第9話 東京の占い師に聞け
タクシーが停まった。カーナビに入力した場所についたらしい。
「降りよう」
俺は、先ほどまでぐったりしていたリリスの手を取りタクシーを降りる。ここにも人はいるものの、渋谷駅周辺よりは少ないようだ。
「一体何なの? この人の量は」
「多いよね。俺も田舎から出てきた時は戸惑った」
「思念の渦がとんでもないことになっているわ」
「その、思念の渦ってなに?」
「まあ見えないでしょうね。レンタロウにはその力がないから」
「力?」
「馬が居なくても車とやらは動くし、電車もなんで動いているのか。まるで魔物だわ」
「まあね」
厨二の設定にしては随分細かいな。その辺りは省略しないんだ?
「とにかく騒がしいわ」
「それは同感」
東京は人も車もめちゃくちゃ多い。日本中どころか世界中から人が来ているため、外国人の姿も良く見かける。むしろ最近は日本のカルチャーが好きな外国人も多いため、リリスのゴスロリファッションが目立たないので助かる。
「何あの音?」
てーれーれーてれれれー♪ 信号機が変わり電子音の通りゃんせが流れている。リリスはそんなところも気になるようだ。そう考えれば、町を通って俺の家まで来たんじゃないとも思えて来る。
「あれは信号の音だよ」
「なんでいちいち音が鳴るの?」
「身体の不自由な人の為かな、目が見えない人のね。後は安全の為だと思う」
「なるほど、それは親切ね」
「そうだね」
リリスの顔色を見ると少し落ち着いたようだが、実際の所はどうなんだろう? 町の様子にも気が向くようになったという事は、少しは良くなったのだろうけど。
「体調はどう?」
「少しはマシね。人が少なくなったのもあるけど、慣れて来たみたい」
「よかった」
「で、ここがマジックキャスターの屋敷?」
リリスに言われ、俺は目の前の雑居ビルを見上げる。すると二階の看板に占いの文字が見えた。
「たぶんスピリチュアル系だと思うけど、マジックキャスターかは分からない」
俺も初めて入るので、正直どんなところか分からない。そもそも占いを信じてるわけでもなく、せいぜい朝の情報番組に出て来る占いを見るくらいだ。もちろんそれも信じておらず、話題作り程度に見るくらいだった。ただスピ系と考えたら占いが頭に浮かんだだけである。
一階の通路にも看板が出ており、ニ十分で二千五百円~と記されていた。恋や仕事やお金について占うそうで、手相やタロットなんて書いてある。パワーストーンも取り扱っています♪ とも書いてあるので、やはり占いとは商売っ気が強い物だと思ってしまう。それでも神社の御祈祷や祈願は一万円以上したりするので、それよりは安いのかもしれない。それらが一緒の物かどうかは分からんけど、神がかりな事だとすれば同じだろう。
「いらっしゃいませ」
普通に綺麗なお姉さんが出て来た。
「あの、ちょっとみてもらいたいんです」
「わかりました。少々お待ちください」
俺とリリスが待合の椅子に座って待つ。すると先ほどのお姉さんが来て言う。
「本日はどの占いになさいますか?」
えっ? 正直なんにも分からんし、そもそも占いに来たわけじゃない。どの占いとか言われても何て言ったらいいのやら。
「あの、スピリチュアル系が強めのやつで」
「かしこまりました」
俺達はお姉さんに案内され、木目調の壁にべたべたと神秘的な何かが貼られた部屋に通された。その部屋は薄暗く、目の前に三十代くらいの髪の長い女の人が座っていた。
「どうぞお座りください」
「はい」
俺達が座るとお姉さんがお香のような物を焚き始める。とにかく俺はリリスの悩みを解消したいのだが、何を話したらいいのか分からなかった。だが占い師が勝手に話を始める。
「あら、とても可愛らしいお嬢さん」
まあそうだ。普通ならそれだけでも、気分が良くなって信じてしまうかもしれない。
「あの、悩み解決で来たのですが」
「そうですか。わかりますよー、あなた方の未来が分かります」
うそ? もうわかっちゃった? マジ?
すると突然、リリスがスッと手のひらを占い師の顔の前に上げた。占い師は目を見開き、話している最中のまま止まる。俺が慌てて占い師に話しかける。
「えっ? あの、どうしました?」
占い師はまるで一時停止のような状態になって動かない。
「レンタロウ。この人には魔力が一切備わっていない、ここでアイテムボックスの相談をしても時間の無駄だわ」
リリスがいきなり失礼な事を言ったので、俺は慌てて占い師に謝る。
「あ、すみません! 彼女は日本に慣れてないもので!」
だが、それに答えたのはリリスだ。
「安心して、聞こえてないから」
「えっ?」
「とにかくこの人はマジックキャスターじゃない」
「そういう能力が無いって事?」
「そう」
「マジか…」
「だから帰ろう」
「ごめん、お金を払わないで出てったら犯罪になると思う」
「なんで? 意味が無いのに?」
「それでも仕方がない」
俺はスマホを取り出して時間を見る。入って来たのは三分前くらいだから後十七分。それをリリスに見せて言う。
「あと十七分」
「じゃあ…十七分後に術を解くわ」
「いや、二千五百円がもったいないし、とりあえず話だけでも聞いておこうかなと思うけど」
「好きにすればいいわ」
リリスが占い師の顔の前から手をどけると、占い師が何事も無かったように話し出す。
「占いたいのはお二人の御関係?」
「えっと、最近転職したんですけど、仕事が上手く行きますかね?」
「仕事運ね。わかりました」
占い師は俺の手を取りじっと見る。その後で目をつぶるようにして、じっと何かを考えているようだ。
「転機がおとずれたのですね。転職は良い判断です」
「そうですか」
「ですが…あなたには悩みがありますね」
ある! このゴスロリ少女を早く家に帰したい! あと願わくば美咲さんともっと話をしたい!
「はい」
「どうやらあなたは何かに固執してしまっていますね。まずはそれをやめなければ仕事では成功しません」
「え?」
「今年の二月か三月、もしくは夏ごろ、そして十二月ごろに運命的な出来事がございましたね?」
確かにあったかも! 夏過ぎた頃に転職したし、今月は美咲さんと知り合う事が出来たし。
「はい、ありました」
占い師は俺の目をじっと見てから、チラリとリリスを見る。
「まずは女性関係を清算する事が大事です」
「えっ? 女性関係?」
「はい」
「あの?」
「はい?」
「今まで女性と付き合った事は無いんですけど」
「…わかっておりますよ。女性と言っても彼女や奥さんばかりでは無いのです」
「はあ」
「例えばお二人はどんな御関係?」
そう聞かれて俺はグッと喉を詰まらせた。どういう関係と言われても、昨日の深夜クローゼットから出て来たばかりだと言うわけにはいかない。
「えっと、なんといいますか、複雑な事情がございまして」
「そうでしょうねぇ、わかります」
占い師が目を細めて訝し気なまなざしで見る。それに俺はドキッとしてしまった。もしかしたら未成年を連れて歩く悪いやつだと思われたのかもしれない。嘘をついても見破られそうだ。
「えっと、あの。この子とは昨日、突然出会ったのです」
「そうだと思いました」
うわ! 流石に占い師、俺の事は何でも知ってるんだ! さっきからバシバシ当たっている!
「まずあなたは、はっきりと人に物を言えないタイプですね?」
「そうです」
「それが災いになるのです」
「そうなんですね」
「さらに人がいいために、人助けをしてしまう。違いますか?」
「そうなんです! だから助けたいなと思って」
「では」
そう言って占い師は水晶を取り出した。それに手をかざして目をつぶる。
「あの、なにを?」
「未来透視です」
「み、みらい!」
「お静かに」
少し経つと占い師が目を開けて言った。
「まず仕事で上手く行きたいのなら、ゆっくり休養を取る事も大切です。無理をすれば体を壊す事もあるでしょう」
「はい」
「またストレス解消の趣味を持った方がいいですね」
確かに俺に大した趣味はない。とりあえずスマホのゲームくらいだ。後は銭湯に行ってリラックスするとか。
「何かやってますか?」
「あの、銭湯に行ったりしてます」
「いいですね。それでは銭湯に言った後、部屋に戻ったらこれを」
スッと、俺の目の前に板のような物と小さい箱が差し出された。
「これは?」
「運気の上がるお香です。あなたにはローズウッドの香り、これを夜寝る前に焚くと良いでしょう」
「そうなんですか?」
「セットで千六百円になります」
意外に安い!
「じゃあ」
スッとリリスが占い師の前に手をかざした。するとまた一時停止のように占い師が止まる。
「それ要らない。運気とかに関係ないわ」
「そうなの?」
「断って」
「はい」
スッとリリスが手を引いた。占い師の一時停止が解ける。
「あの、アパートなので臭いがつくと不動産に怒られます」
「それならこれを」
そう言って占い師は、俺の目の前にカラフルな石を置いた。
「パワーストーンです。これにはスピリチュアルな力が」
「そうなんですね! これはおいくらですか?」
「さっきのお香より少し高くて、三千五百円です」
「うーん、ちょっと高いですけど、運気が上がるなら」
スッとリリスが手をあげる。占い師は一時停止状態になった。
「これもいらない。魔石でもないし、魔法の触媒になる宝石でもない。ただ綺麗な色の石だから、別に買わなくてもいい」
「そうなの?」
「そう」
スッと手を降ろす。
「あの、要らないです」
「いいんですか? 災いが降りかかるかもしれませんよ?」
「いや。ちょっと今日は持ち合わせが無くて」
「カードも使えますけど?」
「現金主義でして」
「わかりました。それではまたいらっしゃい、その時にはしっかりと運気アップのための物をご用意いたしましょう」
「ありがとうございます。ぜひよろしくお願いします」
すると後ろのカーテンが開いてお姉さんが言う。
「先生。お時間です」
「はい」
占い師は俺を見て言った。
「それではね、ニ十分ですので二千五百円になります」
「はい。ありがとうございました」
財布から三千円を出すと、五百円のお釣りが返って来た。俺は深々とお礼をして、リリスと一緒に占い師のビルを出るのだった。
「やっぱ占いって当たるんだなあ」
俺がぼそりというと、リリスが呆れた顔をする。
「何言ってるの? それっぽい事を言われて勝手に合点がいった顔をしてたのは、レンタロウよ。あの人には魔力もスキルも何もないわよ」
「そうなの?」
「当たり前の事を言われていただけじゃないの。まあ信じるのは勝手だけど、とりあえず無駄なお金は使わなくてすんだわ」
「はあ」
そして俺は時計を見る。十一時前。
「他の占い師の所に行って見る?」
「恐らく無駄だと思うわ」
「そうか」
するとリリスが顎に手を当てて考え始める。俺はジッとその隣でリリスが話すのを待った。
「まずはアイテムボックスの件は置いておきましょう」
「で、どうする?」
「この街を案内して」
「えっ!」
「町に興味が出て来たわ」
「で、でも二人で歩くというのは」
「案内して!」
「仰せのままに」
俺はリリスの手を引いて、繁華街の方に足を向けるのだった。俺の右腕では隷属の腕輪が怪しく光っていた。
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