第9話 未来より

 十月十日

記者会見が始まった。たくさんのマイクとカメラが向けられているのは今回の作戦の責任者のリー氏である。

「まずはおめでとうございます。いきなりですが、今回の作戦の全容を教えてください。」

「ありがとうございます。正直作戦と言えるかも怪しい賭けのようなものでしたが、目的はN.Kグループの創始者『中島慧』を救うことでした。」

「『中島慧』が作った装置に関連しているのでしょうか?」

「はい。今から約二百五十年前、みなさんご存じの通り『中島慧』が現在の世界の発展に大きく関わる、ある装置を作り上げました。そう、タイムマシンです。ここから順を追って説明したいと思います。」

***

「タイムマシンが生まれたことにより地球の技術は破竹の勢いで発展しました。過去も、未来も自由に参照できる装置があれば、研究が異次元のスピードで発展するのも当然です。しかし、タイムマシンの利用が進む中である事実が判明します。」

モニターに資料が映しだされる。

「未来は一つではなかった。同じ時間、同じ場所に行っても実は微妙に世界は異なっています。もちろん、過去から見れば現在も未来であり、私たちが暮らしている世界も日々変動しています。そして、すべての事実には変わりやすいものと変わりにくいものが存在するということも分かりました。我々はそれを事実の変動率と呼び、数値化することも可能となりました。」

 リー氏はグラフを指し示しながら説明を続ける。

「西暦二〇二二年九月二十八日午前八時に十二歳の『中島慧』がこの世を去らないという事実の変動率はちょうど五十パーセント。この数字はあまりにも不安定であり、我々はタイムマシンがある世界とない世界を行き来していました。」

 会場ではざわめきが起こっている。通常、人は世界が変動したことを認識することができない。今ここにいる人々はつい先日までタイムマシンのない世界とある世界が入り乱れていたことに気付いていないのだ。

「そのような状況であれば、研究もままならないのではないでしょうか?」

「そのとおりです。そのため、我々研究員は変動の影響のない中島慧が生まれる以前の世界で研究を行っていました。」

「話を戻しますが、我々の目標は『中島慧』がこの世を去らないという事実の変動率を限りなく零パーセントに近づけるというものです。そのためには、過去の改変が不可欠でした。ただし、過去への干渉は国際法で禁止されています。そこで考えたのが、タイムマシンを過去に設置し、当時の人に事実を変えてもらおうというものでした。もちろん多少の誘導は行いましたが法律の範囲内です。ほとんどが当時の人任せという、ギャンブルのような作戦でしたが無事成功しました。今後、中島慧を原因とした世界変動は起こりません。」

 会場から拍手が沸き起こる。

「本当におめでとうございます。この世界の住人としてあなた方に感謝を申し上げます。最後に質問をしてもよろしいでしょうか?タイムマシンの設置場所として、当時の娯楽施設である『カラオケ』を用いたというのは本当ですか?歌唱のための施設と聞いておりますが。」

「はい、その通りです。一番の理由は、今回の作戦成功の立役者『中島光太』が大のカラオケ好きだったからです。また、国際タイムマシン法第十九条第一項に定められる基準タイムマシンを起動できるものは全人類の十パーセント以下に留めることを満たすのに都合が良かったというのもあります。『カラオケ』の『採点機能』で九十点以上を取れる人の割合が約八パーセントですから。」

「そうだったのですね。作戦に協力してもらったその『中島光太』という人物について教えて頂きたいです。」

 小さく深呼吸をした。

***

「みなさん、運命というものを信じますか?先程、すべての事実には変動率が存在すると述べさせて頂きました。変動率は確率ですので零パーセントから百パーセントまであります。しかし、世界で起こる事実の中に変動率が零や百のものというのはほぼありません。変えようがない事実というやつです。しかし、《ほぼ》というように、世界には変動率が零や百という事実がわずかに存在します。」

 ここで一度言葉を区切る。

「それは『愛』です。臭いセリフですが事実です。真の『愛』に基づいて起こった事実は決して覆りません。もうお分かりだと思いますが、中島光太が中島慧、旧姓田中慧と結ばれる、という事実の変動率は百でした。それが彼にお任せした理由です。事実、彼は面白い方法で彼女を死という運命から救ってくれましたよ、詳細は控えますが。」

 記者会見はそんな言葉で締めくくられた。

 田中慧と中島光太は二十五歳の時に結婚し、生涯を添い遂げたという。

Fin

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