかあ……
投影されたカメラの映像が、赤一色に眩く染まる。
自身に死をもたらす破滅の光がすぐそこまで迫っていた。
それでも、シュルドには後悔はなかった。
これで、好きな人を守れるのだから。
——さようなら、フリッカ……
シュルドの機体が魔力砲の赤く輝く極光にのみこまれる。
そして、爆発の眩い閃光と共に役目を果たしたシュルドとその機体は、跡形もなく世界から消滅した。
その身を挺してフリッカを守ろうとしたシュルドの機体の姿はまさに騎士のようだった。
最期まで、シュルド・グウィディオンは
フリッカの目の前で、フリッカに深い深い傷を残して、一人の騎士は天へと昇った。
「シュルド……」
『シュルド・グウィディオンの生命反応の消失を確認。また、フリッカ様に対する脅威の回避に成功したため"スルト"本体の顕現を一時保留……』
結局、シュルドが何もしなくてもフリッカが死ぬことはなかった。
それでもシュルドの行動には意味はあった。
『再度提言。スルト本体による自律——』
「"スルト"」
主のことを慮ったスルトの言葉をフリッカは遮った。
その声からは感情を伺うことはできない。
あらゆる感情を押し殺したような無機質な声だった。
ただ、フリッカの雰囲気はそれまでとは一変していた。
もう、身体に震えもなかった。迷いに揺れていた瞳には強い意志が宿っていた。
「二人の仇は私が直接取るから」
『かしこまりました。それでは——』
「うん。アースガルズ王家の末裔、フリッカ・アグナル・アースガルズの名において命じる——」
フリッカにもう迷いはない。
大切な存在を二人も失ってから、ようやくフリッカの覚悟は決まった。
憎悪という感情に身を任せて、平和な感性と理性を葬り去り、そして、引き金に手をかけた。
「
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