伝承唄
「あぁ〜、
戻るやいなや、
「全く、心配しましたよ。神隠しにあったのかと思って」
「まさか。上司と連絡していただけですよ。あとちょっとタバコも」
「まぁまぁ、とりあえずお食事にしましょう」
居間に通され、そのまま夕飯をご馳走になった。
孫が寝入ったあと、相田はあの雑木林を思い出して市川に言った。
「そういえば、お孫さん、カブトムシ気になってましたよね?近くに木が茂ってるとこありましたよ、確か神社の隣――」
「それって……、知らずの森?」
市川の娘は急に神妙な面持ちになった。
「知らずの森……?」
あれは森だったのか。森にしては規模が小さいような気がするが。
「その森って何かあるんですか?」
そう聞き返すと、今度は市川が言った。
「……あの森は近づいちゃいけない」
娘も目を伏せた。
『そこに入っちゃいけないんだよ』
「そういえば……、さっきこの近くに住んでる子かな?似たようなこと言われたんですよね。理由聞こうとしたらなんか逃げられちゃいましたけど」
「あの森はね、入ったら戻って来れないの」
「いやいや、見るからに人が迷うような大きさの森じゃなかったですよ?」
「――でも」
「でも?」
「私の友達は戻って来なかった……」
「……」
「他にも、近所の子供が肝試しで中に入ったらしいんだが、帰って来なくってな」
今度は市川が言った。
「嘘でしょう?」
「相田さん、夕方に放送が流れてるの聞きました?」
娘婿が聞いてきた。
「え?あぁ、なんか聞こえてましたね、防災無線のやつですよね?」
「あの不気味そうなやつ」とは言うのは何となく悪い気がして、相田は何とか誤魔化した。
「あれ、唄なんですよ」
「唄?」
「“知らず森の唄”ってここの人は呼んでるみたいです」
「はぁ……」
「僕も妻から聞くまではよく分からなかったんですけどね、唄っていうからちゃんと歌詞もある」
♪はやいはやいよ 黒いとり
龍のごとく火を吹いて
あたり一面まっかっか
まわるまわるよ 黒いとり
扇のごとく風を起こし
あっという間にまっかっか
それはあの少年が歌っていたものと同じだった。
「あの森に入っちゃいけない。黒いものがあたり一面を焼き尽くすから」
“黒いとり”、でも“龍のように早い”。まるで化け物のような何か。一体なんなんだ?
「“黒いとり”って唄にはありますけど……」
「カラスや他の鳥とは違うと思います。なんせ火を吹くってありますからね」
「その唄は私が子供の時からあってね、私の婆さんも知っていたよ。随分昔からここに伝わってきた唄らしい」
市川が言った。
「今もこうして放送で聞かせているのは、忘れないようにするため。村の人たちへ再三、入らないよう注意を促しているんですよ」
補足するように娘婿が言う。
「……伐採というか、そんな危険な森、無くしちゃいけないんですか?」
そう聞くと、ポリポリと頭を掻きながら市川が言った。
「2年くらい前にね、ソーラーパネルを設置するとかで下見に来た業者がいて、入るなとは言ったんだが――」
「はぁ……」
「……夜には姿が見えなくなってしまってね。村のみんなも探したし、会社の人も警察も来たけど、結局見つからなかった」
つまり、中に入って何か作業をしようとしても無駄だ、ということか。
「だから、相田さんもあの森に入っちゃダメですよ」
市川の娘は諭すように相田に伝えた。
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