第3話 始まりの町


 冒険者ギルド『始まりのケッセル』の裏手には、ランク試験用の広場がある。

 それぞれの冒険者に合わせて、剣闘場や弓の射場などが存在していた。


 その中でも特徴として、ダンジョンがあった。


 ダンジョンと言っても既に攻略された洞窟で、普段は厳重に施錠されている。


 放って置けば勝手にペムルが繁殖するので、冒険初心者の訓練用かつ試験用として残されていた。

 たまに清掃活動でオウジも入ったりするが、長居したくない場所だ。


「見習いの試験としては、このダンジョンに入って、ペルムを三匹ほど駆除出来たら認定出来るよ」


ただし、見習いの認定にあまり価値は無かった。


基本的には雑用係なので、魔蟲の死体処理や報酬部位の切除など、手間で汚れる仕事が多い。

稼げないこともあり、雑用が嫌で辞める人間もいる。


そもそも、魔蟲であっても殺し続けること自体が耐えられないこともある。


なので、適性を見るための通過儀礼的な試験だった。


「任せてください! これでも力仕事は得意です!」


自信満々に腕まくりをするルイナだった。

そのまま素手でずんずんとダンジョンに向かおうとするので、オウジが慌てて止めた。


「え? 武器は持ってきてないの?」


「そんなお金は持ってないです。大体のことは、これで解決してきました!」


彼女が笑顔で、握り拳を見せつけてくる。


彼は首を傾げた。


「魔法が使えるのかな?」

「いえ、普通に殴ります」


「……素手かぁ」


怖い物知らずの冒険者が、素手で魔獣を引きちぎった逸話を思い出すオウジだった。

ただ、可能だからと言って、彼女にペルムをちぎらせるのもどうかと考える。


「ちょっと待ってて?」


オウジはダンジョンの横にある雑用道具入れの戸を開け、ツルハシを取り出した。

それを彼女に渡す。


「手が汚れるから、これを使いなさい」

「え、いいんですか! あ、でも、壊しちゃうかも」

「いいのいいの。それもう古くて捨てるやつなんだ」

「ありがとうございます!」


 ルイナが両手で受け取って、勢いそのままに頭を下げた。

 淑女がランチ入りのバスケットでもぶら下げるようにして、ツルハシを持って洞窟へ向かう。


 据え付けられた鎖の錠前を外し、鉄製の鍵を開け、鉄扉を開いた。

 ダンジョンとはいえ整備されているので、ヒカリゴケで作られた照明が随所に光る。


「わあ、おうちみたいですね!」

「そうかなぁ?」


 首を傾げるオウジだったが、深く突っ込まないことにした。

 咳払いをしてから、居住まいを正す。


「はい、それでは冒険者見習いの認定を行います。任務内容はペルム三匹の駆除です。質問はありませんか?」


「大丈夫です! やっつけます!」


 そう言っている間に、生物の這いずる音がする。

 入口が開いたことを察知して、ペルムが現れた。


 逃がすと畑などを荒らして面倒なので、オウジは前に出て退治しようとした。

 しかし、腰の痛みが出たので立ち止まる。


 すると、ツルハシが横を飛んでいった。


「ん?」


 ぐるんぐるんと回転したツルハシが、見事にペルムへ突き刺さる。


「あ、いっけなーい」


 やっちゃった、みたいな顔をして駆けだしたルイナが、串刺しになったペルムに足を乗せて、強引にツルハシを引っこ抜く。


「すいません、素振りしたら飛んでいきました!」


「……うん、程々にね」


 下手をしたら背中にツルハシが刺さっていたかもしれないが、それよりも彼女に冒険者の素質を見た。


 失敗してもへこたれない、その精神性こそ冒険者だ。


「あと二匹だねぇ」

「はい、殺ってきます!」

「うんうん、討伐証明は触覚だけでいいからね。全部持って帰らないでいいから」

「はーい」


 ツルハシを持った少女が、花畑へ花冠でも作りに行く態度で走っていく。

 洞窟の曲がり角を曲がったところで、ルイナが言う。


「あー、いっぱいいますね」

「二匹でいいよー。無理しないでね」


 嫌な予感がしたオウジは、ゆっくり追いかけながら口に手を添えて声を出した。

 けれども、その希望は届かなかった。


「そうですかぁ? では――――えい。あ、折れちゃった。どうしよう。たくさん退治したら許してくれるかなぁ。よし、頑張るぞ!」


 彼女の呟きが、洞窟に反響して聞こえてきた。

 直後に、何度も拳を叩きつけるような音と、硬いものが引きちぎられる音がした。


「う、うぅん?」


 彼が曲がり角に到着して見た光景は、ペルムの体液にまみれたルイナの姿と、無残に破壊された黒い蟲の破片だった。


「あ、すいません。壊しちゃいました!」

「それはいいんだけど、気持ち悪くないの?」


 オウジの言葉に、彼女が小さく笑った。


「慣れてます。よく転ぶので」

「はあ。まあ、とりあえず、指定の三匹は討伐したからね。見習いの認可は出すから帰ろうか」


 後片付けしなきゃなぁ、と考えつつ、彼はダンジョンに背を向けた。

 その直後、妙な殺気が首筋に纏わりつく。


「?」


「どうかしましたか」


 振り向くと、ルイナが駆け寄ってきた。


 心配そうにするので、オウジは口元を緩めた。


「いや、なんでもないよ」


 ギルドの事務所に帰って、彼女の着替えを用意して貰わなければならない、と考える。


 女性の事は女性に、ということでメリルに頼むことにする。

 ただし、その願いは叶えられることはなかった。


 なぜならば、メリルは商業ギルドで足止めされて帰って来ず、その人手不足をカンサスが引き受けていたからだった。


 受付仕事と事務仕事を並行して片付けながら、カンサスが言った。


「えっと、彼女をギルド内に入れないでくださいね。掃除が大変ですから。あと、ちょうど良いので、オウジさんには彼女のメンターになって貰います。村の件はこちらで処理しますので」


 視線も合わせず、彼が仕事に戻る。

 本当に忙しそうなので、声もかけられない。


 ルイナを放って置くことも出来ず、オウジは帰宅することになった。




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