第5話 初陣の話


 ミズガル王国軍ケルムト前線基地。

 

 古代文明の遺跡を利用して軍事基地へと改装したその基地の敷地の周囲には、軍人達から金を落としてもらう為の歓楽街が存在し、戦いを終えた軍人や、非番の軍人達でいつも賑わっている。

 

 今日はそのうちの一つの酒場で、ムスペル帝国の貴族の首を討ち取る戦果を上げた第七鎧兵器部隊の隊員達が勝利の美酒を味わっていた。


 隊員たちは一様にハイペースで酒を飲み進める。そのため、次第に彼らのアルコールへの耐性が限界を超え始めていた。空になった杯がテーブルに軽快に置かれるたびに、彼等の会話はますます大きくなり、笑い声が空気を震わせていた。


 けれども、その陽気な雰囲気の下で少しずつ、身体に酔いが回り始めていた。


「もう無理……じぬ」


「しょの筋肉はかざりか〜私のにょんだ酒は五十三杯目だぞ〜」


 特に、酒を飲み慣れたおっさん達と違い、酒を飲み慣れていない若いフギンとフリッカはダメだった。


 調子に乗って飲み過ぎて全身に酒が回り、完全に酔って意識を飛ばして酒場の床にダウンしてしまった。

 

「……おい、バルク。二人を店から出して介抱してやれ。あと、お前もそろそろヤバそうだから、一度夜風に当たって酔いを覚ましてこい」


「了解れふ隊長殿〜」


 二人の様子を見兼ねた部隊長のレギンが、ダウンした二人の次に若いバルクに二人の介抱を命じる。

 その命令に従って、バルクは二人を店の外へと運んだ。






 夜風に当たってバルクは煙草を吸って一服する。

 店の外に出して暫くするとダウンしていた二人は意識を取り戻した。だが、体調は最悪だったようだ。


 先に意識が戻ったフリッカは、そのまま近くの厠へと虹を出しに行ったきり帰ってこない。完全にゲロイン?と化していた。


 結果、店の外に残されたのはバルクとフギンの二人だけ。

 隊長のレギンと酒場では元気な太ったおっさんのヘグニは今も元気に店の中でおっさん二人で飲み続けている。


「……なんとか生きてます」


「そうか。なら、暇だし少し話さねえか?」


 酔いが覚めて時間の感覚が元に戻ったバルクは暇になったからとギリギリ生きていたフギンへと話しかけた。


(酔ってる今がチャンスだ。今後からかうネタになりそうなことを色々と聞き出すとしますか!)


「そういやフギン、お前はフリッカと同期だったよな。軍学校ではどうだったんだ?」


 酔っているなら丁度いい。

 そう思ったバルクは、フギンにフリッカと出会った軍学校時代の頃の話を聞いてみることにした。


 軍学校とは、軍に配属される前に鎧兵器の操縦者達が訓練を受ける機関だ。


 そこでの生活は、軍人にとっての数少ない学生としての青春時代を過ごせた時間でもある。


 バルクは酔ったフギンからこの特に青い時期の黒歴史の一つや二つでも聞き出してやろうと考えた。


「軍学校……」


 すると、酔っていたフギンはポツリポツリと昔のことを話し始めた。


「……フリッカと一緒……俺とフリッカとイルザとシュルド……俺たちは四人で……!」


 その時だった。

 突然、フギンの様子がおかしくなった。

 ただでさえ酔って青白かった顔が真っ青になる。まるで何か嫌なことを思い出したかのように顔は苦痛に満ちた表情を見せていた。


「おい、しっかりしろフギン!たく、一体どうしちまったんだ」


 いきなり様子がおかしくなったフギンにバルクは戸惑うしかない。

 

「バカの調子はどうだ?バルク」

 

 すると、二人の様子を見に部隊の隊長のレギンがやって来た。


「それが隊長、フギンのやつ昔の話をし始めたら突然こんなになっちまったんですよ」


 バルクはフギンの様子を伝えた。

 すると、レギンは少し悲しげにフギンののことを見つめる。


「……そうか。バルク、フギンのことは暫くそっとしておいてやれ」


 レギンにはフギンがこうなった原因に思い当たることがあった。

 この時、レギンの脳裏には、フギンとフリッカが関わるミズガル王国では少し有名なとある過去の出来事がよぎっていた。


「兵士やっているならわかるだろうバルク。兵士ってのは誰しも必ず、癒えない傷を抱えているもんだ。特に、フギンとフリッカは、初陣でそれを経験することになったからな」


「……!」


 その言葉は、兵士をやっているバルクの心にも重く響いた。


「お前も知っているはずだバルク。フリッカが"英雄"と呼ばれる所以。ミズガル王国が上げた最大の戦果。ムスペル帝国十三家門の一角を打ち崩した日のことを」













 


 酔っているからだろうか。

 私は、理由もなく初めて戦場に出た日のことを思い出す。

 

 私が初陣を果たしたのは十六歳の時。

 ムスペル帝国との戦争が始まって一年半の月日が流れた頃だった。

 

 徴兵されてから訓練の為に軍学校に入学して、一通り学んでから飛び級で卒業した後だった。


 軍学校は、鎧兵器の操縦方法や操縦時や対人戦で役に立つ魔法等を学ぶところだ。

 

 貴重な人材の起動権を持つ人間を兵士として育成する為、志願した人間も徴兵された人間も等しくこの軍学校に入学することになる。


 でも、私は軍学校に入る前から(スルトを使う為に)鎧兵器の操縦技術と魔法を既にある程度磨いていたから、本来なら三年ぐらいかけて卒業する軍学校を飛び級で一年で卒業することができた。


 まあ、一刻も早く戦力を確保したいという王国軍の思惑による戦時中の特例があったこともあるけども。


 とにかく、こうして軍学校を速攻で卒業した私は、ついに意気揚々と戦場へと向かう——


「やっぱり戦場行きたくない……」


 とはいかず、いざ戦いに行くことになった私は、かなりビビり散らかしていた。

 まあ、臆病な私のことだ。

 当然こうなる。

 戦争に行く。

 そう思うと身体の震えが止まらないのだ。


「いよいよだねフリッカ!」


 そんな時だった。突然、背後から軍学校の寮で同じ部屋だった少女にぎゅっと抱きつかれた。

 

 すると、発育のいい彼女が持つ背後からの柔らかな感触に包まれて幸福に満たされたことで私の震えはピタリと止まった。


「イルザ……」


「どう?震えは止まった?」

 

 彼女の名前はイルザ。とっても可愛い金髪の美少女だ。

 

 イルザからは、女の子のめっちゃいい匂いがする。あと可愛い。スキンシップが多いけど、こうして抱きつかれると温もりを感じて心が落ち着くから私は好きだ。


「ありがとうイルザ」


「どういたしまして!」

 

 イルザはケリドウェン家という貴族の家の出身のお嬢様だ。でも、貴族ゆえの傲慢さや堅苦しさは全くなくて、明るくて話しやすいから、コミュ障の私でもすぐに仲良くなれた。


 成績も優秀で、起動権もしっかり持っている。その起動権のレベルは三——つまり、起動した遺産の三割の力を引き出せる起動権だ。


 ちなみに、私の起動権も今のところ頑張って誤魔化しているのでイルザと同じレベル三ということになっている。

 

「ん?イルザ髪型変えた?」


「そうなの〜!」


 イルザの声は弾んでいた。


「思い切って、憧れのお姫様みたいな髪型にしてみたのよ!」


 イルザはさらりと長く伸ばした髪を優しく撫でながら微笑んだ。前の髪型のツインテールも可愛らしかったけど、今の髪を解き放ったロングの髪もまたその美しさを一層引き立てている。


 イルザの碧眼と大人びた顔立ちに新しい髪型が見事に映えている。どこかの国のお姫様と言われても納得がいくほど、今のイルザは綺麗だった。


「ねえ、似合ってるかな?」


「めっちゃ似合ってるよ……!」


 私は食い入るように答えた。

 イルザは、軍学校でアイドルのような人気者だった。


 友達想いのめっちゃいい子である。

 おまけに優しくて可愛い。

 結婚したい。


 見た目だけは良いものの、他はコミュ障拗らせた陰の者の私とは正反対だ。

 

「ねえねえ!フリッカも髪伸ばそうよ。そして、私とお揃いにしよ!」


「うん、今日から伸ばすよ」 


 イルザに誘われて、私はつい宣言してしまった。

 

 今の私は伸ばしていた髪をバッサリ切り揃えたミニボブの髪型にしている。

 

 すっきりしていて動きやすいから、今の髪型は結構好きだ。でも、イルザとお揃いにする為なら喜んで髪を伸ばそう。


 お揃いの髪型……実にいい響きだ。

 TS転生で失ったものは多い。でも、こうしてイルザと仲良くなれたのはTS転生を果たして今のフリッカという少女になれたからだ。


 ……そう考えると、ほんのちょっとだけど、TS転生してよかったと思えるようになった。


 スキンシップで役得な思いもできるし、意外と悪くないかもしれない。

 

「あ、あのフリッカちゃん!この戦闘が終わったらお話しが……」


「おい!抜け駆けするんじゃねえ!」


 ……私とイルザの後ろでは、顔見知りの同じ班の男どもが仲良く騒いでいる。


 少し細めの陰のあるギリギリ許せるぐらいのイケメンのシュルドと筋肉バカのフギンだ。

 

 シュルドは、騎士の家の出身でコミュ障同士で波長が合うからかよく話すことが多い。

 

 ちなみにレベル四の起動権を持っている。

 

 これは、王族を除くとこの国では最高クラスの起動権だ。

 

 運が良いと王族の婚約者に選ばれる起動権でもあるらしい。


 フギンは……バカだ。これ以上の言葉が見つからない。初めて会った時にいきなり「結婚しよう……!」とか言い出した奴に対する表現はこれしかない。勿論結婚はしない。私はイルザと結婚するからだ。


「フリッカと結婚するのはこの俺だあ!なあ、フリッカ!」


「うるさい、死ね」


「酷い!」


「フギン……ちょっと向こうで話そうか。久しぶりにキレちまったよ……!」


 シュルドとフギンは仲がいい。いつも仲良く肩を組んで大声で盛り上がっている。


 ミズガル王国軍の鎧兵器部隊は基本四〜五人で隊を組むことが多い。そのため、軍学校の時からその人数で班が組まれている。


 組み分け方法は軍学校の成績順。


第一位 シュルド・グウィディオン

第二位 私

第三位 イルザ・ケリドウェン

第四位 フギン・マクロイ


 私達の班はその年のトップ四のメンバーで構成されている。


 だからか、今の時点でも私が十六歳で、イルザが十七歳、野朗二人が十八歳と歳も性別もバラバラだ。


 でも、私は結構この班を気に入っている。


 実際、軍学校でも私達の班の鎧兵器を使う実習での成績は一番良かった。たぶん、実戦でもある程度通用するレベルには達していると思う。


 そう考えると、今回の初の戦場デビューもなんとかなる気がしてきた。


 いざとなったら私の血統チートの力でバレない範囲で助けてあげればいい。


 本体は出せないけど、鎧兵器に接続してサポートしてくれる"スルト"の力も借りればみんなを守ることだって楽勝だろう。


 イルザのおかげで緊張が解れた私は、そんな感じで結構楽観的な考えをしていた。


 この時の私はもっと理解しておくべきだった。

 

 戦場に出るということがどういうことなのか。

 

 戦場という理不尽に満ち溢れた世界に半端な覚悟で足を踏み入れた者が、代償として何を払うのか。

 

 私はもっと考えておくべきだったんだ。

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