この事件を機に勇者にさせられました

 家に入ると、さっそく背の高い優しそうな男性が「おかえり」と出迎えてきた。俺は思わず反射的にてつやさんの背後に隠れる。まるで、恥ずかしがりやの子供みたいに。


 この情けない姿を見て、てつやさんは笑顔になっていた。


「ただいま。ちょっと、いいかい? 」


 そして、背の高い男性こう問いかける。


「? かまわないけど? 」




 とりあえず俺はリビングまで案内してもらった。そして部屋の中心に置いてあるみんなが集まるらしいテーブルの席に座って、お茶を入れるのを待つように言われた。


 その間、さっきの背の高い男性が俺の向かい側の席に座って、いろいろ話してくれた。


「なるほど、配信者として有名になりたくて、ここまできたんだ」


 この人の声はダンディーで、こんな俺でもすぐ心を開けるくらいには落ち着ける。


「学校は? 」


「明日休みですので、いけるかなって」


「そうか。まあ、ゆっくりしていってくれ。てつやが連れてくるくらいなんだから、きっといいひとなんだろう」


「? 」


 ここで、俺が、そうなんですか? と尋ねようとした瞬間に、「できたよ! 」という明るい声がキッチンの方から聞こえてきた。


 声のする方を振り返ると、三つのカップを器用に片手で持つてつやさんと、隣に知らない女性がこっちに向かっていた。


「はい、君もどうぞ」


 そして、テーブルにお茶を出してくれた。


「ありがとうございます」



 そっからまたいろいろ話して、どうやらこの人たちは三人グループで暮らしていること。みんな何らかの事情で社会で生きづらくなって、こういう変わった生活をしていることが分かった。


「つまり、私たちは変態なの! 」


 俺の隣に座った女性が楽しそうに言った。


「それは違うだろ」と背の高い男性。


「まあ、そうだね。でも人間社会ではそうみられてきた、というのは事実だよ」


「てつやさん……」


 なんだか初めて同じ境遇に生きてきた人たちと出会えた気がして、俺は少しうれしかった。そのせいか、今俺の顔は緩み切っていて、あったかかった。


「だからさ、僕たちは君の仲間だよ。おんなじ」


 てつやさんがそういうと、背の高い男性も、隣に座っている女性も優しくうなづいてきた。


 というか女性に至っては俺の右手を握って「大丈夫だよ」と言ってきた。


 そして小声で「私の名前は、るな。覚えておいて」とささやかれた。


 俺は少しドキッとして、目線をそらす。するとるなさん、そしてその様子を見ていたてつやさんと背の高い男性は、微笑んでいた。


 なんか、意外とここでは上手くいくかもしれない。


 有名になるつもりで来たのが、居場所ができてしまった。


 今日、一泊さしてもらえればいいと考えていたけど、どうせなら、ここでずっと過ごすのもいいかもしれない、とさえ思えた。



「じゃあ、ゆっくりお休み」


 話が終わって、ちょっとお菓子を食べると、俺はてつやさんに寝室に案内された。狭い部屋だけど、たまたま空いていたということで、使わしてくれるらしい。


 ベッドはふかふかで、俺が潜るとまるで包み込むように体に密着してくる。


 きもちいい。


「明日は、動画撮影のベストスポットを教えてあげるから、楽しみにね」


「はい」


 俺が返事したのを確認すると、てつやさんは電気を消して、部屋を出ていった。ひとりになって、俺はいろいろ考えたけど、疲れが一気に出て、すぐに眠ってしまった……



  


「天音、天音! 」


 突然、俺の耳元に聞き覚えのある女の子の声が響いてきた。そしてその声は暗闇の中で、ずっとなり続けている。


「なに? 」


「天音、いいの? これで? 楽しいの? 」


「は? 」


「死んじゃうよ? 殺されちゃうよ? 」


「どういうこと? 」


「いいから! はやく! 逃げて! 」


「だからなんなんだよ! 」



「夢から覚めて!! 」



「えっ」


 

 

 この渾身の彼女の叫びで、俺は目を覚ました。すると視界には、さっきまでの寝室と、俺を見下ろしているてつやさんが映っていた。


「あれ? てつやさん? どうかしたんですか? 」


 俺は眠そうに、彼にこうつぶやく。


 けど、てつやさんはまるで人が変ったように、突然舌打ちして、こんなことを口走る。


「なんで目覚めんだよ」


「え……わ、わああ! 」


 すると次の瞬間、てつやさんは何故か右手に握っているナイフを突き上げて、勢いよく俺が寝ているベッドに突き刺してきた! 俺は運よくその奇襲を回避して、床に転げ落ちる。


「な、なにするんですか! 」


「くそが! 」


 俺の言葉なんか聞かずに、てつやさんはまた俺を殺そうとしてくる。

 

 わけもわからないけど、とりあえず俺は逃げることにした。



 リビングに来て、俺は大声で「るなさん! みなさん! なんかてつやさんがおかしい! 助けてください! 」と叫んだ。するとそれぞれの部屋から二人も出てきたけど、彼らも右手に刃物を持っている。


「……うそでしょ! 」


 しかもてつやさんと同じように殺意を感じる目をしているから、危険を察して俺はもうこの家から出ることにした。


 けど、家を出ると、そこにはさらに地獄の光景が広がっていた……



 ついさっきまでは美しい草原で、きれいな夜空が見えていたのに、この時、俺の目には、赤い空、そして大量のモンスターが映っていた。


「これは」


「あああ、せっかくごちそうが来たと思ったのにな」


 背後から、てつやさんの声が聞こえてきた。けど振り向くともうそこには俺の知ってる彼はおらず、化け物に変貌した人に似た何かが立っていた。


「お前みたいのは絶好の獲物だったのに」


「る、るなさんも……」


「やっぱモテない男ってのは、すぐこういうのにも引っかかるのねえ」


 うっ……


「おい、ほかのモンスターに先に食われないうちに、さっさと殺すぞ」と元背の高い男性。


 ……終わった。


 四方八方モンスターに囲まれていて、もはや逃げ場はどこにもない。そしてどのモンスターも早く飯が食いたいが故に殺意まんまん。


 結局、ダンジョンに飛び込んでしまったものは、こうなる運命なのか……


 ここで死ぬと思うと、俺の眼からは涙があふれてきていた。


 こんな、こんなところで……



 そう思っているうちにも、モンスターはどんどん迫ってくる。


 なんかもういいや。


 俺はもう何もせずに、その場に突っ立ったままで、あきらめたようになっていた。せめて、来世はもうちょっとまともな人生送れますように。


 と、その時だった。




「ぎゃあああああ! 」


 突然、モンスターたちの壮絶な悲鳴が聞こえてきた。と同時に物凄い熱気と音が伝わってきて、気が付いた時には、俺を囲んでいたモンスターはみんな消え去っていた。


「な、なに」


「あ! やっぱりいた! 」


 俺が頭を混乱させて固まっていると、どこからか声が聞こえてきた。


 声のする方を見ると、そこには、武器みたいなのを持った、学園一の美少女、桃色ユアが立っていた。


 

 

 




 





 

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