第8話 別れ



 イルザと初めて会ったのは、軍学校の寮の部屋に案内された時だった。


「初めまして!私はイルザ・ケリドウェン!ここでは身分とか気にしないでイルザって呼んでね!」


 そう言って、グイグイと距離を詰めてきたイルザと互いに自己紹介をして、あっという間に私達は仲良くなった。


 TS転生者の私は、元が男だったからかあんまり女子の会話には馴染めなかった。


 でも、コミュ力の高いイルザは、そんな私とも仲良くしてくれた。


 同じ部屋だったから、寝る時によく抱き枕にされたりもした。

 

 イルザの抱き枕になっている時はとてもドキドキしたし、彼女の正直温もりと女の子の柔らかな感触に包まれていた間はとても役得だと思っていた。


 私がイルザのことをどう思っていたのかをはっきりと言葉にするのは難しい。


 今の私は身体は女でも、心は男だ……と思う。もう前世と今世の自分が入り混じってそういう性の境界はかなり曖昧になってきている。


 だから、イルザのことを同性の友達としてなのか、異性の友達としてなのか、あるいは好きな人としてなのか、どう思っていたのか正直私でもよくわかっていない。


 それでも、はっきりしていることがある。


 イルザと話すのはとても楽しかった。

 一緒にご飯を食べたり、一緒に寝たり……一緒に過ごした時間はとても幸せな時間だった。


 私はイルザのことが大好きだった。


 明るくて、よく一緒にいてくれて、でも、いざという時には頼りになるイルザのことが私はとっても大好きだった。










 そんなイルザともう会えなくなるなんて、私はとても耐えられなかった。










「イルザはどこ!今すぐ探して、スルト!」


 イルザの機体が見つからない。

 私は全力でイルザを探すように"スルト"に命令した。


『かしこまりました。索敵範囲は?』


「探せるところ全部!」


『承認。起動権の制限を一時的に解除。索敵範囲を拡大します』


 あっという間に索敵範囲が拡大する。

 それまで索敵範囲外だった敵の座標が、次々と操縦席に表示されていく。

 やがて、"スルト"が見つけたのか操縦席に映像を映し出した。


『イルザ・ケリドウェンの乗機を確認しました。生命反応は確認できません……敵鎧兵器を確認しました。非量産型の特殊型鎧兵器"ティルヴィング"です』


 映像は二つ。

 一つは、巨大な大砲のようなものを装備した黒く大きな鎧兵器の映像。

 私達を攻撃したと思われる敵の姿。



 そして、もう一つは撃墜された鎧兵器の残骸と、イルザの生命反応が消失していることを示す情報の羅列だった。


『先程の攻撃は『必中魔力砲』搭載鎧兵器"ティルヴィング"による超遠距離狙撃と断定。敵鎧兵器との距離を考慮した結果、捕捉にはレベル七——"エインヘリヤル"のおよそ七割以上の性能を引き出す起動権が必要でした。よって、起動権が不足していた犠牲者の二人では索敵は不可能だったと考えられます』


「……ねえ、スルト。もしも、私が起動権を……王権を使っていたらどうだったの?」


『敵の索敵、砲撃の防御、どちらも可能でした。ただし、フリッカ様の起動権がレベル七以上であることが露見した確率はかなり高く、"王権"を所持していることが露見する可能性も充分にあり得たでしょう』






『フリッカ様の望む"平穏な暮らし"を目指すならば、今回の起動権を秘匿した判断は間違っていなかったと思います』






「……そっか、じゃあ仕方ないね」

 

 そんなはずはない。

 私が最初から出し惜しみなんてしていなければ、イルザの鎧兵器も私が本来の性能を引き出して上げていれば、イルザは死ななくて済んだはずだ。


 私が自己保身の為に見殺しにしたんだ。


 イルザが死んだのは私のせいだ。


「……!シュルド!フギン!」


『う、うわああああ』


 二人がまだ無事か確認する。

 

 もう残っているのは私たち三人だけだ。

 

 これ以上死者を出す訳にはいかない。

 

 すると、通信からはシュルドの叫び声が聞こえてくる。


 完全に恐慌状態だ。


『あ……ああ……』


 逆に、フギンの方は茫然自失になっていると考えられる。

 

 普段のうるさいフギンからは考えられない程に静かだ。時折り漏れる微かな声が聞こえるぐらいで全く反応がない。

 

 初めての戦場だ。

 

 その上、突然襲撃された上に頼りになるはずの上官と同じ班のメンバーが殺されてしまったのだ。


 おかしくなっても仕方がない。

 

 私もスルトという絶対的な力に保護されている状態でなければとっくにおかしくなっていただろう。


 いや、少しだけ私もおかしくなっていたかもしれない。


 イルザを殺されたことで私は、大分頭に血が昇っていた。


「仕方ない。こうなったら私一人でなんとかする。"スルト"!イルザの仇を取りにいくよ!」


『承知しました』


 私は戦えないと判断した二人を置いて、一人でイルザの仇を討ちに行くことを決めた。


 殺意が溢れてくる。視野が狭まっているのを感じる。


 でも、その感覚を無視して機体の進む方向を変えた。


『第二射きます』


 その時、こちらを狙って敵の魔力砲が飛んできた。


「回避して!」


『回避行動に移ります』


 避けるために回避行動をとる。

 でも、魔力の光線は鬱陶しい程にしつこくこちらを追尾してくる。


「ああもう!なんで光学兵器ビームの癖に曲がって追尾してくるの!」


『鎧兵器"ティルヴィング"が搭載している『必中魔力砲』は魔力を用いた追尾砲撃です。一度照準を合わせた対象に当たるまで、永遠に対象を追尾し続けます』


 遥か遠くで一瞬赤光が輝くと、こちらを追尾してくる魔力の光線がさらに複数迫ってくる。私を殺すまで永遠に追って来るようだ。


『"スルト"より提言。対処には端末型攻撃武装ブリューナクの展開が最適です。同装備の砲撃で相殺すれば、追尾は終わります』


「それ使ったら私の起動権がバレるでしょう!却下!」


『かしこまりました。では、防御壁で対応します。ただし、現在の出力ですと防ぐのは三発までが限界です』


「……!防御壁展開」


『防御壁展開。防御に成功しました』


 なんとか防ぐことができた。

 でも、このままだとやられる。


 起動権の問題を考えなければ打開できる方法はいくつもある。


 そのうちの一つが端末型攻撃武装ブリューナク

 いわゆるビット兵器。

 全部で十二機搭載されているその力は強力だが、使うにはレベル八以上の起動権が必要とされている武器だ。

 

 使ったら一発で私が起動権を誤魔化していたことがバレる。

 

 恐慌状態になっているとはいえ、まだフギンとシュルドに見られる距離だ。

 

 迂闊に鎧兵器の性能は上げられない。


 ……二人に私に特別な力があることがバレるのが怖い。


 イルザを助けられた力があったのに、私がその力を使わずにイルザを見殺しにしたことがバレるのが怖くてたまらなかったのだ。


「スルト!二人の鎧兵器に見られずに済む距離まで後どれくらい?」


「後三十秒ほどです。もう少し出力を上げた場合二十秒程に短縮できます」


「わかった。出力だけなら……大丈夫。"スルト"!」


『"王権"による命令を受諾。仮の起動権をレベル四からレベル五へと引き上げ機体出力を上昇させます』


 私は機体をさらに加速させた。

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