不気味なメロディー

「どう?直りそう?」

 脚立を使ってエアコン内部の様子を確認している相田あいだを、見上げる形で市川いちかわは聞いてきた。

 

 エアコンはすぐの十畳ほどの居間となる和室に設置されていた。

 十畳といえども、田舎の一軒家である。ふすまさえ開けてしまえば隣合う部屋に繋がり、おおよそ3倍くらいの広さになるだろう。

 せめてもの、ということだろうか。相田のそばに扇風機を2台も稼働させているが、心ばかりの涼しさでしかない。長袖は流石に着ていないが、作業しているそばから汗が滲んできた。


「3日くらい前だね、反応悪いっていうか調子悪くなってさ。リモコンかな〜って思ったんだけど、電池換えても動かなくてさ。中の方の、ホラ、手動で動かすスイッチもあるでしょ?あれでもダメなのよ。頑張って中のほう取り外して直そうかな〜って。でも素人じゃやっぱりダメだねぇ」

 団扇うちわで仰ぎながら市川は苦笑いで経緯を語る。

「それでさ、一応直るかな〜ってメーカーさん、調べてお願いしたのよ」

「そうでしたか……」


 エアコンの故障はヒューズ(電流の流れを抑制する安全装置)が切れていたり、取り付け部分の腐食があったり、センサーが故障していたりすることが多い。もちろん日々のメンテナンスや中の掃除をせず、汚れが原因になることも多いが。

 中のフィルターも確認したが、相田の予想ほどは汚れていなかった。


「定期的に手入れしてるんですね」

「そう?夏と冬以外は使わないから、実際そんなには掃除してないんだけどね」

 苦笑いで市川は言った。

「これ、型も結構古いので、取り替えないと厳しいかもしれないです」

「はぁ……。やっぱり買い替えないとダメかぁ。商品届けて設置までって時間かかるよね?」

「急いでます?」

「実は――」

 そこで市川の携帯が鳴った。

「すいません、ちょっと……」


 どのみちこのエアコンの寿命は近いのだし、無理に修理せず、むしろ新しいのを買ったほうがいいのではないか。

 電話をしている市川の横で相田は、最新の商品をどう薦めようかと考えていた。


「娘がね、その今から……」

 電話を切るなり、市川が項垂うなだれながら言った。

「娘さんが来られるんですか?」

「ついでに孫も……」


 相田はそこでようやっと納得した。今はちょうど夏休み期間である。市川の娘も前々から休みを取っていたのだろう。

「コロナで中々会えなかったからなぁ……」

 相田には子はいないが、妻はいる。義父母が遠方にいたらきっとこんな感じなんだろうと思うと、市川を少し気の毒になった。

「……もう少し、いじってみます」

「頼むよ」


 休憩を挟み、エアコン内の清掃も行い、運転を試みるもやはり動く気配はない。

 市川の娘夫婦と孫も既に到着して、別室で市川と話をしている。まだ幼い孫の声と、それに応える市川の甘い声が聞こえて来る。


 これだけ時間と手間をかけたのだ。流石に無理だったと伝えても納得してもらえるだろう。

 市川のいる部屋に向かおうとしたときだった。マイクが入ったような「ブツ」という音がした。

「?」

 村の防災無線か、そこから流れてきたのは、聞いたことのないメロディーだった。童謡のような民謡のような、少し暗い感じのメロディー。マイナー調とか短調というのだろうか。「かごめかごめ」や「通りゃんせ」を連想させる何となく暗い感じの音階。


 知らないところで聞く、その短調なそのメロディーに相田は底知れぬ不気味さを感じた。


 早く帰りたい。


 市川のいる部屋へと急いだ。

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