第2話 転生
私には前世の記憶がある。
『私』がまだ『僕』であった頃。地球という青い星の平和な国で普通に生きていた頃の記憶だ。
ところが、その平和に生きていた頃の記憶はある日突然終わってしまった。
晴れていたはずの空から突然降ってきた雷によって、『僕』の人生は終わってしまったのだ。
『貴方は私達のうっかりミスで死んでしまいました』
そして、気がつくと真っ白な部屋で美しい天使のような存在に『僕』はそう言われた。なんでも、テンプレの如く
『そこで貴方を異世界に転生させるという代替え措置を取ることが決まりました。転生先は、地球の人々が憧れる魔法がある世界です。きっと、満足してもらえる世界だと思いますよ』
とはいえ、死んだ代わりに異世界転生できると言われたことで、『僕』は正直ラッキーだと思っていた。『僕』はアニメや漫画、ネット小説を読むのが大好きだった。だから、自分も魔法がある異世界に行けることに、この時はとても興奮していた。
普通の人生からの卒業。魔法を使って無双して、やがては可愛い女の子達に出会えるハーレム生活を……なんて都合のいいことばかりを頭に浮かべていた。
あの言葉を——『僕』が『僕』でなくなるということを告げられるまでは!
『ただし、貴方には
そう言われた次の瞬間、『僕』は全てを失うことになった。
異世界転生で一番使いたかったものを——生前使うことのなかった『僕』の唯一の相棒を奪うと言われたのだ。
『僕』は必死に男のまま転生させてくれと懇願した。しかし、天使から告げられた言葉は無常なものだった。
『残念ですがこれはもう決まったことなのです。
これまでに転生させた人間達がやれハーレムだ、やれ俺tueeだ……と転生先の異世界を散々荒らし秩序を崩壊させまくった結果、彼らを見守っていた最高神様は目が濁って顔を覆うほどに深いショックを受けられました。
そして、このままではさらに目が腐るからと、転生者は全員目の保養になる美少女にして転生させることになりました』
天使はそう説明してくれた。
どうやら、全ては『僕』の前の転生者達のせいだった。
彼等は欲に忠実に、異世界で願望を達成する為に好き放題にロクデモナイ行動ばかりをし、上位存在から与えられた力を振るい異世界の秩序をめちゃくちゃにしまくったらしい。
そこで、上位存在達は新たな転生者達を上位存在基準で多少の悪事なら許せる美少女にして転生させることを決定したそうだ。
『大丈夫ですよ。しっかり気合いを入れてどんな諸行をしても見た目である程度許される可愛らしい容姿で転生させてあげます!』
天使はニッコニコでそう言った。
この転生者の美少女化は、現在上位存在達の間でかなり好評らしい。
『僕』の生きていた日本でも、よく、史実では男だった存在が美少女化されたり、船や動物が擬人化美少女化されていた。
その美少女化の波は、どうやら上位存在達のいる世界にまでも到来してしまっていたらしい。
その説明を聞いて『僕』は泣いた。
可愛い女の子との出会いとその先の可能性が待ち受けている世界での夢が壊れたのだ。
あくまで可愛い美少女とお近づきになりたいんだ。
『僕』自身が可愛い美少女になっても意味がないじゃないか。
それに、よくよく考えてみると、統計がとられているということは、もう既にかなりの数のTS転生させられた転生者がいるということだ。
きっと先人達は既にこの生殺しにされて状態で異世界で生き続ける地獄を味合わされているのだろう。
『僕』は既にTS被害にあっている転生者の先輩達のことを思い涙が溢れた。そして、これから『僕』もそうなるのかと考えて絶望した。
『安心してください。貴方はこちらのミスで殺してしまった転生者です。なので、貴方にはちゃんと凄い力を与えます。その力でぜひ異世界を満喫してください。ただし、あまりやり過ぎないようにお願いしますね』
こうして、最後に慰みの言葉を送られて、元『僕』こと『私』は、魂を異世界へと送られてTS転生した。
「生まれたぞ母さん!元気な女の子だ」
『僕』改め『私』の転生先は異世界の辺境の田舎の村人だった。何故か異世界の人の言葉も普通に理解できた。おそらくだが、転生させた上位存在が何かしてくれたのだろう。『僕』を『私』にしやがったこと以外は完璧な転生サービスだ。
「名前はフリッカ。高貴で賢く、そして、愛に溢れた娘に育つように。君にこの名前を送るよ」
フリッカ・アグナル・アースガルズ
それがこの世界での私の名前。めちゃくちゃ長い名前だ。まあ、異世界の名前は長いんだなあ、と、この時の私は特に深く考えずに受け入れた。
それから田舎の村人夫婦の子供として、私の異世界での二度目の人生は始まった。
私を産んで育ててくれた両親はとても優しい人達だった。あと、銀色の髪が特徴的なとんでもない美形だ。
両親は、私の転生者ゆえの早熟な成長もあまり気にせずに、私に深い愛情を注いでくれた。
こうして、両親に愛情深く育てられた私は、すくすくと成長し少し大きくなっていった。
ある日家の鏡でこの世界での自分の姿を見てみた。
すると、鏡の中には、ぱっちりした蒼い瞳とサラサラした銀色の髪、加えて少し色白い綺麗な肌の将来は美少女になるだろうと思わせる幼女の姿が写っていた。
この美幼女が今世の私だ。
正直、我ながらかなり可愛いと思う。ロリコンなら見た瞬間誘拐を決意する可能性が高いし、将来的には百人とすれ違ったら九十九人は目を奪われて振り返るぐらいの美貌だ。
でも、鏡に映るその可愛らしい自分の姿を見ても特に興奮はなかった。
試しに自身のまだ膨らんでいない胸を揉んでみたけども、自分の身体だったからか、悟りを開いたかのように一切の興奮が湧かなかった。
精々その姿を見て、TS転生したんだなあと改めて実感したぐらいだった。
暮らしていた異世界の田舎での生活は割と普通だった。
ちょっと魔法がある程度で、前世の世界とあまり変わらない穏やかな世界。子供の頃の私は、そんな世界の自然豊かな野山を村の子供達と一緒に駆け巡り、畑で採れた新鮮な作物を味わい一日を終えるという普通の生活を送っていた。とても楽しかった。
ここが異世界なのだと感じるのは、畑にある耕作用のゴーレムのようなものを目にする時ぐらいだった。
ゴーレムみたいなものは、元々は
古代文明というワードを聞いた時は、浪漫を感じてちょっとワクワクした。
そして、十歳を超えた辺りでようやく魔力の扱い方を教えてもらい、ちょっとした身体強化の魔法を教えてもらった。
魔法。
魔力を使った特別な力。
前世にはなかったファンタジー世界ならではの力だ。
魔法は便利だ。
魔力を使って感覚や肉体強度を上げたり、反応速度や思考能力を向上させたりすることができる。
でも、田舎での魔法の使い道は戦う為のものではなく、畑の農作業を捗らせる為のものだった。そもそも戦う魔獣とか魔族みたいな敵もいなかった。
こうして、一番異世界感を感じられる畑のゴーレムに浪漫を感じながら、私は異世界での新しい自分にも慣れて、異世界の片田舎で楽しく過ごしていた。
……とても平凡で平穏な、とても笑顔に溢れた日々。
でも、不思議と満たされた日々だった。
私はとても幸せだった。
しかし、私が十二歳の頃、村を襲った流行り病に両親がかかったことで状況が一変した。
最初に母さんが死んだ。
この世界での母親。愛情深いとても優しい人だった。
転生特典の何か秘められた力で病を治せるのではないかと必死に頑張ったが、そんなものはなかった。
そして、次に父さんにもその病が移った。
「お父様はもう助からないでしょう」
診察した医療の心得がある人にそう言われた。
私は深い悲しみに襲われた。
そんな時だった。
「本来なら、お前がもっと大きくなってから伝えるはずだった。だが、私ももう長くないだろう。そこで、母さんの所に行く前にお前に我が家の秘密を伝えておこうと思う」
最期が近いからと、私は父さんから衝撃の告白をされることになった。
「我が家——アースガルズ家はね……古代文明の王家の末裔なんだ。そしてフリッカ、お前にはこの星で最も価値ある血が流れているんだよ」
父さんの口から、驚愕の事実が語られていった。
いわく、私達家族——アースガルズ家は、かつてこの異世界で栄えていた古代文明の王家の末裔だそうだ。
かつて、この異世界には星の全土を支配し、宇宙へと進出し、銀河の彼方の星々にまで国土を広めた古代アースガルズ文明という名の超文明が存在していたらしい。畑のゴーレムもその古代アースガルズ文明とやらの遺産なのだとか。
しかし、その古代アースガルズ文明の人々は、その大半がこの星を捨てて宇宙の彼方の新天地へと去っていったそうだ。
ただ、この星に残り続けることを選んだ古代人達もごく僅かだがいた。
そんな、数少ない星に残り続けた古代人の中に私達のご先祖様もいたらしい。
「アースガルズ文明の王族だった私達のご先祖様は、彼方の新天地ではなく、この星で果てることを選んだ同胞達をまとめ、穏やかに終わる我等の文明を見守る役目を担った。それが、私達王家のご先祖様が決めたこの星での使命だったそうだ」
父さんからのあまりの衝撃の告白に、私の理解は全く追いつかなかった。古代文明?王家?突然過ぎて脳の処理がまるで追いつかない。しかし、父さんの話はその後も続いた。
ご先祖様達が星に残った人々が暮らしていけるように頑張っていたこと、やがて、数千年の時を経て今この星で栄えている新たな人類が進化の末に誕生したこと。
古代アースガルズ文明人と今のこの星の人類は、地球の言葉で表すなら、簡単に言うと大体ネアンデルタール人とホモ・サピエンスぐらいには違うということ。
なんか色々と凄いことを聞かされた。
「そして、私が死ねば、フリッカが最後の王家の末裔となるだろう」
そう言って、父さんは私の頭を優しく撫でてくれた。
大人の大きな手だ。頼りになる父さんの手で頭を撫でられるのが私は大好きだった。そして、父さんが死ねばもう二度とこの撫でられる感触は感じられなくなると思うと、再び、私の中で悲しみが溢れてきた。
「フリッカ。お前は使命なんて気にせずに好きに生きていい。お前は自由だ。この村で一生を終えてもいいし、この素晴らしい広い世界を回ってもいい。あるいは、彼方の星で生きているかもしれない同胞達の所へ行ってみてもいい。フリッカの好きなこと、やりたいことの為に生きなさい。ただし、その身にアースガルズ王家の血が流れていることだけは秘密にしておくんだよ」
父さんが私の頭を撫でるのをやめた。
もう間も無く、息を引き取ることを悟ったのだろう。
穏やかな顔で最期に父さんは私の顔を見た。
「フリッカ……私の可愛い娘よ」
父さんは朗らかな笑みを見せた。そして、最期に——
「もしも、この国の人間や他国の人間に血の秘密を知られてしまったら、お前は富国強兵の道具にされてしまうだろう。だから、どうか気をつけて……」
特大の衝撃発言を残して息を引き取った。
「え、ちょ!?お父さん!?」
この日、私はこの厄ネタの血筋こそが、転生させた天使のような存在が言っていた凄い力とやらであることを悟った。
「ふ、富国強兵()は嫌だあ!!!」
そして、この厄ネタの特別な血が今後引き寄せるであろう厄介事と、自身に待ち受けているかもしれない運命に絶望した。
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