優しい幼馴染と秘密の趣味と

「痛っ! な、なにするんだよ! 」


 ライジンの拳で椅子から叩き落された俺は、彼をにらんでこう叫んだ。正直、訳もなく殴られるのは初めてじゃないけど、何度もされるとさすがに限界が来る。


「ああ? なんか文句あんのか? 」


「い、いきなり殴ってくんのやめてよ」


「お前の顔がむかつくんだよ! なんだ? 今日はえらい反抗的だな? 」

 

 そう言って、彼は俺の胸ぐらをつかんで、顔をぐっと近づけてきた。まだ朝だというのに、元気で荒い息づかいが「はあ~」と伝わってくる。


 視線を合わせてみると、彼の充血した目が大きく視界に映る。


 怖い。


「そんなに自信あるんだったらこいつにお見舞いさせてやってもいいんだぞ? 」


 彼がこの言葉を発したとたん、教室全体の空気が一気に凍った。いや、ライジンが来た時点でもだいぶ凍ってたけど、今、それ以上に緊迫した雰囲気に変わった。


『やばい、やばい』って。


 何故なら、今のセリフは、いわば合図みたいなもの。


 『おしおき』の……



 ライジンの背後にいた悪魔が、ニコニコとした陽気な表情でひょこっと姿を現す。その可愛らしいフォルムと、小さな体で、俺を見下すような感じで。


「やれ」と彼が指示を出すと、悪魔の角が赤く光りだし、まるでプラズマが走る。


 多分、このままだと、俺はまた、やられる!


 と、ちょうどその時、悪魔から電流を浴びせられる直前で、「おい」と誰か大人の男性の声がどこからか聞こえてきた。


 その声がする方を振り向くと、教室の扉付近に、授業しに来た数学の先生が立っていた。


「ライジン、やめなさい」


 今度はもっとささやくような声で、先生は呼びかけた。


「ああ? 」


 だけど、彼はむしろ機嫌を悪くして、反抗的な態度をとる。そして、俺を一旦放置して、先生に向かって歩き出した。


 先生はちょっと怖がった感じで、後ずさりする。


 するとその様子を見た周りにクラスメイト、特に、ライジンといつもいるようなグループが「おいおい」と彼を止めに行った。


 もう、地獄。



 結局、我に返ったライジンが、悪魔も引っ込めて「先生にまでおしおきするわけにはいかねえしな」と言ってこの朝の騒動はおさまった。


 俺に対する怒りも一応、抑えたようだった。


 そして、最後はいつものお決まりのセリフ。


「まあ、彼女も見てるしな」


 で、ユアのことを見つめる。


 ……一応、朝のいざこざは止まった、はず。


 



「ねえ、あれ、大丈夫だった? 」


 授業が終わって学校から帰ってる途中、幼馴染の桃色ユアが心配そうな表情でこう聞いてきた。すっかり美人になってしまったその顔がのぞき込んできて、俺はちょっとだけ焦る。

 

「別に、いつものことだよ」


 俺はそう言って、一旦彼女を遠ざけた。すると「……そう」と残念がってんのか、めんどくさがってるのかよくわからない声のトーンで、こう返事をしてきた。


 二人しか歩いていない、狭い住宅街。夕日に照らされたシチュエーション。


 意味が分からないでしょう。


 俺も分からない。


 なんで、学校一の美人が、陰キャの俺と一緒に下校してんのかってこと。



 まあ、実は幼馴染で、小さいころから家も隣でよく遊んでたってだけの話なんだけど。ただ、逆にそういう関係だから、あんまり緊張もしないで喋れてるってのもあるけどさ。


 だけど、最近は知ってのとおりアイドル並みの美人になって、まぶしくなっちゃったから俺は会話すんのも難しくなってきたんだけど。


 彼女の方は今も、だらしない俺を気遣って、いつも「けがはない? 」みたいな感じで話しかけてくる。


 この瞬間も。


「学校辛くない? 友達もできてないんでしょ? 」


「う、うるさいな」


「何の楽しみもなかったら、もっと暗くなって、ずっと辛いままだよ? ねえ? 」


「わかってるって」



 彼女は俺とは正反対に、優しくて、明るい。性格も美人。そりゃ、そういうスペックだったら人間関係も困らず、上手くやっていけるんでしょうけど。


 でも、本当にいいんだ。


 ユアにはまだ話してないけど、俺は俺で、毎日を楽しくしようと頑張ってるんだから。




「はーい! みんな! 元気かい? アマネルへようこそ! 」


 夜の配信者として。



 


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