第4話 クローゼットのゴスロリ少女

 うるさい隣りの外国人の歌を聞きながらも、いつの間にか俺は眠っていたようだ。早朝に起きたにも関わらず遅刻し、会社で怒られ電車で絡まれる散々な日だった。だが隣りに美人の美咲さんがいると思うと何故かウキウキし、ビールでほろ酔いになった俺は気分よく眠ったのだ。


 何か楽しい夢を見ていたと思う。そんな夢の中から引きずり出されるように起こされた。水道の蛇口が緩んでいたようで、ぽちゃんぽちゃんと水が落ちている。


「ふわぁーあ」


 あくびをしながら起きて蛇口を閉める。そしてシンクに置いた瓶と何らかの動物の耳を見た。


 なんだかわからないが、こんな変なものを美咲さんに聞いて良いものだろうか? 


 俺はベッドに戻って布団に潜り込んだが、なかなか寝付けず携帯を取って時間を見る。


 二時過ぎ、まだそんなに寝ていなかった。疲れているはずなのに目が覚めてしまったらしく、珍しく隣の外国人も静かになっている。


 逆に静か過ぎて、余計に眠りにつけなくなってるのかな? 意外に隣りの外国人の騒がしさで、安心できてたりするのかもしれないな。


 その時だった。


 ゴン! ゴロン! 


 唐突にクローゼットから音がする。俺はビクッ! として身を縮めた。


 ん?


 俺はとうとうポルターガイスト現象を聞いてしまう。最初っから事故物件っぽいとは思っていたが、入居して三カ月やはりその時は来てしまったようだ。


 ガゴン! コン!


「うわ!」


 あまりにもはっきり聞こえた為、俺は布団に潜り込んだ。


 やべえ! やべえぞ! 丑三つ時だ… 幽霊だ…。


 恐る恐る布団から顔を出してクローゼットを見たが、特に何かが出てくる様子も無い。音がしなくなったので、俺は恐る恐るベットから出て電気をつけた。


「はあ、はあ」


 恐怖で息遣いを荒くしながら、そーっと扉に手をかけてクローゼットを開けてみた。スッといつも通りクローゼットが開くも、特段何か変わったところは無さそうだ。


「霊はいないのか?」


 そう思いながらゴロンと音がした床のあたりを見た。


「あれ?」


 まただ。ピンク色の液体の入った瓶と石ころ? 石ころにしては随分綺麗だ。そして何かの輪っか? なんだこれ?


 霊現象にしてはおかしい。


 いや。元々転がってた? ちがうな、俺はこんなものを入れた覚えはない。そしてなんだか石ころにしては妙に透き通っているし、輪っかもよく見ると装飾が施されているアクセサリーのようだ。


 もしかすると、隣りの外国人が窓越しに侵入して置いて行った? 


 俺はジッと落ちてた三つの物を眺めていた。


 わざわざ、アクセサリーなんて置いて行くわけないよな。


 俺は特に腕輪のような物が気になり、それを顔の高さまで掲げてみる。内側に何らかの言葉が記されているようだ。


「えっと…」


 俺がじっとその腕輪を見ていると、クローゼットの奥からにゅっ! と腕が出て来た。


「うっぎゃぁぁぁぁぁ!」


 俺が咄嗟に飛びのこうとすると、その手は俺の手首をがっちりと掴んだ。


「うわ! うわ! うわ!」


 とにかく俺はその手を振り払おうと、思いっきり引っ張った!


「きゃっ!」


 どさどさどさ! 


 むぐぐぐぐ! 息が苦しい。目の前が真っ暗だ! ゆ、幽霊が出た! とにかく息が出来ない! 顔が温かい! なんだ!


「痛ったたたた」


 女の声が聞こえて来る。声の感じからすれば若い感じだが、もしかしたらこの部屋で死んだ女の霊かもしれない。それよりも!


「ぐっぐるじい…」


「えっ」


 俺が窒息して死ぬ寸前に、俺の顔から暖かくて柔らかいものがなくなった。


「はあ、はあ、はあ、はあ」


 俺が酸素を求めて荒い呼吸をしていると、声が聞こえた。

 

「えっ?」


 目の前の光景に俺は驚きすぎて、何と声を発して良いのかわからなかった。


「おおおおおお!」


「何ここ?」


「おばけぇぇぇ!」


 俺がズサササと這いずって部屋の壁際まで逃げる。そしてベッドの毛布を取ってかぶった。


「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。成仏してください成仏してください」


 すると俺の後ろから声がかかる。


「あの」


「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」


「ねえ」


「アーメン、アーメン」


「ちょっと!」


 俺の祈りもむなしく、毛布をはぎ取られ俺の肩を霊が叩いた。


「見てません、俺は見てません」


「ちょっとあなた! 教えてほしいんですけど!」


 グイっと起こされたので、俺はくるりと反対を向く。するとそこには紫髪のゴスロリファッション美少女が立っていた。なんと! 霊はゴスロリ美少女だったのだ!


「呪い殺さないで下さい!」


「殺さないわよ。あなたは一体何者?」


「へっ? それはこちらの台詞では?」


「あ、私はリリス。ネクロマンサーよ」


「ねく、ねく。ネクロマンサー?」


「そうよ」


 ネクロマンサーと言えば、ゲームで言うところの屍人使いの能力の持ち主。そして目の前の黒いゴスロリファッションを身にまとった美少女は、見るからにネクロマンサーのコスプレをキメた美人。


「お、あの? あなたは、どこから?」


「それは、こっちが聞きたいの。一体ここは何処?」


「俺の部屋です」


 俺がそう言うと、ネクロマンサーを名乗る少女はきょろきょろと部屋を見渡した。


「変わった部屋、このランプは明るいし」


「それはランプじゃなくて蛍光灯です」


「ケイコートー? なにそれ?」


「電気です」


「雷系の魔道具?」


「魔道具?」


 どうやらキャラクターに入り込んで、設定を徹底しているらしい。だがそもそも不法侵入だ。いつからクローゼットに入り込んでいたんだろう?


「あ、あの。こう言う事しちゃだめだよ。警察を呼びますよ!」


 俺がそう言うと女の子は俺を見た。


「何を呼ぶって?」


「警察!」


 だがその少女の目線が、じーっと俺の腕先を見ていた。そして俺の腕をがっしり掴んで、目を見開いて俺に言う。


「なんでこれを着けちゃってるのよ!?」


「え」


 俺の腕には先ほど拾った腕輪が、がっちりとハマっていた。


「あれ、なんで?」


「はあ…」


 少女は俺の腕を離してすとんと座る。


「な、なにか?」


「その腕輪。ようやくヴァンパイア系魔人を討伐して奪い取ったアイテムよ」


「え、あ! 返します! すいません!」


 俺が腕輪を抜こうとするも、それはきつく腕に張り付いて抜けなかった。


「抜けるはずないじゃない。私が所有者で、あなたは隷属者になっちゃったんだから。私が死なない限り抜けないわ」


 そんな。厨二病が好きそうな事を言われても!


「とにかく、石鹸を付ければ抜けると思います」


「無理。別に隷属なんかしなくて良かったんだけどなあ」


 ゴスロリ美少女は呆れたように俺を見て、途方に暮れた表情をする。そして俺の足元に転がっている瓶を見た。


「あ! 私のポーション! と触媒石!」


「あ、これは君の? これも返します」


「昨日アイテムボックスに入れたのが無くなってたから、また買い足して入れたのよ。えっ! まさか!」


「な、なんです?」


「ここは? まさかアイテムボックスの中?」


「アイテムボックス?」


「私の」


 そして美少女は周りを見渡す。


「あ! 私のアイテムボックス!」


 そう言ってクローゼットに行き、美少女はぶら下がっている鞄をとった。そしてその鞄に手を突っ込む。


「うそ!」


 女の子の顔が一気に青ざめた。


「どうしたんです?」


「アイテムボックスのゲートが閉じちゃってる…」


 美少女は物凄く深刻そうな顔をして、何度も何度もバッグの底をまさぐっていた。そしてうつろな目で俺を見て言った。


「どうしよう」


 何か分からないが、その美少女はとても困っているようだ。困っているとなれば、不法侵入者と言っても放っておくわけにはいかなかった。


「あの、コーヒーでも飲みます?」


「なに?」


「とりあえず座ってください」


「はあ」


 俺は台所に行ってヤカンに水を入れてコンロに乗せた。チチチチチッボッ! と火がついて俺は不ぞろいのコーヒーカップを取る。そしてインスタントコーヒーの瓶を取り出し、コーヒーカップにスプーンで取り分けるのだった。

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