第7話 カラオケランデブー

 九月二十八日

 深夜二時、僕は自分のベッドの上で眠れずにいた。あの日から一度もカラオケに行っていない。忙しかった日々が嘘のように、僕たちはだらだら過ごしていた。気が付けば事故の日だ。もうどうしようもない。それでも僕は頭の中でケイちゃんのことを考え続けていた。みんなには諦めようといったが、最後の一分一秒まで諦めてはいけない気がしていた。大切な何かを失ってしまう気がしていた。

「運命を変えるにはどうしたらいいんだろう。」

明日の午前八時にケイちゃんは必ず事故にあう。逆に言えば、八時さえ乗り越えればケイちゃんはもう事故にあわないんじゃないか。

 午前六時三十分、結局考えすぎて一睡もできなかった。もうこのまま寝てしまおうか。それか一週間ぶりに一人でカラオケに行くのもいいなぁ。ん、カラオケ?そういえば。『時空移動入力確認。《一万二千年前》に設定。移動を開始します。』

タイムスリップする時に「時空移動」って言ってたよね。時空移動ってことは、この世界から一時的に消えるってことになるはず。僕は最後の賭けに出ることにした。急いで準備をしないと。

***

 七時三十分、僕はケイちゃんの家に向かって走っていた。ちょうど家から出てくるところだ。

「ケイちゃん、おはよう!ちょっと待って!」

「な、何朝っぱらから?めっちゃ顔色悪いけど。」

ゼーハーゼーハ―と肩で息をする僕をケイちゃんが怪訝な顔で見ている。

「今から二人でカラオケ行かない?」

「はあ?」

***

 私は最低なやつだった。昔からパパとママの仲が悪くて家に居場所がないって思うことがよくあった。だから、友達とのつながりを普通の子以上に求めていたのかもしれない。何よりも友達との関係を優先してきたのだ。

 ライムちゃんとは小二の時に仲良くなった。ライムちゃんは学年で一、二を争うほどかわいくてクラスでもひと際目立っていた。そんな子と一緒にいられるのは、すごく楽しかった。

だから、一緒にいられるためなら私はなんでもした。ショッピングが大好きなライムちゃんとおそろいの服を着るためにお年玉貯金を切り崩して買い物に付き合ったり、時にはライムちゃんが気に入らない子を一緒にいじめたりした。

そんな、私に罰が当たったのか小四の時にパパとママが離婚した。前から仲が悪いのは知っていたけど、まさか離婚するなんて思いもしなかった。ドラマとか漫画の世界だけだと思っていたのだ。

その日からママとの二人暮らしが始まった。家も前みたいな一軒家じゃなくて小さなアパートだ。ママの稼ぎだけではお金が足りなくて、私のお年玉貯金も家計に回された。そんな状況だから、だんだんライムちゃんのショッピングにも付き合えなくなっていった。

 それでも私は彼女と一緒にいられるように必死に頑張った。でもある日ライムちゃんが友達と話している声を聞いてしまった。

「ケイ最近ノリ悪くない?両親が離婚したっていうのは可愛そうだと思うけどさ~。ていうか、私に付いて来ようと必死過ぎ、いっつも私が買ってもらった服買おうとするし。正直痛々しいよね~、元が全く違うのに私みたいになろうとしていること自体。」

 私の中で何かが崩れ去っていくのを感じた。友達がすべてだった私に本当の友達などいなかったのだ。そのことを帰ってからママに話すと、一緒に泣いてくれた。初めて、ママの顔をちゃんと見た気がした。その日から私の友達はママと猫のゆきだけになった。

 私は大学に行きたかった。昔からなぜか発明家にあこがれていた。理系の大学に進んで思う存分研究して、世界中の人をアッと驚かせるような発明をしてみたい。でもうちにはお金がない。だから特待生で私立中学に入学するしかないと思った。塾にいくお金もないので一人で勉強する。一人でひたすら勉強だけをする生活は友達のいない私にはちょうど良かった。そして、辛くなったらゆきと遊んだ。

中学受験の日が迫った今年の九月、ゆきが消えた。それから勉強が手に付かなくなってしまった。ママと私で町中に張り紙を張ったけどなかなか見つからない。クラスでも一時期話題に上がったけど、いつも勉強しかしていない私をバカにするような奴らがまじめに探そうとしてくれるはずがなかった。

そんな時、クラスメイトのコウタ達がゆきを必死になって探しているらしいという噂を耳にした。最初は半信半疑だったけど、ある日放課後にコウタ達の姿を見る限りどうやら本当らしかった。なんで今までほとんど関りのなかったコウタがゆきを探してくれるのかは理解できなかったけど、うれしくないと言えばうそになる。

そんなある日、ついにコウタ達がゆきを捕まえて学校に連れてきた。嬉しかった。もしかしたらコウタ達となら本当の友達になれるかもと思った。でも、次の日コウタは今まで

で見たことが無いほど落ち込んでいた。「どうしたの」と話しかけても、「大丈夫!」と張り付けた笑顔で返されるだけだ。そんな日々が一週間続いた。

そして、今登校するために家を出た私の目の前に疲れ切った姿のコウタが立っている。「今から二人でカラオケ行かない?」なんて言ってきた。全く意味が分からない。これから学校だぞ。それでも、コウタの目は真剣で、なぜか私は「いいよ」と言っていた。

***

僕とケイちゃんはカラオケ屋の一〇二号室に並んで座っている。時刻は七時四十五分。受付のおじさんの手際が良かったおかげですぐに部屋に入れたのだ。机にはジンジャーエールとウーロン茶が並んでいる。僕は急いで歌う準備を完了させた。もう前奏が流れ始めている。「創世のアクエリオン」だ。

「ケイちゃん、僕が歌った後不思議なことが起こるけどびっくりしないでね。」

「けいでいいよ、別に。というか、これって普通にズル休みだよね?」

「そ、そう?じゃあ僕のこともコウでいいよ。たまにはズル休みもいいじゃない。」

「わかった。まぁ、たまにはいっか。」

 なぜか心臓がどぎまぎしている。いや、ダメだ九十点以上取らないと。集中。

『92点』

「時空移動入力確認。《一万二千年前》に設定。移動を開始します。」

「え、なにこれ?」

 ケイちゃんがめちゃくちゃ動揺している。

「大丈夫。僕を信じて。」

「3,2,1」

もう幾度となく見てきた青い光と共にブオンという振動が体を覆い、気が付くと二か月前と同じ森の真ん中にいた。ただあの時と違って隣にはケイちゃんがいる。

リモコンを見ると、時刻は一万二千年前の七時五十五分と表示されている。ここからが本番だ。一時も気を抜けない。この世界で事故が起こる時間が過ぎるまでこの世界で過ごす。これが僕の作戦だ。「時空間移動」のアナウンスから思い付いたのだ。僕たちがいる世界では、ケイちゃんは午前八時に確実に事故にあう。でも、「時空間移動」中であれば、この世界の運命からも逃れることもできるんじゃないのか。

この考えに従って僕は今ここにいる。最後の作戦『カラオケランデブー』だ。

「コウ、これってどういうこと?夢?」

 ケイちゃんが腰を抜かしそうになっている。不安にさせないようにしないと。

「落ち着いて聞いて、けいちゃん。実はさっき僕たちが入った一〇二号室は、タイムマシンになっているんだ。ここは、一万二千前の日本だよ。」

***

 僕がタイムスリップの事実を打ち明けた後、数分の時が流れた。そして、ケイちゃんが小さくため息をついた。

「信じる。というか信じるしかないでしょ、この状況。一万二千年前というと、縄文時代ね。」

「信じてくれるの?ありがとう。じゃあ今からこの時代の人間に会いに行こう。この川に沿って下って行けばすぐだよ、ケイちゃん!」

「この時代の人間がいるの?見てみたいかも。あとさっきから気になってたけど、ケイでいいから。」

「なんか恥ずかしくて・・・。」

「友達なんでしょ!私だって恥ずかしいし。」

「わかったよ、ケイ。」

 それから僕たちは川に沿って歩き続け、あの日訪れた村に着いた。前来た時と少し場所が変わったような気がするけど気のせいかな?朝早いのにも関わらず村の人々はもうそれぞれ働いていた。犬を連れて狩りに行く人、木の実や山菜を取りに山に行く人、河で鮭をつかみ取る子供、壺に木の実を入れて煮詰める人、いろんな人がいる。試しに木の実を煮詰めている壺をリモコンで見てみた。『縄文土器』というらしい。授業で聞いたことがある気がする。

 ふと、ケイの方を見るとめちゃくちゃ目を輝かせていた。

「本物の縄文人じゃん。教科書で見た通りだし。ということは、タイムマシンはやっぱり本物?」

「だから、そう言ってるじゃん!」

 ケイがなぜかショックを受けている。

「私が発明しようと思ってたのに!そのリモコンも見せて。」

リモコンを渡すと、ケイは目をキラキラさせてさっそくカチャカチャいじっていた。同い年の僕が言うのも変だけど、この子の未来を見てみたいと思った。

「きっとすごい発明家になれるよ。」

「ばか。」

 言い方はきついけど、耳の先が赤くなっているし怒ってはいないようだ。

「じゃあ私がすごい発明家になるまで近くで見といてよ。」

 ケイはなぜかそっぽを向いてしゃべっている。

「うん。」

 その後も僕たちは縄文時代の村を心ゆくまで楽しんだ。

遊び疲れてリモコンを見ると、時刻は十時を回っていた。ケイはピンピンしてる。僕は小さくガッツポーズをした。

***

 結局その後、僕たちは学校に行かなかった。カラオケに戻ってきてからは、一緒にハンバーガーを食べたり、映画を見たりした。

僕にとって最初で最後の楽しいズル休みになったのだった。

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