第6話 出撃


 鎧兵器ヤルングレイヴ

 それは、古代アースガルズ文明が生み出した鎧のような姿をした人型の兵器の名だ。


 宇宙の過酷な環境や宇宙生物や攻撃的な異星文明種族といった宇宙の脅威から古代アースガルズ人を守り、脅威となる存在そのものを排除する為に超文明の技術によって鎧兵器達は生み出された。


 今を生きる人間達は、遺跡から発掘、あるいは鎧兵器を作ることができる遺跡を起動することで鎧兵器を調達することができている。

 

 これまでに発掘された鎧兵器は主に二機種。

 汎用性の高い量産有人機の"エインヘリヤル"と量産無人機の"ヴァルキューレ"だ。


 ただ、稀にフリッカが所持している王族の為の鎧兵器である"スルト"のように固有の能力や武装を持つ特殊型の鎧兵器が発掘されることもある。


 そして、鎧兵器はレベル八以上の起動権で起動された時に、はじめてその真価が発揮される。







 ミズガル王国軍ニューグレンジ前線基地。


 ムスペル帝国軍との戦争を支えている、四つの防衛拠点の基地の一つだ。


 古代文明の遺跡を改装し基地にしているため、基地の中はSF世界の近代的な景色が広がっている。


 今回、この前線基地に集められた私達の戦場での任務は、既に奪還が完了した比較的安全な地帯での軽めの偵察任務だった。


 正直偵察よりも、どちらかというと戦場の雰囲気に慣れることが主目的の任務らしい。


 ——いきなり実戦に出して貴重な起動権を持つ人材を失う訳にはいかない。

 まずは、最前線からは少し離れた、交戦するとしても偵察部隊と遭遇する可能性があるぐらいの比較的に安全な地点で実戦の空気に少しでも早く慣れさせる。

 

 そういった王国軍の考えから、この任務が最初に与えられたのだろう。

 

「"スルト" 接続は出来てる?」


『問題ありません。本体と"エインヘリヤル"123001号機との接続完了済みです』


「よかった。いざというときは頼りにしてるよ」


 私は自分が乗る鎧兵器に乗り込んだ。

 既に私のことをサポートしてくれるスルトも私の乗る鎧兵器と接続してくれている。備えは万全だ。


『フリッカ・アース訓練兵。機体の調整は完了したか?』


「はい、バッチリです」


 管制室からの通信に応答する。細かい調整は"スルト"が既にやってくれていた。


『了解した。貴官は一時待機しておくように』


「了解しました」


 今回の偵察任務は特別編成部隊だ。

 私たち新兵四人と今日初めて会った私たちを率いてくれる教官役の熟練の軍人さんの計五人で行くことになった。


 教官役ということもあり、熟練兵の軍人さんはかなり細かく指導してくれる。

 腕も確かだから、私達の連携にも上手く合わせてもらえるだろう。


『よし、では、これより"エインヘリヤル"全機発進する!』

 

 量産型鎧兵器"エインヘリヤル"。

 私達が乗る古代アースガルズ文明の遺産。

 全長およそ十八メートルはある古代アースガルズ文明が量産した最も発掘されている古代兵器だ。

 

 正式名称は星間戦闘鎧兵器であり、名前の通り他の星間文明との戦闘用に作られたものだ。

 本来の戦闘力を発揮出来る起動権を持っている人間が殆どいないから未だ誰もその真価を発揮出来ていないが、真価を発揮すれば汎用性が高い優れた兵器だと思う。


『シュルド・グウィディオン。エインヘリヤル出ます!』


『イルザ・ケリドウェン。エインヘリヤルいっきまーす!』


『フギン・マクロイ。エインヘリヤル出撃します』


 鎧兵器の双眸——カメラアイに光が宿り、みんなの鎧兵器が次々と発進する。

 そして、私の順番もまわってきた。


「まずは、魔法で準備を整えないと。魔力循環……"身体強化"、"思考加速"、"並列思考強化"、"空間認識能力上昇"……」


 操縦の為に身体の魔力を循環させて、一通り魔法で身体の能力を向上させる。

 私は血筋以外は普通の人間だ。宇宙に適応した新人類とかではないから鎧兵器の戦闘に空間認識能力や反応速度が追いつかない。だから、こうして魔法で強化して能力を底上げする必要がある。


 そして、魔法での強化を終えたらいよいよ発進する。

 

「『恒星の炉心ノーマルドライブ』起動。起動権をレベル三に限定。エインヘリヤル……発進準備」


『お望みのままに。重力制御機構起動。各種補助機構異常なし。起動権の制限により炉心の出力が不足……仮想敵を原始文明級とする内惑星形態での活動を開始します』


 一瞬、私の乗る"エインヘリヤル"のカメラアイにも光が宿る。

 その瞬間、"エインヘリヤル"は音も無く、ゆっくりと浮き上がり始めた。


「やっぱり飛んでる感覚あまりしないよね」


『重力制御による産物の賜物ですね』


 “エインヘリヤル”には一応スラスターが装備されているが、それは短い瞬間の加速の時などに使われる。


 その巨大な鎧のような人型兵器の飛行は、主に重力制御機構の重力制御を中心行われるのだ。


格納扉ハッチ開きます。初任務頑張ってください』


『はい、頑張ります!フリッカ・アース、"エインヘリヤル"出撃!』


 基地の管制室からの通信に応答して機体を発進させる。

 星の重力や他の力の影響から解放され、“エインヘリヤル”は上空へと静かに飛び立った。

 操縦席に投影される外部の全方位を映し出した映像には、ぐんぐんと小さくなっていく地上の基地の様子が映っていた。

 

『よーし新兵諸君。今回の飛行でしっかり戦場に慣れてもらうぞ。索敵レーダーから目は離さないようにな』


 やがて、全員が空に上がると今回の隊長機——熟練の軍人さんの機体から目標地点の座標が送られてきた。


 最前線から少し離れたミズガル王国軍が制空権を握っている空域。


 今のところ付近での敵の目撃情報は確認されていないそうだ。


 これなら、たぶん行って帰って来るだけの飛行任務になるだろう。


「どうか何事もなく終わりますように……」


 私は心配性ゆえに祈りながら、青く澄み渡った穏やかな空へと飛び立った。











 ムスペル帝国ミズガル方面侵攻軍臨時拠点。

 一人の男が停止している巨大な鎧兵器を見上げている。

 男はムスペル帝国の貴族が纏う豪華で威厳ある軍服を身に纏い、首から"血の触媒"の紅い宝石の首飾りを着けている。


「フルングニル様。"ティルヴィング"の出撃準備が整いました」


「ご苦労。これで弱小国との戦争は終わったも同然だな」


 男の名前はアロガンツ・フルングニル。

 現在ミズガル王国に侵攻しているムスペル帝国軍を率いている貴族——伯爵家の当主だ。


「まずはニューグレンジ基地からだ。下等なミズガル王国軍共にムスペル帝国十三家門の力を思い知らせてやろう!全機発進せよ!!」


『御意!"エインヘリヤル"、"ヴァルキューレ"鎧兵器混成部隊全機発進させます!』


 フリッカ達の初めての出撃の日。

 時を同じくして、ムスペル帝国軍は大規模な攻勢に出た。

 

 これ以上ない最悪のタイミングだった。


「『五重炉クインティアドライブ』起動。重力制御機構異常なし。『必中魔力砲』搭載鎧兵器"ティルヴィング"出撃せよ!」


 率いるのは、ムスペル帝国十三家門と称される家の一つフルングニル伯爵家当主アロガンツ・フルングニル。

 そして、伯爵が乗る鎧兵器は通常の鎧兵器とは明らかに異なる見た目と大きさをしている。


『必中魔力砲』搭載鎧兵器"ティルヴィング"。

 それは、"スルト"と同じ特殊型の鎧兵器だった。

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