第10話 死霊術師と渋谷109

 さっきの占い師の店での出来事はとても不思議だった。もちろんリリスの命令を全て聞いてしまう俺も不思議だが、占い師をぴたりと固めてしまったあの力は一体なんだろう? リリスが手をかざすと、占い師がまるで一時停止のように止まった。


 俺は隣を歩くリリスに聞いてみた。


「占い師が固まったよね? あれはリリスの力?」


「そうよ」


「催眠術かなにか?」


「違うわ。生体の操作よ」


 また厨二ぽい事を言ったが、間違いなくそういう能力なのだろう。とにかく説明がつかないので、俺はそう納得するしかないのだが。


 あと…町を案内してと言われても何をどうしたらいいのか全く分からず、女の子を連れてどこに行けばいいのか皆目見当がつかない。いくら訳の分からないゴスロリ少女だからと言っても、見た目は美人で可愛い美少女だ。デートなど事がしたことない俺はだんだんと緊張してくる。


「えっと、どこに行ったらいいかな?」


「分からないわ。この世界の事は一つも知らないもの、まあ歩いているだけでも十分珍しいけど」


「ならいいんだけど」


 普通は女性とデートする時は何処に行くんだ? 考えろ! 考えろ! 考えろ…女子、渋谷、渋谷と言えばマルキュー! そうだ! 買い物だ!


「ちょっと思いついた」


「あらそう?」


 ゴスロリの女子を連れて歩くのはなかなかに厳しく、俺は再びタクシーを拾って乗った。まもなく店の前に到着したので、料金を払って俺はマルキューに入る。するとリリスが女の子達の注目を集めはじめた。リリスは美人だしスタイルも良いので、周りの女子達からは褒める言葉が聞こえた。


「えっ、かわいい!」

「ほんとだ! モデルみたい」

「モデルより全然可愛いって!」


 するとリリスが慌てて俺の方に近づいて来て言った。


「ちょ、ちょっと。何か注目されてるんだけど」


「リリスが目立つからだと思う」


「なんでこんなところに来たの?」


「服を買っておいた方が良いんじゃないかと思って。着替えが無いでしょ?」


 リリスは周りの女の子達と自分の格好を見比べて頷いた。


「なるほど、この世界に馴染むならあった方がいいわね」


 とはいえ、まずは先に金を降ろさねばならない。想定外の事に俺はそれほど金を持っておらず、ここに来たのも初めてなのでどうしたらいいか悩む。とにかく店頭にいる店員に聞いた。


「あ、あの」


「はい?」


「ATMってありますか?」


「七階のエレベーターホールにございます」


「わかりました。どうも」


 リリスの手を引いてエスカレーターに乗る。そもそもが初めての場所だし、お客さんは女の子しかいない。物凄いアウェイ感に襲われながらもエスカレーターを登って行った。


「あった…」


 エレベーターホールのATMで念のため十万円ほど下ろした。もちろん貯金が全くないわけじゃないし、もともと年末年始に実家に帰るために金は降ろすつもりだった。まあ、この状態で実家に帰れるかどうかは分からないけど。


「それはなにかしら?」


「金を引き出す機械だよ」


「お金を? 随分便利ね」


「こういうのは、いたるところにあるんだよ」


「そうなのね」


 ATMを離れ、エスカレーターに乗ったところでリリスに言う。


「好きな服はあるかな?」


「どうかな? 見てもいいの?」


「どうぞ」


 リリスは先を歩いて、ある店の前で足を止めた。英語で書かれた店名で、なんと読むのだろう? エーエヌケー…ルージュ? 良く分からないが、今リリスが着ているのとそう遠くないデザインの服があった。


「入って見たら?」


「レンタロウも来て」


 リリスが服を見ていると店員が声をかけて来た。


「どういう物をお探しですか?」


 リリスがそれに答える。


「黒のロングが良いわ」


「それでしたら…これはいかがでしょう?」


 店員が黒い服を差し出してくる。


「なるほど」


 すると店員が言う。


「どうぞ試着してみてください」


「いいのかしら?」


「どうぞどうぞ」


 そしてリリスが試着室に入り、俺はそこから離れたところに立っていた。もちろん俺は自分がこの場所に似つかわしくないを自覚しているので、目立たないようにすみっこに立つ。


 すると店員が俺の所に来て、試着室に連れていく。


「彼氏から見てどうです?」


 か、彼氏…。


 動揺しながらも試着室を見る。すると可愛らしいロングの黒いワンピースを着たリリスがいた。大きなリボンをつけてとても似合っていた。


「に、似合ってる」


「ですよねー! モデルさんみたい」


「は、はい」


 俺がそう言うとリリスが言う。


「ならこれにする」


「はい、ありがとうございます」


 あっという間に決まった。服を着替えてリリスが店員に服を渡すとレジに行く。


「一万七千六百円です」


 俺は財布から二万円を出した。支払いをしているとリリスが俺に言う。


「いいの?」


「いいよ! てか、足りないんじゃないかな?」


「十分だわ」


「いいから、いいから!」


 店を出てエレベーターを降りていく。すると三階に差し掛かった時、リリスが足を止めた。


「入ろう」


「わかったわ」


 その店の服も、今リリスが来ているものと似ていた。大きなリボンとフリルのミニスカート。結局そこでも店員が声をかけて来る。


「いらっしゃいませ。あら、彼女様とても素敵ですね」


「い、いや。まあ、そうですね」


 今度はリリスがスッと服を選んだ。俺がどぎまぎしているのを察知して、速やかに決めてくれたのかもしれない。


「これが良いわ」


「ではご試着してみてください」


「ええ」


 リリスが、試着室から出て来て俺が感想を述べる。


「いいと思う」


「じゃ、これ下さい」


「はい。こちらのセットアップですね。ありがとうございます!」


 俺はまた二万円を出し、お釣りをもらって店を出た。


 そして更に言う。


「もっと買おう」


 するとリリスが言った。


「十分だわ。そんなに長く滞在しなくてもいいかもしれないし」


 簡単に帰れる? でもアイテムボックスとやらがどうなるんだか?


「帰れる目処があるの?」


「ないわ。向こうの世界から繋がればあるいは…」


「そうなんだ! そうなると良いね!」


「あとは…申し訳ないんだけど」


「なに」


「下着が欲しいかも」


「あ! そうか…」


 どうしたらいい? たしかさっき館内にあったぞ。だけど、女の子と下着屋に? だ、大丈夫なのか? どうする?  まずいんじゃないか?


 俺がためらっていると、リリスは俺の手を引いた。


「こっちだわ」


 どうやらリリスは既に目を付けていたらしく、店まで一直線に来た。俺はリリスを呼び止めて言う。


「さ、財布を渡すから行って来て」


 だがリリスから命令されてしまう。


「知らない世界で一人は無理よ。来て」


「仰せのままに」


 俺はリリスと一緒に下着屋に入るのだった。もう顔から火が出そうなくらい恥ずかしい、だけど俺はリリスに従いぴったりとくっついて歩く。すると店員が声をかけて来た。


「いらっしゃいませ。どんなのをお探しですか?」


 リリスが店員にいろいろと説明をし始める。俺はもうテンパりすぎて何を話しているのかもわからない。結局あれやこれやと話をして、最終的にリリスは俺に聞いて来た。


「どっちがいい?」


 あ、は? あの? どっちって言われましても…。


 何か黒生地に透明なレースと紫の小花のようなものがあしらわれた下着と、ピンクに赤と紫のレースがあしらわれた下着だった。


 俺はつい好みで言ってしまう。


「あ、あの、ピンクで」


 それを聞いたリリスは店員に言う。


「じゃあ、これをお願いします」


 一万円を出してお釣りをもらう。俺は買い物袋を持ってリリスの先を歩き、リリスは申し訳なさそうに俺の後を付いて来た。一階の玄関から外に出るとリリスが俺に言って来る。


「お金を使わせてしまったわ」


「いい、いい! 困ったときはお互い様だから」


「前の世界ならお金があったのに。何もお返し出来ない」


「いらないいらない! とにかくなんとか乗り切らないと」


「ありがとう。レンタロウは本当にいい人」


 そしていつの間にか時計は十二時をすぎいた。俺はリリスに言う。


「お昼だし、ご飯食べよう」


「ご飯まで?」


「いいからいいから」


 俺はリリスを連れて、仕事の時ランチでよく行くハンバーグの店へと足を進めるのだった。

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