第3話 部屋にあった不審物

 女主人と俺は一緒に電車を降りて駅を出る。さっきの男達の事も気になるが、俺は彼女の店のこれからの事を聞かずにはいられなかった。


「あの! お店。どうなるんですか?」


「はい! 大家さんと話した結果、保険にも入ってたので直して使える事になりました! あと仕入れ先との交渉とか、今日はその話をしに出かけていたんです」


 それを聞いて俺は心底ホッとした。


「良かったですね! 俺、気になってたんです!」


「本当に良かったです。大家さんの勧めで保険に入っていて助かりました」


「いい大家さんで良かったですね」


 少し寒く二人の吐く息が白い、でも何故か俺の体は暖かかった。すると女主人が言った。


「あ、そう言えば今朝のお釣り!」


「いらないです! ご近所のよしみじゃないですか」


「このあたりに住んでいるんですか?」


「アパートです。転職して三カ月前に東京に引っ越してきたばかりで」


「そうなんですね。私は東京の会社で働いていたんですけど、独立して店を始めたところだったんです」


「へぇー! 凄いですね」


 そんな話をしていると、あっという間に彼女の店の前についた。店は青いビニールがかけられていて、なにも手を付けられていない。俺達は立ち止まって店を見る。


「綺麗に直るといいですね」


「はい。本当はこの二階に住む予定だったんです」


「えっ! じゃあ今、住むところは?」


「ああ、それも大家さんのご厚意で、ひとまず開いているアパートの一室を借りれたんです」


「それならよかったです。本当に心配だったんで」


「見ず知らずの人に、そこまで気を使っていただいて…」


「なんだか他人事じゃない気がして」


「ありがとうございます」


 俺達は店の前から再び歩きだした。俺のアパートに向かう交差点が来たので彼女にさよならを言おうとしたが、なんと彼女も同じ方角に曲がって来た。


「え、こっちなんですか?」


「ええ、奇遇ですね」


 俺と彼女はそのまま同じ方向に歩いて行く。彼女の横顔をチラリと見ると、今朝よりだいぶ明るくなっていて俺もホッとする。


 いやあ…東京も捨てたもんじゃない。彼女の店の大家さんが良い人で本当によかった。もしかしたらご近所という事で、たまに彼女に会えるかもしれない。しかし…どこまでも一緒に歩いて来る。


 俺のアパートの前について二人は顔を見合わせる。


「えっ?」

「えっ?」


俺が小道の奥を指さすと彼女が頷いた。俺は不動産としか会った事が無かったから分からなかったが、なんと彼女の店の大家さんは俺のアパートの大家さんでもあったらしい。あまりの偶然に俺は絶句してしまう。だが、突然彼女が笑い始めた。


「ふふふっ! まさか! 同じアパート?」


「そうみたいですね」


「偶然にもほどがあるわ」


「本当に…」


「部屋は?」


「階段を上がってすぐのところです」


「うそ? …私はその隣。一時的な間借りだからって言われて、今日初めて来たのよ」


「そうなんですね」


 俺が仕事に行っている間に、引っ越しの荷物を運びこんだらしかった。


「寒いし部屋に入りましょう」


 彼女が言うので俺が頷く。


「そうですね、風邪をひくといけない」


 俺達は階段を上り、俺の部屋の前で彼女が言った。


「あの、ご飯は食べました?」


「いえ。まだ」


「あの、お見舞いにって業者さんから貰ったんです。どうぞ」


 そう言って彼女は俺にビニール袋を渡してきた。


「いただけないですよ! あの、あなたの…」


「あ。私は美咲です。銀杏美咲(いちょうみさき)、ギンナンってかいて銀杏」


「あ、すみません俺も名乗ってなかったっすね。俺は水野です。水野蓮太郎(みずのれんたろう)」


「あら、古風で素敵な名前ですね」


「そんな事を言われたのは初めてです」


「ずぶ濡れの商品を買ってくれたお礼も込めてどうぞ」


「いや、だって銀杏さんのご飯が…」


「美咲で良いですよ。蓮太郎さん」


「美咲さんの夜ごはんですよね?」


「私は食べて来ちゃったから。夜も食べると太っちゃうでしょ?」


「そ、そうですか。じゃあいただきます」


 俺がポケットから鍵を取り出してドアを開けようとした時、美咲さんが言った。


「今日は二度も助けていただきありがとうございました。蓮太郎さんって本当にいい人なんですね」


「いえ。あんなの放っておけなくて」


「そういう人、最近では珍しいですよ。電車の中でもみんな見て見ぬふりしてましたもん」


「俺なんか震えてカッコ悪かったです」


「いいえ。カッコよかったですよ!」


 美咲さんがアパートのドアに鍵を差し込んで入る前に俺が言う。


「ご馳走様です! 美咲さんの店も上手く行きますよ!」


「ありがとうございます」


 俺と美咲さんは同時にお互いの部屋に入る。俺は自分の部屋の電気をつけて中に入ると、隣りの部屋の外国人の歌が聞こえて来た。だがいつもより腹が立たない、というよりも何故か楽しそうにすら聞こえてくるのだった。


「ふう。カッコよかった…か…。へへっ」


 勇気を振り絞ってよかったぁぁぁぁ! なんていう幸運なんだろう? 東京に出て来て三カ月、あんな美人と知りあえるなんて。俺は一生分の幸運を使ってしまったのかもしれない。


 そんな事を思いながら部屋の中に進むと、こつんと何かを蹴飛ばしたようだ。


「ん?」


 足元を見ると、ガラスの小瓶のような物が落ちている。


「なんだこれ?」


 それを拾い上げてみると、細工された小瓶の中にピンク色の液体が入っていた。それ以外にも何か変なものが落ちている。


「うわっ!」


 それを拾うと何かの動物の耳だった。


 何だ? なんだこれは…?


 今の幸せが吹き飛ぶように汗が噴き出て来る。部屋を見渡せば今朝買ったジーパンとマフラーと、皮のバッグが干されているだけだった。だがそれ以外に変わった事は無い。いったん窓の所に行って鍵がかかっていないかを調べるが、しっかりと鍵がかかっていた。


「…えっと」


 俺はこんなもの知らないぞ、何処からどう見ても見覚えは無い。


「何だろう?」


 いくら考えても思い出せなかった。


 そんな気分とは裏腹に、グゥーと腹が鳴る。


 そう言えば俺は昼から何も食っていなかった。手に持っている美咲さんからもらった袋を見る。


「そうだ」


 袋に箱が入っており、それは有名店のカツサンドだった。パンにソースが染みてて美味そうだ。とりあえずそれをレンジに入れて三十秒チンする。冷蔵庫からビールを持って来て、それをつまみにしてビールを飲んだ。


「うま!」


 あっというまに食べ終わり、俺はベッドにバフっと横になる。


 あんな美人と知り合えたんだ。変な瓶や耳が転がっていても気にしない!


 美咲さんから買ったジーパンに手を伸ばして触ってみると、すっかり乾いているようだった。


「しまっとくか」


 ジーパンとマフラーとバッグをハンガーに吊るし、クローゼットにしまう。そしてテーブルの上のピンクの液体の入ったガラス瓶を見た。


「もしかして…買ったバッグに入ってたのかもしれない」


 そう思ってみると、その可能性が一番高いように思えた。朝の記憶では無かったように思うが、急いでいたので気づかなかっただけかもしれない。


 耳を見ているうちに気味悪くなった俺は、それを一度台所のシンクに置いたのだった。一体何の耳なんだろう? こんな動物いるのかな? 蝙蝠?


 とりあえず疲れていたので俺は部屋に戻りベッドに横たわるのだった

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