流文村
ここはひどく暑い。
涼しい車内にいても少し窓を開けただけで、ひどく蒸し暑い空気が流れ込んで来た。
東京の外れ。
周辺には店と呼べそうなものはまず無く、畑と民家しか見当たらない。
こんなところも本当に東京なんだろうか。
流文村という村は今まで耳にしたことはない。連絡を受けたつい昨日まで。
カーナビが示す地図には、目印となる建物など表示されない。むろん今進んでいる道には信号も街灯も無い。
自分の進んでいる道が本当にあっているのかも怪しくなってきて相田は不安を覚えた。
暗くなる前までに何とか作業を終わらせて帰らなければ。
会社を出てから既に3時間が経過していた。昼前には何とか着いておきたいところだ。
相田は電化製品を扱う大手企業に勤めている。部署の関係で仕事の内容は製品の修理や取り替えが主である。
近年、家電の回転が早くなっているが、相田の会社は「長く使える」をモットーとしているため、当然製品のメンテナンスにも力を入れている。自社製品を長く使用してもらえることで、新規の客には“安心”を、長く付き合える顧客には“信頼”を与えるのが目的らしい。
今回はエアコンの修理だった。
初めてこの村の名を聞いたときは、てっきり他県だと思い込んでいた。
流文村、流れる文か……。あまりいいイメージが湧かない。
少し先を進むと、民家が少しずつ増えてきた。
ビニールハウスの近くで農作業をしている人を見つけて目的地の近くまで来ていると確信した。早速、依頼場所を教えてもらうことにした。
車から降りると、ムッとした空気が相田の全身を包んだ。
まるでにサウナに入ったような感じだ。
焼けた肌に安めの白いTシャツ、首元に巻いたタオルで汗を拭いている老人に場所を聞いた。
今回は個人からの依頼であるが、住民の数が少ないためか、依頼主の名前を伝えるとすぐに教えてくれた。
依頼主の家は大木の横にあった。こぢんまりとした平屋でできた、そこそこ年季の入った家屋。玄関の横には「
早速、扉の横にあるチャイムを鳴らしてみたが反応がない。
試しに玄関の引き戸をそっと手を触れてみる。戸は簡単に開いた。
「あのー……」
玄関にはサンダルが二足置いてあるだけで、人のいる気配はない。
とりあえず出ようとして、後ろに下がったとき、不意に肩を叩かれた。
「ヒィッ」
思わず変な声が出てしまった。
「あー……、もしかして、
振り返ると白髪の短髪、眼鏡をかけた初老の男性が立っていた。
「はい、そうですが……」
「あぁ〜、よかった、よかった。なかなか来ないなって思って、もしかして道に迷ったんじゃないかと思いましたよ」
「はぁ……」
「あぁ、名乗らなくてすみません。私、今回修理をお願いした市川です。丁度、そこの裏庭で木の手入れをしてまして」
そう言うと市川は庭の方向を指差した。
「こちらこそ、よろしくお願いします……」
「いやぁ、ここまでご苦労様です。暑いでしょう。さ、どうぞ中へ」
相田は言われるがままに市川宅に足を踏み入れた。
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