1/2 初詣は義妹と

「人多いな」


 俺は、人の多い境内でそんな独り言を漏らす。

 一月二日の神社なのだから当然のことだろうが。


 人混みはあまり好きではないが、それ自体に大きな問題はない。だが、顔見知り――特に西山とか西山とか(以下略)に見つかると、大変面倒なことになる。俺はそれを一番懸念している。

 その懸念を払拭するには、参拝を終わらせて変えるのが一番である。帰ったら、晶と一緒にだらけて過ごそうか。


「あ! あそこに美味しそうな屋台が……。あっちにもある!」


 滞在時間を短くするため、俺は拝殿を一直線に目指しているのだが、晶の目が向いている先は屋台だ。


「兄貴、あの屋台美味しそうだよ!」


 長く滞在しないためにも、多めに朝食を摂ってからきたのに――

 だから、屋台に寄るわけには……


「参拝してからな」

「はーい」


 できるだけ早く帰る予定だったのだが、寄ることになってしまった。自分でも何故認めたかわからない。だが、認めなければならない、そんな気がしたのは確かだ。

 俺の作戦は失敗に終わり、参拝後に寄ることになった。つまり、俺に残された道はただ一つ。西山にわ――失礼、わないことだ。

 西山にさえ会わなければ……それが無理でも西山たちにさえ気づかれなければ、この初詣は無事平穏に終わるのだ。






  * * *






 参拝は案外早く終わり、俺たちはもと来た道を進んでいく。もちろん、現時点で知り合いには会っていない。後はそこら辺の屋台で食べて帰るだけだし、もう大丈夫だろう。


「兄貴、あっちの屋台がいいかな? それともそっちの屋台かな?」


 晶があっち、そっちと指を指しているが、屋台が多すぎて正直わからない。


「それにしても屋台多いな」

「この神社は特に屋台が多いらしいよ」

「前も来たことあるのか?」

「ネットに書いてあったの! 他にもお守りこととか、御朱印の情報とかが書いてあって――」

「あ!」


 ――お守り、お守りだ! お守りを買っていなかった。

 今まで早く帰ることしか考えていなかったが、よく考えてみれば、数分であれば会う確率はそう変わらないだろう。


「兄貴どうしたの?」

「お守り、買ってないよな」

「おみくじもやってないよね」

「食べるのはあとにすっか」

「だねっ!」



 授与所に向かっている最中、晶は足をぴたっと止めた。


「どうかしたか?」

「やっぱり家に帰らない?」


 そう言われたときは戸惑ったが、今日買う必要もなかったかと思い直し、俺たちはまたもや方向転換した。


 晶はなぜそう言い出したのか。晶の様子は気になるが、表情はいつもと変わらなかった――いや、一瞬だけ、驚いたような表情を浮かべていたが、それと何か関係あるのだろうか。



 数歩歩いたところで、気づいてしまった。


(西山たちだ! 西山たちがいる……!)


 なんとタイミングが悪いのだろうか。


「兄貴、どうかした?」


 晶が尋ねてくる。不自然な振る舞いだっただろう。少し歩いてすぐに固まったのだから。


「ナンデモナイゾ」

「何その裏声?」


 俺と晶は吹き出して笑う。確かに裏声だったなと思う俺。互いに同じことを思っただろう。なんで、二人は不自然な行動をとったのだろうか、と。


「兄貴、やっぱり何かあるでしょ」

「ああ、西山を見つけてな。晶のほうは?」

「ひなたちゃんを見つけて……」


 なんだひなたか。

 ひなたを見つけて何の問題があるのか分からなかったが、偶然会って少し戸惑ったのかもしれないな。

 晶とひなたは、学校のある日は毎日会っているが、偶然会うことはあまりないしな……


 そんなことを考えながら、西山から逃げるように俺は踵を返す。

 一方、晶はというと、「ちょ、ま…………」という言葉になっていない声をあげている。

 そして――俺は気づいてしまった。ひなたの存在に。

 姿のひなたの存在に――



 どうすれば良いのか分からなかったので、とりあえず俺は晶の手を引いて、スッと屋台が立ち並ぶ道の脇へと誘導することにした。


 西山たちが過ぎるのを待つ間、俺はどうするべきか考えた。

 俺たちがひなたのいる授与所に行ってしまえば、ひなたは気を使うことになる。やり取りはしなくても、ひなたの視界に入れば、仕事に集中できないだろう。それに加え、少し気まずくなるかもしれない。

 それを回避しようとすれば、帰ることになる。それは最善の手かもしれないが……数日前、晶が家で、「初詣のとき、おみくじ引きたいな」と言っていたのを思い出す。それに、西山たちが行ったすぐ後なら気づかれずにいけるのではとも思う。

 どうすれば……


「晶、お仕事中のひなたに会うのは気が引けるが……行くか?」

「? 兄貴、何か勘違いしてない?」

「勘違い?」

「僕はただ、巫女姿のひなたちゃんの姿を兄貴に見られたくないだけで……あんなに可愛いから……」


 そ、そうだったのかよ! 晶が必要以上に気を使っているようで、心配になった。それにしても……可愛い理由だったな!!


「もう見ちゃったわけだが……やっぱり行くか?」

「いや、帰る!」

「そこは、行く流れだろ!」


 俺は少し面食らう。その流れは完全に行くことになるやつだろ!

 ……本人が良いと言うならいいのだが。


 それにしても、巫女姿のひなた、本当に美しかったな……


「兄貴?」


 晶は何かを感じ取ったらしい。この後、不機嫌にならなければいいのだが。





 帰り道。俺たちは電車に揺られていた。あの後、晶へのご機嫌取りが長引いて、あれから一時間も経っていた。


 ちょうど乗客が少ない時間帯だったのか、席はところどころ空きがある。

 俺たちも座っているのだが、晶は隣でウトウト寝ている。安心したような顔で熟睡している。俺の肩にもたれかかってきたのはつい先ほどのこと。

 俺も目を瞑っておこうかと思ったら、スマホの通知。西山からLIМE。

 嫌な予感がして、恐る恐る開いてみると……


『今日のこと、明日にでも詳しく説明してね♡』

 とのことだ。やはり、西山に隠し通すのは難しかったらしい。






──────────

 1月2日( 火 )

 今日は兄貴と初詣に行った!

 寒かったけど、昨日よりも暖かかった。

 気温はあんまり変わらなかったみたいだけど、晴れてたから暖かかったのかも。

 それで、驚いたことがあって、

 ひなたちゃん、神社で巫女さんのバイトしてたみたい!

 神社で見かけたときはびっくりした

 さっきLIMEで聞いた話だけど、大学生の友達の体調が悪くなっちゃったらしくて、昨日頼まれたみたい。

 やったことないって言ってたけど、プロの人みたいだった。

 近くからは見てないけど、巫女さんの服、似合ってたな~

 私服もかわいいけど、あの姿のひなたちゃんも可愛かった!!

 可愛すぎて、兄貴には見てほしくなくて、早く帰るように言った。

 でも、兄貴はひなたちゃんを見つけちゃった……。ちょっと見惚れてたかも!

 正直嫉妬しちゃうけど、しょうがないなとも思う。

 本当は迷惑なっちゃうしっていう建前のはずだけど、思わず、嫉妬してるってこと言っちゃった……。

 来年は、私もひなたちゃんと巫女さんやるかも。2日と3日だけでも大丈夫って聞いたから、元日に兄貴と初詣に行ってやるのもありかも。

 似合ってたら、兄貴も見惚れてくれるかな……?

 ひなたちゃんに見惚れてた兄貴が許せない! 来年は絶対にドキドキさせてやる!

──────────






(次話 『ちょっとした事故』)

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