モンスターの森

……着いた。


 モンスターが住む巨大な森、ダンジョンの目の前。周りには柵が張り巡らされていて、「最近、無断で侵入する人が頻発しています。止めてください」という壁紙が貼ってある。



 現在の時刻は深夜の一時。お父さんとお母さんが寝ているのを確認してから家をこっそり抜け出してきた。


 そしてそうまでしてきた狙い通り、警備も甘そうだ。


「よし、大丈夫そうだ」


 小さな声で呟いた後、俺はカメラの電源をONにして、ひととおり周りを映した。


「ただいま、俺はあの立ち入り禁止エリア、ダンジョンの前にいます。えっと、この柵を飛び越えて、その先のトンネルを抜ければ、ダンジョンです」


 ちなみに、これはライブ配信じゃなくて、普通に動画を撮ってる。なんたって、いつもライブはパソコンでやってるし、マイクも使ってる。


 でもさすがにそれらを持ち歩くなんてできない。要はライブ配信はここじゃできない。


 だから、そうだな、俺が運営しているチャンネルに、初の動画として上げることになるな、これは。


「じゃ、じゃあ、行ってます」


 そう言って、俺はさっそく柵を登る。



 けど、ここで問題が起きた。


「……意外に、高い。柵をどかす方向で進めよう」


 言葉通り、今度は柵をどかそうとした。でも、これもダメで、高さ二、三メートルくらい、長さ五メートル以上は絶対ある柵、重すぎて動かせない。


 情けない声を上げて、俺は一生懸命もがくけど、柵はびくともしてくれない。


「なんで」


 泣きそうになる。


 俺の唯一の強みである配信者として、成り上がるチャンスなのに、まさかの序盤から、いや、それ以前から失敗するのか?


 疲れ切った俺は肩を落として、額からをすべる汗を垂らした。


「……そんな、もう、どうしようも」


 俺はあきらめかけていた。


 すると、そんな俺の背後から、「ちょっと、ちょっと」という、若い男性の声が聞こえてきた。まさか、警察? あんだけ柵をガサガサしたから、バレた?


 いや、でもこの辺、一応街から少し離れた山奥だし(さっき言ったように三十分くらいでいけるけど)、警察が来るはずが。


 いや、そんなのはどうでもよくて。誰であっても、もし俺がこんなことしてるってばれたら……もっと、いじめられる!


「わああああ! 許して! 」


「……えっと、大丈夫? 」


「……へ? 」




 

ギュイーン!


 あのびくともしなかった柵が動いて、トンネルへの道ができた。柵を動かしたのは、俺の背後から声をかけてきた若い男性。


 なんて力なんだ……


「えっと、本当に警察じゃないんですか? 」


「そうだよ。僕はてつや。気楽に音楽配信やっている一般人さ」


 てつやさんは笑顔で俺の手を握ってきた。その手のひらはごつごつしてて、触っただけでも物凄い筋肉があるのが伝わってくる。


 絶対一般人じゃない。


「君、ダンジョンに入りに来たんでしょ? 」


「え!? まあ、一応」


 彼はニコニコして、トンネルの方を見つめた。


「ダンジョン。ある時突然この地上に現れた、謎の森。でも、その実態は今だ誰もつかめておらず、わかっているのは、奇怪な生物が住んでいること。そして、ここに入ったら二度と帰れないこと」


「……」


「でも、僕は簡単にこのダンジョンに出入りできる」


「!? 」


 この言葉を聞いたとき、俺は思わずめちゃくちゃ素早くてつやさんの顔を振り向いてしまった。それを見たてつやさんは、「フフフ」と笑って、軽くウインクをした。


「ねえ、僕さ、実はこのダンジョンに住んでるんだよね」


「うそ! 」


「あ、もちろん一人じゃないよ。配信者仲間と一緒にね。君さ、せっかくここまで来たんだったら、僕とちょっと付き合ってよ。家まで連れて行ってあげる」


「ぜ、ぜひ! 」


 凄い人と出会った。まさか、このダンジョンに住んでいる人がいたなんて。


 それに配信もやってるんだったら、いろいろ聞けるかもしれない。


 ということで、喜んで俺は彼の言うことに従った。どうせ明日は土曜日、学校休みだからワンチャン泊めてくれるなら泊めてほしい(時間的にも)。




 ダンジョンに入ると、想像とは全く違う風景が広がっていた。それは幻想的というか、神秘的というか、とにかく美しい、これにつきる。


 おどろおどろしい空気は全くなく、見渡す限りのさわやかな草原。そよ風に揺られながら、蛍も一緒に待っている。少しそれよりも遠くを見渡すと、水の音を立てて壮大な滝が流れている。


 夜空はきれいで、そこは「モンスターが住む森」という言葉が全く似合わないくらいの場所だった。新しい世界、未知の自然。


 トンネルの先は、森のように閉ざされた空間じゃなく、開けた世界、まさに、異世界だった。


「きれい」


 俺は息を漏らす感じでこういう言葉を漏らした。


「でしょう。僕はね、会社で上手くいかなかったとき、社会から一度逃げたくなって、ここに来たんだ。死にたくて来たのにさ、見てよ、この風景。なんか、救われた気がしたよ」


 歩きながら、てつやさんはこう語ってくれた。その内容は全部、俺の境遇とか、思想とかと相まって、共感するものばかり。


 特に、「もしかしたら、こういう世界は、案外社会のはみ出し者には優しいのかもね」という言葉には感動した。



 けど、少し気になることが。


「あの、てつやさんはここに住んでいるんですよね。それに配信者なら、多分、この景色も……」


「あっはっは! それやってたらとっくに有名人だよ! でもね、僕は名声とか、あんまり興味ないんだ。見られなくても、作った音楽を流して、ひとりでも見てくれたら、それでいい。だから、君が、第一人者だよ! よっ! コロンブス! 」


 そう言われて、俺はちょっと嬉しくなった。こういう人がいるんだ、という安心感と、自分の好きなこと、配信で上手くいくかもしれない、ということ。




 けど、もう一つ気になることとして。


 さっき、歩いている途中、ただよう異様なにおいと、人、の死体、みたいなのがあった気がしたけど、まあ、それは見間違えか。


 ……てつやさんも、全く気にしてなかったし。




 しばらく歩くと、開けた草原の真ん中あたりに、小さな家があった。ここまで来る途中、モンスターには全く合わなかった。もしかしたら、意外と平気なのか?


「どうしたの? 」


 いろいろ考えていると、てつやさんが心配した表情でのぞき込んできた。


「あ、なんでもないです」


 とだけ言って、俺は笑顔で返す。


「そう。じゃあ、入ろうか。ようこそ、僕たちの家へ」


 と言って、てつやさんは家の扉を開けた。


 






 




 


 


 


 


 


 


 

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