第3話 兵士になった理由



 古代人の末裔は、古代文明の遺産を起動することができる『起動権』と呼ばれる力を有している。

 

 最強の兵器である鎧兵器ヤルングレイヴの起動、運用にもこの起動権が必要不可欠だ。

 

 その為、国家にとって起動権を持つ人間はとても重要かつ貴重な存在になる。


 また、起動権にはレベルがある。例えば、本来の性能の一割の性能を引き出せるならレベル一、五割の性能を引き出せる場合にはレベル五といった具合に定義される。


 この起動権のレベルは、流れている古代人の血の濃さや、先祖の古代人の地位によって左右され、古代人の血が濃いほど、先祖の古代人の地位が高いほど、その起動権のレベルは高い。


 そして、起動権の中には、古代アースガルズ文明の王家の末裔のみが持つ最上位の起動権が存在している。


 それが、"王権ユグドラシルコード"。

 全ての古代文明の遺産を起動でき、遺産の完全なる性能を引き出すことができる唯一無二の起動権。

 存在していれば世界各国が最も欲するであろうこの星で最も価値のある力だ。

 

 この"王権"を手にすることができれば、世界を征することも容易いだろう。


 なにせ、この"王権"さえあれば、全ての古代文明の遺産を完全に運用することが可能になり、星間文明に至った古代アースガルズ文明と同等の力を得られるのだから。

 





 


 


 ミズガル王国軍ケルムト前線基地。

 戦争において重要な役割を果たしているこの軍事基地には、今日も戦闘を終えた魔導鎧兵器達が搭乗者と共に次々と帰投していた。


「今日も第七戦闘鎧隊は全機帰投か。流石は"不滅の部隊"の名を冠するだけのことはあるぜ」


 基地の整備兵の一人が帰還した第七隊と呼ばれている部隊の鎧兵器達を見て言葉を零した。

 "不滅の部隊"とは、未だ部隊内から死者を出さず戦果を上げ続けている第七隊に対して王国軍上層部がつけた名前だ。


「ここ二年半の戦闘で搭乗者達に死者が出ていないのは第七隊だけだ。加えて戦果も最高クラス。今回の戦闘でもムスペル帝国の貴族共の機体を何機も屠っているからな」


 第七隊の戦果は優秀だ。

 このケルムト基地を拠点にしている部隊の中で一番の部隊と言えるだろう。

 実際、帝国軍の士官や貴族達を数多く屠っている。


「でも、やっぱり第七隊といえばあの娘だよなあ」


「フリッカ・アース少尉。可愛いよなあ〜」


 しかし、第七隊に関することで、整備兵達の脳裏に真っ先によぎったのは、銀色の髪の美しい少女の姿だった。

 その少女は、このケルムト基地では知らぬものはいない有名人だ。


「でも、何であんな可愛い娘がこの最前線に?若い娘は大半が後方部隊か広報部隊に配属されるはずだろう?」


 若い整備兵の一人は疑問に思ったことを口にした。

 

 フリッカと呼ばれる少女の容姿は並外れた美しさだ。王族の姫と言われても違和感がないほどに端麗な容姿をしている。

 

 普通ならこんな血生臭い前線の一兵士をやるとは思えない美少女だ。


「なんだ、そんなことも知らないのか」

 

 すると、もう一人の訳知り顔の整備兵がクイっと眼鏡を上げて疑問に答えた。


「強いからだよ。他の大半の軍人よりもあの娘が鎧兵器に乗って戦った方が戦果が出ると上の連中全員が太鼓判を押したんだ。

 一年で飛び級で軍学校を卒業し、初陣で帝国十三家門の一角を討ち取った逸話も持っているミズガル王国の"英雄"。それが、フリッカ・アース少尉だ!」







 


 





 



 私の名前はフリッカ・アグナル・アースガルズ。

 

 上位存在達の都合でTS転生させられた元男。今は見た目だけは美少女をやっている。

 

 TS転生してからの容姿はかなり整っていると思う。

 珍しい銀色の髪はとても綺麗だし、透き通るように白い肌は特に手入れをしなくてもシミ一つなく艶やかだ。

 胸の膨らみも普通にあるし、お尻や太腿の肉付きも丁度いい感じだ。

 

 流石は上位存在基準の目の保養になる容姿だ。前世の『僕』が今の『私』を見たら間違いなく一目惚れしていた。


 まあ、中身はそんな端麗な容姿に相応しくない残念なものだが。

 

 人生二回目とはいえ、所詮は元普通の人間だった転生者だ。

 

 正義とか大義とかよりも常に自己保身と自分の利益を優先することしか考えていない自己中心の俗物だ。


 さて、そんな私が何故軍隊に入っているのか疑問に思うだろう。


 どう考えても私には軍隊に入る適正も動機もない。


 と、私も最初は思っていた。

 

 しかし、私には軍に入る選択肢しか残されていなかった。

 

 この身に流れる厄ネタチート。

 

 古代アースガルズ文明の王家の血こそが、私が軍に入らざるを得なかった原因だ。







 

 異世界で私が軍に所属することを選んだのは、両親が亡くなってから三年後。私が十五歳になった時。


 徴兵されるその日までは、異世界の片田舎でゴーレムこと農耕用に改造された元鎧兵器を乗り回して作物を育てたり、いざという時の為に鎧兵器の操縦技術を磨いたりしながら、どうにか自給自足の暮らしをしていた。

 

 そんなある日、突然村を訪れた厳つい顔の軍人が私の家にやって来た。


「フリッカ・アース。貴官を王命で徴兵する」


 軍人は王都から派遣された軍の遣いだった。

 

 軍人から招集令状を手渡された。

 

 ちなみに、フリッカ・アースは国に登録している私の偽名だ。


 本名のフリッカ・アグナル・アースガルズなんて仰々しい名前を名乗ったら絶対に詮索されて面倒なことになるからだ。


 死んだ父さんと母さんも、代々我が家は表向きはアースの家名を名乗っていた。


「……貴官は侵略者であるムスペル帝国から祖国を守る為に尽力されたし。以上だ。是非とも君には我がミズガル王国軍の鎧兵器部隊に来てもらいたい」


 軍人からはそう告げられた。


 ミズガル王国。

 それが、私が住んでいる村がある国の名前だ。

 軍事力も普通、資源も普通、政治は結構安定している。そんなごく普通の国だ。


 しかし、ミズガル王国は現在、突如として隣国に侵略戦争を吹っ掛けられてしまっていた。


 戦争相手は世界最強の軍事大国ムスペル帝国。

 複数の国に侵攻し、戦争を繰り広げているこの軍事大国は、ついにミズガル王国にもその矛を向けて侵攻を開始した。


 当然、国を守る為ミズガル王国軍は防衛戦を頑張っている。しかし、軍事大国ムスペル帝国相手には流石に劣勢を強いられていた。


 ムスペル帝国は高性能な古代兵器を大量に所持しており、その軍事力はミズガル王国の十倍以上はあると言われている。


 はっきり言って、王国の常備軍だけでは勝ち目がない相手だった。

 

 そこで、ミズガル王国は国を守る為に戦力になりそうな者を積極的に徴兵することを決めたらしい。


 特に軍が求めているのは鎧兵器に関する人材だ。


 古代文明の遺産である鎧兵器の力は戦争においてとても重要だ。

 

 しかし、最強の兵器である鎧兵器は起動権を持つ人間でなければ扱えない。

 

 私が徴兵対象に選ばれたのも、鎧兵器を起動出来るだろうと判断されたからだそうだ。

 

 それというのも、死んだ父さんが昔ミズガル軍の鎧兵器の操縦者だったことが私にも起動権があるだろうという判断の決め手になったらしい。 


『こう見えて父さんは昔ミズガル王国軍の鎧兵器部隊のエースだったんだぞお!!』


 ……生前の父さんが酔っ払った時に言っていたことが、まさか本当のことだったとは思いもしなかった。


 思えば、我が家の農耕用に改造された元鎧兵器も、軍に伝手がなければ手に入らないものだ。


 きっと父さんは、血統チートを活かして王家の血がバレない程度に程々に活躍して軍でお金を稼いでいたのだろう。


 古代文明の遺産である鎧兵器の性能を完全に引き出せる私達王家の末裔にとって、鎧兵器の中程安全な場所はないだろうから。


「起動権は持っているな?フリッカ・アース」


「はい、持っています」

 

 軍人は、私に起動権があるかを聞いてきた。

 古代文明の遺産の起動権を親が持っていた場合、高確率でその起動権は親から子へと遺伝する。


 それを軍人は確認したかったのだろう。


 実際、私は父さんから起動権("王権"とかいう王家の末裔故の厄ネタ級のもの)を引き継いでいる。


 王国軍からすると、私は最高の人材といえるだろう。


 でも、正直に言うと、私は戦争なんかに行きたくない。


 私はまだ十五歳だ。加えて、この身に流れている血が、厄介ごとを引き寄せる気がしてやまない。


 しかし、私には素直に軍の召集を断れない理由があった。


 ミズガル王国が戦争をしている相手のムスペル帝国という国がかなりヤバい国なのだ。


 ミズガル王国に侵攻しているムスペル帝国の侵攻目的はよくわかっていない。


 古代文明の遺跡の確保の為、古代人の血を引く王族を手に入れる為、世界制覇の為……などと噂はいくつも聞くが、どうせロクでもない目的なのは間違いないだろう。


 問題なのは、普通に隠遁出来そうだったミズガル王国がムスペル帝国に征服された場合のことだ。


 私が今住んでいるミズガル王国はとても暮らしやすい国だ。異世界とは思えない程に人権意識がしっかりしていて、国を治める王家も優秀で国民の権利の保障や税金も負担にならないようにと配慮された額しか取立てられないという文句なしの治世だ。

 

 おまけに、特に富国強兵にあまり力を入れていないから、古代人の血を引いていても、今回の国家存亡の危機の戦争のような余程のことがない限り自由に生きることができる。


 実に素晴らしい国だ。


 正直ずっとこの国に住んでいたいと思っている。

 

 一方、ムスペル帝国は非常に富国強兵に力を注いでいる国だ。積極的に古代文明の遺跡を発掘し、遺跡から得られた情報や技術によって国力を強化している。


 そして、その圧倒的な軍事力で領土を拡大し、支配した土地の古代文明の遺産の起動権を持っている人間を積極的にかき集めているそうだ。


 帝国に支配された国々から集められた起動権を持つ人々には帝国の市民権が与えられる。その代わりに、起動権を持つ人々は生涯に渡ってムスペル帝国の為に尽くす義務を負わされるらしい。


 さらには、古代人の血が濃いものは、位の高い貴族、あるいは王族に娶られることもあると噂されている。

 

 いわゆる同化政策であり、私が最も恐れている富国強兵()政策の一つだ。


 この話を聞いた時、私は絶対に一生ムスペル帝国には関わらないことを誓った。


 ところが、そんなムスペル帝国の方から侵略者としてこっちに関わってきやがった。

 

 ムスペル帝国の占領下になったら自由なミズガル王国はどうなるだろうか。

 間違いなく同化政策兼富国強兵()政策が行われることになるだろう。

 

 ミズガル王国は起動権に関しては調べる方法が確立していないから起動権については誤魔化しようがある。


 しかし、富国強兵に力を入れているムスペル帝国は、力に直結する古代人の血の詳細を判別する手段を持っている可能性が高い。


 そうなると、たぶん検査一つで私の秘密が速攻で全部バレる。そして、ムスペル帝国に血の秘密がバレてしまったら私は破滅だ。


 最悪の場合、もうかなり歳いっているムスペル帝国の皇帝に嫁がされる可能性まである()


 クソが。考えただけで死にたくなる。


 そうなる可能性が高まったら、最悪、この国を捨てて逃げることも覚悟しなければいけないだろう。


 でも、この国を捨てて逃げたいかと言われたら、答えは否だ。

 

 ミズガル王国は私が生まれ育った国。この世界の父さんと母さんと暮らした村があるこの国にはかなり愛着はある。


 何より、他国でミズガル王国の時と同じように快適に過ごせるとはとても思えない。


 ミズガル王国の周辺諸国は他も軒並みクソだからだ。

 

 国家で古代人の血を管理しているとか、人民は肉の盾にされるとかいうヤバい噂が絶えない国家のニヴル連邦()


 未だ奴隷制が残っている上に、海外から来た古代人の血を引く者には貴族や王族の一員となれる栄誉が強制的に与えられるという素晴らしい国家のスヴァルト連合王国()


 絶賛革命中の治安が崩壊している世紀末国家アールヴ共和国()


 "アースガルズ文明復権"とかいう私の血の秘密がバレたら色々終わりそうな大義を掲げて、古代アースガルズ人を"神族"として崇めているカルト宗教国家のヴァン神国()


 ……場合によってはヤバいムスペル帝国よりもさらにヤバそうな国ばかりだ。


 となると、やはりミズガル王国こそが、私にとってこれ以上ない程に、平穏な暮らしを送る上で最適な国だろう。


 そんなミズガル王国がムスペル帝国に占領されてしまったら、この理想の環境を奪われ、富国強兵()のリスクが高まる。これだけでもムスペル帝国は絶許だ。


「……わかりました。祖国の為、全力を尽くします」


 迷った末、私は平穏な暮らしの為にミズガル王国軍で戦うことを選んだ。

 まあ、この血統チートがあるならなんとかなるでしょ。


「……!感謝する!今日をもって貴官はミズガル王国の軍人だ。祖国の為、その命を捧げよ」


「はい!」


 勿論命を捧げる気なんて欠片もない。

 でも、私は平穏の為に戦う。

 全ては富国強兵()のリスクがない、心休まる暮らしの為だ。


 こうして、私はミズガル軍に所属する魔導鎧兵器の操縦者候補になった。


 これが、平穏とは程遠い私の怒涛の人生の始まりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る