第5話 家出女子高生?
ヤカンのお湯が沸いたので、俺はトレーに不揃いのカップを並べヤカンを右手に部屋に戻る。何故かゴスロリ少女は、俺がぶら下げていたバックをあれやこれやといじくりまわしていた。
俺は黙って座り、インスタントコーヒーの粉が入ったカップを彼女の前の小さなテーブルに置く。そしてヤカンのお湯をちょろちょろとそそぎ、手前においた自分のカップにもお湯を注ぐ。そして湯気の立つカップを持って、フーと冷ましながらズズっとコーヒーを飲んだ。
「ふう」
だがゴスロリ少女は、未だに皮のバッグを縦に横にと眺めていた。
「あのー、コーヒーは嫌い?」
俺が声をかけたらようやく顔をあげた。そして俺に向かって言う。
「なにこれ?」
「コーヒー」
俺は目の前でそれを飲んで見せる。ゴスロリ少女がめんどくさそうにカップを持ち上げた。
「熱いので冷ましてね」
「フーフーフー」
ズズッ。
「にがっ! なにこれ? 薬?」
「違う違う。コーヒー、苦いか。ちょっと待ってて」
そして俺はボードから砂糖とミルクを取り出した。ゴスロリ少女を見て聞く。
「えっと、砂糖は何本?」
俺が聞くとゴスロリ少女は俺の手から、砂糖のスティックをとった。
「なにこれ?」
「あ、舐めてみてもいいよ。それ砂糖だから」
「あなたが舐めて」
俺はおもむろにもう一本のスティックをとって封を切る。そしてそれを手に取って舐めた。
「これは、これに入れるんだ」
俺のカップに砂糖を入れ、更にミルクを入れて飲んだ。ゴスロリ少女も見様見真似で俺と同じことをする。カップに口をつけて飲みこんで言う。
「それ、もっとちょうだい」
砂糖のスティックを瓶ごとやった。するとゴスロリ少女は立て続けに三本のスティックを入れる。甘党らしい。
「ふう。ようやく飲めるようになったわ」
「そりゃよかった」
会話が途切れ二人がズズズとコーヒーを飲む。だが突如ゴスロリ少女が言った。
「ズズズ! じゃないわ。なんでこんなところに私の鞄があるのかしら?」
「それは、買ったんだ」
「買った?」
「中古で」
「‥‥‥」
少女は皮の鞄に再び目を落とし、じっと考え事をしているが少しは落ち着いて来たらしい。俺はゴスロリ少女に尋ねる。
「えっと、学生?」
「ん? 私が? 学生な訳がないわ」
「社会人?」
「なにそれ?」
「未成年ぽいけど」
「何を言ってるの? 成人しているわ」
「あ、そかそか。何歳?」
「十六歳」
‥‥‥ん?
「は!?」
「聞こえなかった? 十六歳よ。間もなく十七になるわ、立派な成人よ」
「じゃ、成人して無いじゃん!」
「立派な成人だわ」
「はぁ? なんで?」
「十五歳をすぎてるもの」
なるほど、あれだ…。コスプレ厨二設定が生きてるんだ。真面目に受け答えをして損した。
「帰った方が良いよ。もう深夜だよ?」
だが少女が考え込んでしまう。何か帰れない事情でもあるのだろうか?
…わかった。家出少女だ。
「あ、もしかしたら、うちに帰れない事情がある?」
「そうね。すぐには帰れないみたい」
「まあ夜も遅いしね。どうやって俺の部屋に潜り込んだか知らないけど、交通費あげるから明日帰った方がいいよ」
「明日? そんなすぐには帰れないと思う」
「なんで?」
するとゴスロリ少女は俺の目の前に皮のバッグを掲げた。そしてその中身のない底を見せて来る。
「閉じちゃった」
「何が?」
「アイテムボックスのゲート。さっきから開けようとしているんだけど無理みたい、恐らくは向こう側からじゃないと開かないわ」
…という設定か。とにかく、すぐには帰りたくないみたいだ。
俺はその子がだんだん可哀想になって来た。もしかしたら、親に虐待を受けたのかもしれないし、施設から抜け出して来たなんてことも考えられる。とにかく一旦、朝が来るのを待って考えた方が良さそうだ。
「わかった。それなら、そのベッドを使ってくれ。まずは寝た方が良い。俺は下で寝るから」
「この格好で?」
…確かにゴスロリファッションで寝ろって言うのもきついか。
「ちょっとまって」
俺は自分のプラボックスから、トレーナーとジャージを取り彼女にそれを渡す。
「俺が、あっちの部屋に行ってるから。着替えたら教えて」
「わかったわ」
俺はユニットバスの中に入ってトイレに座った。
未成年の美少女が同じ部屋にいるぞ…まずいな。こんな事が周りに知れたら、俺は牢屋に入らなければならなくなりそうだ。
考えをめぐらせてしばらく待っていると、女の子がユニットバスの入り口をノックした。
「着替えた」
「ああ。はい」
扉を開けて外に出ると、女の子はジャージ姿になっていた。だがウィッグが取れていない。
「あの、頭は取らないの?」
「リボン?」
「それもあるし、その髪」
「髪は取れないわ」
「あ、地毛か」
どうやら紫色に髪を染めているらしい。
「カラコンは?」
「なにそれ?」
どうやら少女はどうしても設定を変えたくないらしい。紫色の瞳もそのままにしておくようだ、ひとまずそれ以上詮索する事は無い。
「じゃ、寝た方が良い」
「わかった」
ゴスロリ少女はベッドにもぐりこむ。俺はベッドの下の僅かなスペースに座布団を敷いた。ダウンジャケットを引っ張り出して来て、それを掛け布団代わりにする。エアコンの温度を二十六度に設定して、蛍光灯のこだまをつけた。部屋はオレンジ色になる。
眠れない。知らない女の子が俺の部屋にいる。もしかしたら金を盗んでいくかもしれない。まあ盗まれても大した額は無いが、免許所やスマホ、キャッシュカードを持っていかれると困る。
しばらくすると彼女の寝息が聞こえて来たので、俺はそっと起きて自分の通帳とスマホ、免許とキャッシュカードの入った財布と保険証を座布団の下に入れた。
「さて…」
そして俺は再び横になる。いつの間にか意識が無くなって俺は眠りについたのだった。
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