第6話 美少女と二人きりの朝

 隣りの家の外国人が騒がしい。早朝から歌声や賑やかな話し声が聞こえるし、時おり壁にぶつかるような音がする。だがかなり疲れていた俺は、その騒がしさに抵抗して眠り続けようとしていた。まどろみの中で、俺は外国人が住む部屋の壁の反対側に寝返りを打つ。


 むに。


 なんか温かいものに顔がぶつかった。


 ‥‥‥


「えっ?」


 驚いて目を開けると朝なのに目の前が暗い、俺は何かに顔をうずめていた。


「なに?」

 

 俺は急いで起き上がり、顔をうずめていた物の正体を見た。


「うわ!」


 ベッドの上に寝ていたはずの家出少女が、何故かベッドから降りて俺とベッドに挟まるように寝ていたのだ。そして俺が顔をうずめた物は、その少女のたわわな双丘だった。思ったより大きくて俺は頬を赤らめる。


 ダメだダメだ! 相手は女子校生。そんな考えをもってはイカン!


 俺はそっと起き上がり、ベッドの毛布をひっぱり女の子にかけてやる。


 そうだ。今日はこの子を家に帰さないと。その前に朝ごはんぐらいは食わせてやろう、若い女の子ってなに食うんだ?


 とりあえずコンビニに出かけようと

、俺はセーターとデニムパンツを着てダウンジャケットを羽織る。スマホを見ると朝の六時四十分だった。速やかに行動を起こして、この子を自宅に帰らせなければいけない。


 俺は部屋を出て鍵を閉め美咲さんの部屋の方をみた。流石に昨日は遅かったので、まだ寝ているんじゃないかと思う。すぐアパートの階段を降りて真っすぐにコンビニに向かった。


「寒むっ」


 息が白い。


 道を進んで丁字路を曲がり、真っすぐ進むとコンビニがある。コンビニでサンドイッチとおにぎりと菓子パンをカゴに入れ、オレンジジュースと野菜ジュースと念のためミルクティーなんかも買う。俺はミルクティーは飲まないが、女子校生は何故かミルクティーを飲みそうな気がした。


 レジに行くと店員が来たので、俺は店員に言う。


「おでんいいですか?」


「はい」


 そして俺はトングを持って味付け卵と大根、焼きちくわとウインナーと牛すじ串をカップに入れ汁を注いだ。


「こんなもんか」


 会計を済ませた俺は自分のアパートへと向かう。すると道の向こうから美咲さんが歩いて来た。


「あ、水野さん。おはようございます」


「美咲さんもお早いですね! お出かけですか?」


「大工さんが下見に来るんです。工事は年明け着工するみたいなんですけど、年内に資材の発注をしておくみたいで」


「なるほど。じゃあ頑張ってください!」


「はい!」


 すれ違おうとした時、美咲さんが俺に言った。


「あ、そうだ。昨日の夜なにか物音がしませんでした?」


 ギクッ! もしかしたら俺がバタバタしているのを聞かれたかも。なんて言おう?


「あの、そうでした?」


「気のせいかも」


「かもしれないです」


 とにかく俺は、そそくさとその場を離れアパートに戻った。玄関を入るとシャワーの音が聞こえて来る。ユニットバスの中が暗いので、たぶん電気のスイッチが分からなかったのだろう。電気をぱちりとつけてやった。


「わっ!」


 ドシン!


 突然、電気をつけてたことに驚いてしまったようだ。俺は、すりガラスの向こうに謝る。


「ごめん。驚かせた?」


「び、びっくりした!」


「ごめんね」


「い、いや。は、はっくしょん!」


「え? 風邪ひいた?」


「水が冷たくて」


「いや。あの、赤い方の蛇口をひねってみて」


「え?」


 キュッキュッ!


 シャー! とシャワーの音が強くなると中から少女が言って来る。


「凄い! なにこれ? 魔道具?」


 なるほど。コスプレ設定は徹底するって訳だ。


「そうだよ。温かいでしょ?」


「うん」


 そして俺は奥に行って、自分のプラボックスからバスタオルを取り出す。それを持ってシャワー室の取っ手にかけた。


「タオルはここにかけておくから」


「わ、わかったわ」


 部屋の中に入って、買って来た食べ物をテーブルに置いた。そしてスマホを見る。


 そして検索窓に次のように入力した


 家出、青少年、保護


 すると警察庁や厚生労働省、弁護士などのサイトが出て来た。それを開いてみると衝撃的な内容が出て来る。


 未成年者の同意であったとしても、保護者の同意なく宿泊させてはいけない!? 未成年者誘拐罪?


 まずい…まずいぞ。俺は知らない間に犯罪を犯していた。あんな深夜に連れ出すのもどうかと思ったし、警察沙汰にしてしまっては彼女が可哀想だと思った。だからすぐに警察に通報しなかった…でもそれは犯罪になるらしい。


 ガチャっとユニットバスのドアが開く音がした。俺の心臓は高鳴り汗がどっと噴き出て来る。


 だが…警察は可愛そうだ。どうにか穏便に解決しなくては。


 しばらく待っていると、無防備にも体にタオルを巻いて出て来た。裸同然の未成年の女の子が同じ部屋にいる。俺は冷静を装って彼女に言った。


「あの、朝食あるから」


「あ、ありがとう」


「ちょっと外出てるよ」


「なんで?」


「着替えるでしょ?」


「別に後ろ向いていてくれればいいわ」


 俺の後では、衣擦れの音がして着替えているのが分かる。


「いいわ」


 俺が振り向くと、またゴスロリファッションに身を包んだ彼女がいた。髪が濡れていて、タオルでそれを巻いているようだ。


「あ、ドライヤーがあるから」


 俺はドライヤーを取ってコンセントにさし、それを彼女に渡した。


「なにこれ?」


 いや流石にドライヤーは分かるだろ。俺が取ってスイッチを入れると温風が噴き出す。


「すごい。これも魔道具?」


 とにかく設定を徹底しているらしい。ここまで来たら痛いを通り越して凄い。


「そ。とにかく髪を乾かした方が良いよ」


「わかった」


 ゴーっと彼女が髪を乾かし始めると、シャンプーの香りが室内に漂った。しばらく乾かして彼女がドライヤーを渡してくる。


「もういいわ」


「はい」


 電源を切ってドライヤーのコンセントを抜き、そして俺は彼女に言った。


「何を食べるか分からなかったので、適当に買って来た」


「いいの?」


「食べていいよ」


 俺が割り箸を渡すと不思議そうな顔で見る。いちいち設定が面倒なので俺はスプーンを渡した。彼女はベッドに座って、おでんの味付け卵をスプーンに乗せた。


「珍しい料理ね?」


「どうぞ」


 はむ! と煮卵を一口でいった! ほっぺが膨らんでもごもご言っている。


「大丈夫?」


 しばらくもぐもぐして卵を飲みこんだ。


「おいしい! 食べたことない味だわ」


「これどうぞ」


 俺はペットボトルのミルクティーの蓋を開けて彼女に渡した。彼女はそれを不思議そうに眺め、飲み口に口をつけて飲んだ。


「おいしいわ! 作ったの?」


「いや。買って来た」


「いい料理屋を知っているのね?」


「ま、まあそうだね。てかコンビニだけど」


「コンビニって言うのね? 行ってみたいわ」


「ちょ、ちょっとまってくれ。それより、今日は流石に帰らなきゃでしょ?」


 俺が言うと彼女は困った顔で俺に言う。


「それが、帰れないの。どうしたらいいのか考え中よ」


「お母さんも心配してるでしょ?」


「親の顔なんか見たことないわ。私は施設で育ったから」


 なるほど…そう言う事だったか、施設から逃げ出して来たって感じだ。もしかしたら捜索願とか出されているかもしれない。早く何とかしないと俺が捕まってしまう。


「うーん。施設に戻るとか?」


「もう私が施設を出て久しいし、私は私の家があるから」


「一人暮らし?」


「そうよ」


 こんな年から一人暮らしとは驚いた。なんかすごい。


「じゃあ部屋に帰らなきゃ」


「それがね。でもゲートが閉じちゃってる」


「ゲート?」


「そ、これ」


 俺の前に皮のバッグが置かれた。なるほど、彼女はこれが欲しいらしい。俺は彼女に言う。


「それ君にあげるから」


「もらったところで今のところは、なすすべがないわ」


「なんで? 君が気に入ったならやるよ」


「あの、ちょっといいかな?」


「なに?」


「私は『君』じゃなくてリリスよ」


 なるほどそう言う名前ね。


「じゃあ、リリス。君をここに置いておくと俺が警察に捕まっちゃう。だから居られると困るんだ」


「‥‥‥」


「だから帰ろう」


「わかった。じゃあ食べたら出て行く」


「それが良い」


 それからゆっくりと食事をし終えて、リリスが立ち上がる。物凄く残念そうな顔をしているが、そんな顔をされても犯罪者にされるよりましだ。俺はリリスを連れて玄関に行きドアを開けてやった。


「えっ?」


 リリスがポカンとしている。


「どうしたの?」


「なに…この家並み?」


「なにって近所の」


「ちょっとまって!」


 バタン!


 リリスがドアを閉める。そして俺に詰め寄って来た。


「ここは何処?」


「東京だよ。世田谷区」


「トーキョー? セタガヤク?」


「そ!」


 するとリリスは慌てたような顔で言った。


「レブルマクトじゃない…」


「なにそれ?」


「私の国の名前」


「だから! そろそろ二次元設定はいいから!」


「まって、まって! 今何年?」


「令和五年だよ、西暦二千二十三年」


「神龍暦六百七十八年じゃなくて?」


 めっちゃくちゃ真顔で焦っている。ただ事じゃない雰囲気に俺は戸惑う。狭い玄関口で深刻な顔のリリスが俺に言った。


「命ずる。私をかくまいなさい!」


 なーにを言ってるんだ? そう思っている俺の口が、こう答えた。


「はい。仰せのままに」


 何故か彼女の設定が俺に乗り移ってしまったのだった。

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